±≪ゼロ≫異世界転帰で天下統一~心を失った最強が感情と世界を取り戻すまで~

陽桜もも

白紫の茨編

第1話 本日の天気は雨音のち異世界

 屍が一つ。

 金髪ツインテールの美少女は大粒の涙を次々と零していく。



「ふぐぅっ……死んじゃヤだよルカぁ……こんなことになるなんて思わなかったの……ルカが死んじゃったらあたしは……あたしはぁ……っ」



 黒髪の屍の上に跨りながら。



「まさか求愛のロケット頭突きで死ぬなんて――――」

「死んでねーよ? つーか人類の求愛にロケット頭突きなんてカテゴリーはない」

「つ、つまりあたしがルカと人類初めてのっ……!」

「ないって言ってんだろ!? 恋愛脳にパラメーター全振りして、理解力スッカラカンかよ!」

「えへへ」

「褒めてねぇよ」



 溜息を零す屍――ルカ・ローハートは学園の廊下で押し倒されながら、小柄な金髪ツインテールの美少女ラヴィリア・ミィルを見上げる。

 幼女と少女の中間を彷徨う小悪魔的顔立ちと吸い込まれそうなほどに透き通った碧眼が特徴の彼女は、無邪気という言葉がよく似合う程にニコニコと喜色の笑みを浮かべていた。



「……で、一体全体いきなり飛び付いてきてどうした?」

「ルカに飛び付くのに理由なんて要る?」

「理由ねぇの!? 本能で生きすぎだろ!?」


「んー、全てを包み込む黒い瞳、あたしの金色こんじきの髪と対を成す艶のある黒髪、身長百七十七センチのやや筋肉質のカラダ……ついでにあたしの奇行を受け止めてくれる慈愛! 強いて理由を挙げるなら、ルカの全てがあたしを狂わせてるってとこ?」

「……ツッコミどころは色々あったけど紹介ありがとう……つまり制御不能ってことか……あとさ、ロケット頭突き&馬乗りを奇行って認めてるんなら自重してくれない?」


「しないっ! あたしの命運はルカが握ってるんだからぁ!」

「それラヴィが脅せる台詞じゃないよなっ!? つーか早く俺の上からどいてくれ!? 周りの冷たい目が痛いんだわ!?」



『くそぉ……ローハートぉ……! 人柄よし、美貌よし、えr――人類国宝のロリ巨乳ラヴィリア・ミィルに押し倒されるなんて羨まけしからん……!』

『放課後で人が少ないからってイチャイチャしやがってあの野郎……! 明日の朝、アイツの机だけ鏡面仕上げしてやる……!』



 猫の尾と耳を持つ『亜人族』の男子生徒が血涙を流しながら素通りしていく。



「ほら、皆公認だよぉ?」

「今のどこをどう聞いたら公認に聞こえんだ!? 明らかに怨恨漏れまくってたじゃねぇか!?」



 完璧な容姿を誇るラヴィリア・ミィルだが、突撃の奇行や脳内は残念な構造となっている事は学園内で有名だった。

 多方面から矛先が向くルカ・ローハートからすればやや迷惑の方が上回っていたが。



「お楽しみ中のところ悪いけれど、一応学園ここは公共の場よ?」

「サキノ……これがお楽しみ中に見えるか?」

「ん、とっても。健全な男の子なら、ラヴィみたいな美少女に迫られて嬉しくない訳ないでしょう?」

「うぐ……どんな返答をしても俺が損する気がするぞ……?」



 未だに倒れているルカの頭上に現れたのは、毛先が若紫色に染まる純白の長髪を持つ少女サキノ・アローゼ。

 若紫色の浴衣と着物の中間のような和の衣装に、切れ長の透き通る紫紺アメジストの瞳は見る者を見惚れさせてしまうほどに端麗。健康的で女性らしさを秘めた色白の玉の肌は、女神でさえ嫉妬するような美貌だ。



