第8話 口より体を動かして
【下界・廃北東展望台】
下界へと戻ってきたルカ・ローハートの一夜が明ける。
そんなルカの脚は自然と都市を高所から俯瞰できる無人の廃北東展望台へ。
「静かでいい場所だ……情報を整理するにはやっぱりここが適所だな。まず最終目標としては玄天界と下界の平和的統一。そのための手段は二つで、カタチも場所も判然としない『鍵と錠』を両世界で探すか、もしくは偉業を達成して『神に見初められる』こと。どっちにしろウルトラハードモードだけど、サキノが戦わない普通の日常や玄天界で命の危機に晒されてる人達を救うためには成し遂げなきゃいけないことだ」
展望台の地面に腰を下ろし、上空の風を全身に浴びながら黒髪が踊る。
風の音だけが独壇場の空間で、ルカは頭の中の重要事項を整理していく。
「ただ相手は世界そのもの、サキノの協力は必要不可欠……なんだが、情報全てを統合すれば恐らくサキノの本当の種族はエルフと人族の
重度軽度の違いはあるが、実際問題、種族による差別が両世界では起こっている。
本来ならば亜人族の血が入っていようとも、人族の風姿をしていれば下界では隠匿したくなる心理も当然だった。
「俺達からすれば種族なんてのは重要じゃないんだが……本人からすれば大問題には違いない。下手な慰めも余計なお世話かもしれないし、他者の感情の機微を理解出来ない俺には難題過ぎんだろ……こういう時コミュ力の化身のラヴィだったらどうすんだろうな……」
目の前の問題すら、友人の問題すら解決できずにどうして世界を救う事が出来ようか。
ルカはサキノとの和平条約締結のために心労を注ぐつもりで頭を働かせる。
「はぁ、はぁ……ルカ呼んだ?」
そんな悩める少年の背後にかけられる声。
ルカが振り返ると、きっちりとツインテールを結った金髪美少女ラヴィリア・ミィルが展望台の扉から顔を覗かせていた。
「……渡りに船ではあるんだけどさ、いること自体が驚きだよ……むしろ怖いまである」
「最近ルカが悩んでる気がしてさぁ。悩んでる時いつもここに来るじゃん?」
「いやまぁそうなんだけど時間よ? 今朝七時だぞ? 廃展望台だから結構な高度あるのにエレベーターも使えないし、連絡もしてないんだから俺がいなかったら無駄足だろ……まったく、汗だくじゃねーか……」
「うゆへへ~。でも何でかここにいるって確信あったんだ~」
膝を折ってルカの隣にしゃがみ込んだラヴィは柔和な微笑みを浮かべるだけで何も聞かない。
二人の間に静寂が流れ、時が、平穏が少しずつ刻まれていく。
「…………」
「…………」
「……なぁ、ラヴィ」
「なぁに、ルカ?」
「仮の話なんだけど、例えば俺に知られたくない重大な過去があったとして、今まで隠し続けてきた秘密がある時知られてしまった。周りの皆は俺を忌避して離れていった。それでもラヴィは俺の事を友達と認めてくれるか?」
己で解決に導けない正解を求めるために、ルカは一歩を踏み出す。
「そんなの当たり前じゃん?」
「そう言ってくれるのはわかってる。でも、その言葉が上辺だけのものだって思われないためには、ラヴィだったら何をする?」
「何を……うーん、ぅーん……」
小さな頭を右へ左へ。ルカの切実な懊悩を受け止めたラヴィは――。
「言葉じゃ説明むつかしいし、とりあえずデートしよ?」
そんな深刻な
「……それデートの口実にしたいだけじゃないだろうな?」
「それもあるけど、こんなところで思春期男子の夜みたいに悶々しててもスッキリしないでしょ? ね、ルカ、早くぅ~! デートデートぉっ!」
「少しは隠そうとしろよ! わかった、わかったから引っ張るな……」
ようやく都市が目覚め始める休日。二人の男女は少しばかり早く目覚めた。
放縦な少女はニコニコと笑みを絶やさずルカの手を握り締め、展望台の出入り口へと向かって駆けていくのだった。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
カフェテリア『あうる』にて。
