第11話 おかえり
ショッピングモールの店内で追走及び追襲する三体の灰狼の連携をひたすらに掻い潜りながら、ルカとサキノはとある目的地へと急ぐ。
『私に策がある。上手く使って見せろ、なんて豪語したんだから、それなりには働いてもらうからね?』
二人が反撃もせずに攻撃を往なし続けているのは、サキノが瞬時に発案した勝利のための戦場移動のためだった。
「商業棟を繋ぐ連絡路は目の前、あと少しだよルカっ!」
「なるほど、扉も窓もないコンクリ造りの
「何とか辿り着けた――ルカ、後ろは任せたよ!」
「あいわかった」
白い連絡路の中ほどまで進入して声を張り上げるサキノは踵を返す。
迫る三頭の小型狼。小さな気炎を虚空に溶かし、魔力を刀身に込める。
「反撃の時間だよ。来なさいっ!」
『ガルゥアッ!』
「サキノの刀に若紫色の光……宙を斬った痕に残る紫光の斬撃痕……これがサキノの切札の第一段階……!」
流麗な太刀筋で斬り結ぶサキノの乱舞。
動きの素早いケルベロスに回避されるものの、三体を纏めて相手取るサキノは一切の動揺を孕まない。
(大丈夫。私はもう一人じゃない!)
「サポートは任せろ。創造――狩猟弓。ふッッ!」
サキノから距離を置き、ルカは漆黒の弓矢を創造して第一射。鋭い黒線を引き連れた矢は、舞い踊るサキノの
『ッッ!?』
「サキノの意識の外からは斬り込ませない。俺がいる内はな」
(どうせ決定打にならないなら直撃は
狼達が正面突破を図ればサキノの直撃不問の乱舞に二の足を踏み、サキノの死角へ飛び込もうとすれば矢が飛来する。
ならば後方支援から潰すとばかりに、一匹の灰狼はルカを直接狙いに駆け出すが。
「ルカの元には行かせないよっ!」
『ギャンッ!?』
大上段から円舞を振り下ろされた紫光白刀は、横を突っ切ろうとした狼の鼻先を確実に捉えた。
互いに互いの弱所を補い合う連携に、ケルベロス達の矛先は徐々に眼前のサキノへと集中を始める。
「はっ、はっ……! やぁあッ!」
「宙を斬った紫光の斬撃痕も三十を超える……そろそろかサキノ」
戦場の美戦士サキノの額に汗が滴る。
準備は相応――サキノは最後の難関に差しかかっていた。
(斬撃痕を刻めば刻むほど魔力は消費されるし、動き続ければ体力も消耗する……後は自分を巻き込まないように、ケルベロスとの距離を開くだけ――なんだけど、攻撃が矢継ぎ早で退くに退けない……っ!?)
