見えない暗殺者

「もうすぐ着くから、ちょっと待ってて」

『早く来て。もう……ヤバいから』


 あの男は、自分が狙われているなどとは露しらず、ライラの狩り場へ現れた。

 ライラは完全な闇の中にいる。吸血鬼の視力であっても見ることは叶わない。それでも、間の抜けた声だけを頼りに、彼との位置関係、体の向き、狙うべき頭部の高さを割り出すことは容易だ。

 ついに、屈辱から解放される瞬間が訪れる。ライラはその牙であの男を貫く。そのことに胸が高鳴った。

 おぞましい獣に体を差し出し、しかたなく許されていた居場所が自分のものになる。ライラは今日初めて、安息の場所を手に入れる。

 さあ、早く。


「おじさん、今、何の前にいる?」

『は? 何のって……暗くて、よく見えないけど……』


 目の前の墓碑の文字を読んでもらい、それを頼りに少し移動してくれとお願いする。命令されたと感じたのか途端に不機嫌そうな声になった。


『何でそんなことしなきゃいけないの?』

「そこに移動したらね、私が見えると思うから。もうすぐそこまで来てる……もう、全部脱いでるから……」

『オッケー』


 一瞬で声のトーンが反転する。なんてわかりやすい。おどろくべき無警戒さで、獣は声に導かれた。やはり狩る側は、自分が狩られる側とは思わない。獲物の全てを手中に収めていると思い込む。

 さあ。準備は整った。

 唯一の心残りは、この男の死ぬ瞬間を見られないこと。だからたっぷり、耳を通して最期の音を楽しませてもらう。


『ねぇ、どこいんの? 見えないんだけど? ウソついた?』

「おじさん。今までありがとう」

『はぁ?』

「ライラ!! 撃って!!!」


 

 直後、凄まじい破裂音が電話越しに聞こえる。

 ライラの牙が放たれた音だ。

 ライラの牙を流線型に削った弾丸は、口腔内の圧力で高速射出され、本物の銃弾さながらに飛び、叔父の頭部に命中する。

 簡単に言えば吹き矢の原理だけど、吸血鬼がこれを行った時の速度と威力は牙の硬度も相まって並みの銃弾を越える。

 ライラと叔父の距離は十メートル、十二分に貫通する威力がある。牙はどこへ落ちようとも回収されることはない。警察が現場を調べる頃には日光で消滅しているから。

 叔父――佑月汐は墓参りに訪れた兄夫婦の眠る墓地で、姪との電話中、何者かに撃たれて死亡。そういうことになる。

 だけど。


『ひっ!!! ……な、何ですか?』


 脳漿をぶちまけたはずの佑月汐の声が、彼が健在であることを知らせる。

 ……外れた?


「ライラ……? ライラっ!」

「間に合ったらしいな、あいつは」


 背後からの声に振り向くと、誰かが教室に入ってきたところだった。教師ではない。スーツの女を伴ったそいつは、私を強く睨んで言った。

 探偵・月生公己。


「佑月真昼、キミが加賀美ライラの共犯者だ」

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