「ほら見てルカっ! すっごくおっきなサンドイッチ!」
「朝からこの量食べんの……? マジで食べきるのかよ……」
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
ゲームセンターにて。
「ぐぬぬ……! あたしとルカの間を裂こうってつもりぃ!?」
「仕切りに文句言うもんじゃありません。ゲームの仕様には従おうな」
「うゅ……ルカがそう言うなら仕切りを壊すのは勘弁してあげよう」
「俺が止めなきゃ壊すつもりだった!?」
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
ショッピングセンターにて。
「ねぇねぇルカっ、このワンピースとこの水着どっちが似合う?」
「絶対に比較対象間違ってるだろ!? でもラヴィならどっちも着こなすだろ?」
「え? 俺のお嫁さんなら何でも似合うって?」
「一言も言ってねえ」
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
デートだと大はしゃぎするラヴィに午前中目一杯振り回され小休止。
「ラヴィの体力は無尽蔵だな……」
「うゆへへ~。ルカの
「なんかピンク色の気配が漂ってきたんだけど気のせい?」
「気のせい気のせい。あたしの妄想の中のルカは寝かしてくれないくらい求めてくれるんだからぁ~」
「全然気のせいじゃなかった駄々洩れだった」
特技の妄想で悶えるラヴィに奇異の目が向くが、当の本人は自己世界に浸りお構いなし。
変わらないなと辟易するルカを横目に、ラヴィはぴょんとベンチから飛び降りルカの正面に立つ。
「ねぇ、ルカ。デート楽しかった?」
「あぁ、いつも通り楽しかったよ」
「不安、悩み、考える時間あった?」
「……あっ――」
ラヴィの発した単語に、ルカの中でデート以前の会話が蘇る。
「言葉なんていくらでも繕えるし、不安を抱える当事者からしたらすぐには不安は拭えないと思う。だからあたしは行動で示したかった。例えルカに知られたくない過去があって周りが離れていっても、あたしだけはいつだって味方だってことを」
ラヴィの突発的なデートの提案は身をもって証明しようとした過程だった。いくら例え話であっても、ルカが悩みを感じないようにとの憂慮から。
「ルカはデートが面倒だと感じたかもしれないし、あたしの
「大切なのは知った後の行動……説得よりも行動で不安を拭うしかないってことか……」
「ルカがしたい事はなぁに? ルカが求める結果はどんな結果? ルカが望むことに正面からぶつかって、初めて変わる何かが――救われる何かがあるんじゃないかな」
ルカの黒瞳、そして相貌に生気が宿っていく。
そのルカの変化に気付いたラヴィはにっこりと微笑んだ。
「全く、悩むんならおバカなあたしにバレないように悩むことだねっ!」
「あぁ……次こそはバレないように悩むとするよ」
「あたしに隠れて悩もうなんてルカが生きてる間は期待しないでねっ?」
「いーや、もう絶対にバレない」
「あたしのルカセンサーを甘く見てちゃ腰抜かしちゃうぜぇい?」
「バレるバレないで張り合って意味あるっ!?」
励まそうとしてくれているラヴィの心遣いに、ルカの目尻が自然と下がる。
そして真摯にルカは少女へ礼を告げた。
「ラヴィ、ありがとう」
「いーえっ! どういたしましてっ」
ラヴィは慈愛に満ちた天使のように、屈託のない笑顔をルカへと贈った。
少女の後押しによって、少年の決意は真なるものへ。
「デートは満足したし、課題もあるから残念だけど今日はここまでかなぁ。それじゃあ、ルカ。また明日ぁ!」
ラヴィが別れを告げて踵を返す。
都市の熱気が徐々に増していき、その勢いにあてがわれたかのように晴れ間が広がる。
そんな光差し込む、ショッピングセンターのベンチに座っていたルカは。
「あ、そうだルカぁ」
忽然と姿を消していた。
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