問題はサキノ自身が斬撃痕の渦中にいること。そしてケルベロス達の矛先がサキノへと会している事。
切札を解放するには、サキノ自身が斬撃痕の中から離脱しなければならなかった。
そんな離脱の策を巡らせるサキノの横をゴォンッ! と。
「うわっ!? なにぃっっ!?」
『『『ッギィン!?』』』
風を突き抜ける音が。
飛来した三本の矢は各ケルベロスへと命中し、小さな体躯を弾き飛ばした。
「死角に回り込んだ奴だけに撃つと思ってたか? 『直撃をあえて狙わない』布石に引っかかる知能があるってのも考え物だな。やっちまえ、サキノ!」
(私の前面にいればルカからの横槍を受けることがないって潜在意識をケルベロスに与えるため……? やっぱり流石だよ、ルカ。ありがとう)
「私の斬撃は二度咲く。裂き誇れ――」
サキノは脚力を全開にバックステップで退避し、刀先を鞘へと滑らせる。
「【
チンッ――と納刀の音が戦場に響き。
至るところに刻まれた発光は輝きを増幅し、大爆発を引き起こした。
『グガァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!』
納刀はまるで着火音のようで、宙の紫光の軌跡もケルベロスに刻まれていた斬撃痕も、斬られたことを思い出したかのように二度目の斬撃が発生し衝撃を生む。
一つの斬撃が更なる斬撃を生み、威力が次第に増大していく。
「追加斬撃【紫電重閃】……サキノが一度斬り付けた軌跡が
次第に落ち着きを見せる震撼、徐々に開ける視界――薔薇の花弁の魔力が余韻のように浮遊する先には数多くの裂傷を負い、体が透過していく幻獣ケルベロスの姿が。
「今度こそ終わったな。お疲れ、サキノ」
「ふぅ……ルカこそ。お疲れ様」
(上々……いや、私が望んでることを言葉がなくても察したルカの洞察力は期待以上……)
経験が浅くとも完璧な後方支援。布石。そして求めるタイミングでの意思疎通。
サキノは少しばかり己を責め、ルカの評価を上げ――ることはなかった。
サキノはもとよりルカを評価しているから。
「ん、私のパートナーとしては合格点だね。褒めて遣わそう」
「はは~! ありがたきお言葉! 褒美は何でごぜえましょう!?」
「そんなものないよ。一回程度で飴を貰えると思ったら大間違いよ?」
「シュン……あいててて、急に庇った背中が痛くなってキタナー」
「うっ……棒読み感は否めないけど怪我を盾にするなんて……今履いてる私の白ニーハイの片方なら……あげてもいい……けど……」
「恥じらいで誤魔化してるけど、切創塗れで血だらけのニーハイ処分したいだけじゃね?」
「…………」
「うおい! 図星かよ!? ただの不用品処分じゃねぇか!?」
「私の半身をあげるって言ってるのに不用品だなんて酷い言い草。私の体の半分はニーハイで出来てるといっても過言じゃないわ」
「過言だから。なくなっても蒸発しねーから」
以前のような関係性に立ち返った二人は、爆発によって破壊された壁から外へ出て、下界へ帰還するための
「なんにせよ、厄介な幻獣だったけど無事倒せてよかった」
「分裂した上に速度上昇――あれも幻獣の能力なのか?」
「ん、力が強いだけとか体が大きいだけなら対処も簡単なんだけど、稀に特別な能力を持っている幻獣もいるんだよ。気を付けないと――あ、そう言えば、ルカ戦闘中に色々武器変えてたけど、ルカの能力って一体なんなの? 教えてよ、ルカのこと」
協力関係を認めてくれたこと、パートナーと認めてくれたこと。
サキノとルカは互いの事を話しながら、
「なるほど、じゃあルカが想像したものは魔力さえあれば具現化が可能って訳ね?」
「そういうことになるな。ただ俺にもサキノの【紫電重閃】みたいな一応切札みたいなものはあるんだけど、その解放条件はまだわからなくて――」
蒼世界が晴れ、平和な下界が帰って来る。
以前のように並んで歩く二人はショッピングモールの裏手に差し掛かり、従業員専用の出入り階段に座る人影が二人の意識に飛び込んだ。
「っとと、休憩中の職員の人かな。ここ裏口だもんね、関係者以外通っちゃまずそうだし急ごっか」
上着のフードを被った一人の人物の視線にサキノが急かし、二人はその眼前を通り過ぎようとした――その時。
「おかえり」
「――――っ」
出入り階段に座ったフードを被る人物の
「ルカっ、逃げるよ!」
サキノはなりふり構わずルカの腕を取り駆け出す。
「
そんな開閉門へ逃走する二人を目で追う人物は小さくせせら笑い。
「難儀じゃのう」
パチンッと、指を鳴らした。
直後、喧騒も、雑音も、人物も、全て消失し――。
「――異世界関係者……!」
「景色が蒼色に……ここは――
世界が再び非日常へと変容した。
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