「もーぅ、サキノには敵わないよぉ! どう? サキノも一緒にルカの魔力にハマってみない!?」

「そぉ? ラヴィがそう言うなら……ね、ルカ。私も……いい?」



 ふわりと。

 スカートを抑えてルカの眼前にしゃがみこんだサキノは艶やかな笑みを浮かべる。



「公共の場がどうとか言ってた奴が急にデレんな!?」

「えー。……ダメ?」

「えーじゃねぇ! 可愛い子ぶってもお前の可愛さ変わんねぇから!」


「それ褒めてくれてるの? 元々の出来で意味合い変わってくると思うんだけど? ねぇルカ? どうなの?」

「ルカぁ! あたしにも可愛いって言ってよぉ!」

「あー! うっせぇうっせぇ! ほらサキノの用事も終わったんなら帰るぞ!」



 二人の美少女から言い寄られたルカは照れ隠しのように話を強引に打ち切り、馬乗りになっていた身軽なラヴィを抱えて立ち上がった。



「ふふっ、そうしよっか」



 ルカに続いて立ちあがったサキノから楽しそうな笑いが漏れ、三人は学園を出て帰路へと着いた。


 街の中には人族、人族、人族。そして少数のエルフの麗人や様々な動物の特徴を持つ亜人族が。

 まるでファンタジーのように種族入り混じる光景に違和感は覚えない。

 それが日常。この世界の当たり前。



「あ、そうそう、ルカ。明日は『依頼』で少し遅くなりそうだから先にラヴィと帰っていいからね」



 帰り道の露店で嬉々としてクレープを購入し食べ歩きするラヴィをやや前方に、後ろ手を組んだサキノは並歩するルカの横顔を覗き込んだ。



「相変わらず大変だな……人手が足りない部活の応援、雑務の手伝い、人生相談や進路相談……色んな頼み事を請け負うのはいいけど無理すんなよ?」

「大丈夫大丈夫。依頼はあと十件くらいだから」

「十件!? 依頼を残機か何かと勘違いしてない!?」

「まっさかぁ。ゲームじゃあるまいしそんな訳ないじゃない? でも、もし私の依頼ストックがなくなったら悲しんでくれる?」

「だから残機じゃねぇって!? 悲しむも何も、普通は皆残機も依頼もゼロなんだよ……」



 毎日のように引く手あまたなサキノ・アローゼの行動原理は「人助け」だ。

 始業前、昼休憩、終業後。容姿端麗で人当たりの良いサキノ・アローゼは他者のために尽くすことを厭わない。



「そもそも悲しんでくれるかどうかの前に、悲しまなくていいように俺等を頼ってくれ……なんでも手伝うからさ」

「ふふっ、ありがと。でも、依頼は私を頼って言ってくれてるんだから私がやらなくちゃいけないんだ」

「そんな全部を一人で背負わなくてもいいと思うけどな……ま、それがサキノの人望の根源でもあるんだろうけどさ」



 納得半分の吐息を漏らすルカに、サキノはただただ笑みを浮かべるだけだった。

 クレープを幸福顔で秒で食べ片したラヴィはタタタッと四つ辻の一つへと駆け出し、別離の時が訪れる。



「あたしはお買い物して帰るからここでっ。二人共、また明日ねぇ!」



 姿が見えなくなるまで何度も振り向きながら手を振る少女に、サキノとルカも最後まで見送った。



「私も野暮用があるから行くね」

「あぁ、それじゃな」

「また明日ね、ルカ」

「また明日な」



 別れ際微笑むサキノに、ルカは笑みを

 雑踏の中へ呑み込まれてくサキノを見送り、ルカは一度大空に向けて『偽りの自分ためいき』を解き放つ。



「ふぅ……上手く笑えてたか?」



 ルカ・ローハートには感情がない。

 平生あって然るべき人としての正を持ち合わせていない。



『今日はハンバーグ!? やったぁ~! ママ大好き~!』

『うっわ~……ガチャすり抜けだよ最悪だ~!?』

『それくらい自分で始末しろよ! 学生じゃねぇんだぞ!!』



 嬉々として笑う者。悲観に落胆する者。憤怒に身を嘱する者。



(笑ったり泣いたり怒ったり――『普通』がわかんねーわ俺には)



 それ等は感情の欠如したルカ・ローハートには理解できなかった。

 帰路につくルカの視界に映るのは愛想笑いをする社会人、嫌な顔をしながらも意見を周囲に合わせる亜人族達。



(でも『普通』の人も皆嘘をつきながら生きてる。全てが自分を正しく出せている訳じゃない――だから俺が『普通』を装って生きてるのもおかしいことじゃない筈だ)



