第3話「盗賊団との邂逅」

 最下層の街は常に不穏だった。

 昼間は市場の喧騒にかき消されているが、夜になると路地裏に獣じみた声が響く。

 それは酔っぱらいの笑い声だったり、賭け事で負けた男の怒鳴り声だったり、あるいは女の泣き声だったりする。


 そんな街で、盗賊団は「支配者」だった。

 衛兵は表通りしか守らない。裏路地は事実上、盗賊の縄張りだ。

 だから彼らに逆らえばどうなるか……この街の誰もが知っている。


「おい、聞いたか? 昨日、俺らの仲間を影から引きずり込んだ奴がいるらしい」

「ガキを守ったとか? 冗談じゃねえ。路地裏の乞食風情がよ」


 盗賊団の噂は瞬く間に広がった。

 そして標的は俺に定められた。


 その夜。

 ルナと眠っていた寝床の前に、足音がいくつも近づいてくる。


「……っ、来たか」


 俺はルナに耳打ちした。

「影に潜ってろ。絶対に出てくるな」

 彼女は怯えた目で頷き、俺の影の中に隠れた。影は確かに狭いが、呼吸はできる。俺と繋がっている限り、彼女は無事だ。


 やがて、五人の盗賊が姿を現した。刃こぼれした剣や棍棒を手に、にやにやと笑う。


「お前か。仲間をやった影潜りってのは」

「へぇ、噂通り影に潜れるって? 見せてみろよ」


 挑発する声。

 俺は黙って立ち上がり、拳を握った。


 最初に飛びかかってきた男を、影に沈めた。

 腰まで飲み込まれた男は絶叫する。


「うわああ!? 足が抜けねぇ!」


 次の瞬間、俺は背後から現れ、その顎に膝蹴りを叩き込んだ。

 男は泡を吹いて崩れ落ちる。


「な……! 消えた!? どこに行きやがった!」


 仲間が辺りを見回す。

 俺は石壁の影から顔を出し、棍棒を振り上げた男の手首を掴んだ。

 そのまま影に引き込み、腕をねじり上げる。


 骨がきしむ音。

 男は悲鳴を上げ、棍棒を落とした。


 だが三人目が背後から剣を振るった。

 鋭い光が目をかすめる。


「ちぃっ!」


 咄嗟に影へ潜る。剣は空を切り、火花が散った。

 影から飛び出して相手の膝裏を蹴り飛ばす。


「ぐっ……!」


 男が崩れ落ち、顔を地面に叩きつけた。


 残り二人。

 彼らは怯えて後ずさった。


「ば、化け物だ……」

「もうやめようぜ! こいつは人間じゃねえ!」


 だが背後から声が飛んだ。


「腰抜けが……退くな!」


 路地の奥から現れたのは、大柄の男。

 肩に斧を担ぎ、胸に傷だらけの革鎧をまとっている。

 周囲がざわめいた。盗賊団の頭――バルゴだ。


「へえ……お前が噂の影潜りか」

「……そうだとしたら?」

「いい度胸だな。だが、俺の縄張りで勝手に力を振るう奴は許さねぇ」


 バルゴが斧を振り上げる。

 空気が裂け、石畳が震えた。


 俺は影へ沈み込む。だが――


「遅ぇ!」


 振り下ろされた斧が影の出口を叩き割った。

 衝撃が全身を突き抜け、吐き気が込み上げる。


 バルゴは獰猛な笑みを浮かべた。


「影から出る場所が読めるんだよ。ガキの遊びじゃ俺には勝てねぇ!」


 ――確かに、正面からは敵わない。

 だが、俺には守るものがある。


 ルナを隠した影の奥から、小さな手が震えているのを感じた。


(ここで負けるわけにはいかない……!)


 俺は影に潜り直し、壁の影から飛び出す。

 バルゴの背後に回り込んで拳を叩き込むが、分厚い鎧に弾かれた。


「ははっ! 効かねぇ!」


 バルゴの斧が迫る。

 ギリギリで影に逃げ込む。だが、このままではジリ貧だ。


 息を切らしながら考える。

 影は“繋げる”。

 ならば――。


 俺は自分の影と、バルゴの足元の影を強引に繋げた。

 その瞬間、重い感覚が走る。

 斧が振り下ろされる前に、俺は両手を影に突っ込み、バルゴの足を掴んだ。


「なっ……!?」


 ずぶり、とバルゴの両脚が影に沈んでいく。

 巨体がバランスを崩し、石畳に倒れ込んだ。


 その隙に俺は影から飛び出し、渾身の拳をその顔面に叩き込む。


「ぐはっ!」


 鼻血を噴き、バルゴが呻いた。


 盗賊たちは青ざめ、次々と逃げていく。


 俺は荒い息を吐きながら、ルナを影から引き出した。

 彼女は目を潤ませて言った。


「……おじさん、すごい……! 本当に、すごいよ……!」


 震える声に、胸の奥が熱くなる。

 無能と呼ばれた俺が、誰かに“すごい”と言われる日が来るなんて。


 だがまだ終わりじゃない。

 バルゴは完全には倒れていない。

 そして盗賊団は、この街全体に根を張っている。


 これからが本当の戦いだ。


「――影は、まだ俺に力を貸してくれる」


 俺はそう呟き、夜の闇を見上げた。


第3話ここまで

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