 普通。コンプレックスを隠しながら生きる事も、自分を偽ることも。

 そんな当たり前に続くと疑いもしない『普通』の日常は――。






 ――――ピチャンッ――――



 一瞬で砕け散ることとなった。



「なん、だ……? 直接脳内に落とされたような水音――」



 鮮明に響く水音に嫌な予感が過ぎったのも束の間。一粒の『異常』という雫はルカを孤独の世界に引きずり込んでいた。



「――周りにいた人達が突如消えるし、さっきまで騒がしかった都市は無音――極めつけは蒼みがかった景色……これは『普通』じゃねぇな?」



 東洋風の街並みだけは不変を貫いており、世界が水没したかのような光景は不気味さを凌ぐ『神秘さ』すらも感じられるほどに。



「うーん……そうか! サキノとラヴィが俺を驚かそうとしてこんな壮大なドッキリを!? いやいやすげぇ仕掛けだよまるで異世界転移みたいな! ……ははっ……流石に現実逃避しすぎか……? いや理屈はわからんがラヴィならやりかねん。おーい、ネタバラシするなら今の内――――」



 ドォォォォンッ! と。

 対人モードに切り替えたルカが正常に稼働しない頭を掻きながら声を上げたその時、爆裂の着地はかい音が家屋の上部で轟いた。



「うおっ!? なんじゃコイツはぁーーーーーッ!?」

『ギギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「赤いクチバシに鶏冠とさか、極太の蛇の尾……まさかバジリスク……!?」



 体高三メートルの醜悪な合成獣のような捕食者は、後ずさるルカへと今にも飛びかからんとしていた。



「エキストラにしちゃあ大層なゲストだこった……ってんなわけあるかぁ! こんな化物が現実にいてたまるかよ!? いやいるんだよ今目の前に! こんなのどうすりゃ――」

「ギアアアアッ!!」



 ルカの逃走経路の一瞥が契機だったかのように、バジリスクが標的ルカに向け急直下した。



「どわっ!? 隕石かよ!?」



 もはや着地音とは呼べないほどの衝撃と飛散する瓦礫を背後に、ルカは頭から脇道へと飛び込んだ。

 陥没した地面と余波によって網目状に広がる亀裂に、臀部をついたルカは確実な死を予感した。



「待て!? 一旦落ち着け! ステイ、ステイだバージー!」

『グゥ……』

「よーしいい子だ、そのままその場にいるんだ。餌はここにはない、いいかバージー、回れ右で――」

『――アァアアアッ!!』

「だぁーっ!? 言葉通じるわけねぇよなっ!? ペット化失敗!」



 通じるはずもない説得が不発に終わり、突撃を始めたバジリスクを背に、ルカは体勢を立て直して決死の逃走劇に身を投じ始めた。



「この空間じゃどう足掻いたって今の俺は狩られる側……っ! 頼む夢なら覚めやがれ……!」



 しかし鮮明な意識、握り締めた爪が手の平に食い込む疼痛が現実のものだと訴えている。

 疑いようのない世界の変貌。生き残ることしか考える事を許されないルカが辿り着いたのは幅二メートルの細道。



「しめた……! あの図体じゃ細い道は追ってこれない……!」



 人ならば優に並んで歩けるほどの幅だが、大型の怪物の進入を許さない道へと逃げ込んだルカは安堵の息を落としかけた。

 しかし。



「どうだ、いくら破壊力が化物でも追ってこれなきゃ意味が――ってぇ、あぶねっ!? 尾の蛇を伸ばしてきやがった!?」



 通路入り口より極太の杭のような物体――尾の蛇が飛来し、ルカは辛うじて回避した。



「そんな長くなかったろ尾蛇おまえ!? 伸縮自在とかマジかよ……!? くっそ……! 遠距離攻撃が出来るなら細い道なんて全く意味ねぇ……! とりあえずこの大通りを突っ切って――え?」



 蛇から離脱しようと大通りに出たルカは瞳孔を収縮させた。

 そこにはまるで見計らったかのように嘴を振り上げたバジリスクが。



「蛇は本体が回り込むための囮……?」

『ガギャアアッ!』



 ルカが諦念を抱くより先に渾身の嘴が振り下ろされる。

 間一髪身を捻転させ直撃は回避したものの、嘴は巨大なドリルのような破壊力で地を穿ち、ルカは大小問わない削片を全身へと被弾した。



「がッッ――――」



 凄烈な衝撃波に吹き飛ばされたルカは建物の壁に背を打ち付ける。



「っぐぁ……っ!? ぁあっっ――」



 体中の悲鳴、チカチカ点滅する意識、命を刈り取るために接近する化物の姿に、ルカは溜息をついた。



「痛ぇえええ……やっぱり現実かよ……無理だろこんな化物相手に……」



 闘争心ならぬ逃走心が折れた音がした。



「諦めるなという方が無理な話だろ……」



 対抗手段がない以上、これ以上の抵抗は不毛に過ぎない。

 脅威に無力は道理。至って不可思議なことなど何もない。



「ちくしょうめ……」

『ギャギャアァァァッ!』



 再度迫りくる嘴に諦念を知覚したルカは掠れた瞳をゆっくりと瞑目した。




















 ――『また明日ね』――



 ズキンッと。

 走馬灯と呼ぶには短く、追憶というにはあまりにも儚い一言に、ルカの体の中心が疼いた。



(明日――また会う約束――)



 ただの口約束。

 日常的な別れの挨拶。

 けれど特別な意味を持つ短い言葉。



(破れねぇ――破っちゃいけねぇ――)



 少女達の花のような笑顔を、失わせてはいけない。



「――っざけんなぁッッッ!」



 瞬間、生にしがみつくルカの意志が意図せず手を上にかざしていた。

 ルカの動作に共鳴するかのように現れた遮蔽物――ルカを覆う薄黒の結界が振り下ろされた嘴を弾く。



『ゲアッ!? ゲッ! ゲッェ!!』

「こんな理不尽に殺されるなんて冗談じゃねぇよ。誰が死んでやるかっての」



 結界を突破しようとする嘴の連撃に構わず、紫紺色へと瞳が変貌したルカはありったけの強がりを言葉に乗せる。



「言っとくがなぁ! ラヴィの頭突きの方が八百倍は痛え!! つうかお前の攻撃なんて当たってねぇから!」



 ルカは痛む体を叱咤して立ち上がり、深く息を吸って【切望】を吐き出す。



「俺には帰る場所がある――帰る場所があるから戦えるッ!」



 決意の八芒星が瞳に灯る。

 虚空より収斂した極彩色の光粒はきらびやかな長剣を象りルカの右手へ。



「俺がこの理不尽な世界を消滅し飛ばしてやる!!」

『ゲッ!?』



 禍々しくも神々しい光の乱流にゾクッッッと。

 少年の激的な変化にあてられたバジリスクは嘴撃に急制動をかけるも、結界が役目を失ったかのように消失し、ルカは極彩色の弧を宙に描いた。







「消滅の光剣――【エーテレイン】!!」






『ギギャ――――』



 バジリスクの断末魔が爆音に掻き消され、一帯は極彩色の光波に埋め尽くされる。

 光の霧が晴れ、視覚の機能を取り戻したルカの視線の先――バジリスクは跡形もなくしていた。



「はー……やばっ」



 一人だけとなったルカは剣が消失した右手を眺めながら口角を引きつらせた。



「いや怖い怖い怖い!? なんか最初から知ってたように技名とか自然と口から出て来たし、一撃で消し飛ばすし!? 一体全体なんなんだよ~~~……まぁ何はともあれ目の前の化物は何とかなったな……この世界のこともよくわからんし、脱出するにしてもどうしたらいいもんか……」



 いくら考えても知りようのない打開策を、首を傾げて悩ませるルカの背後へスタッ、と。

 上空から一筋の白い彗星が舞い降りた。



「大丈夫ですか?」

(この声……なーんか聞き覚えあるんだけど……いやいや、冷静になれルカ・ローハート。こんな意味の分からない場所にいる筈ないだろ?)



 半信半疑で振り返ったルカの目に飛び込んだ一人の人物は想像を裏切る事なく。

 白という白がよく似合う、誰よりも見知った若紫色の少女。



「サキノ――なんでお前がここに……?」



 それはこっちの台詞だと言わんばかりの言葉しか発することが出来なかった。



――――――――――――――

あとがき


「ん、数ある作品から選んで読んでくれてありがとう。この後もルカや私にハラハラする非日常が次々襲い掛かってくるから退屈させないと思う。よかったら☆評価やブクマで応援してもらえると私も嬉しいな」


      ―――――サキノ・アローゼ

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