第二章

第二章


 月曜日になった。

 俺は土日に外出せずに、自室で過ごした。

 何故なら、この近辺に娯楽施設はないし、とある目的があった為だ。

 ド田舎なので、基本的に物を購入する際は、jungleの通販を頼る事になる。

 しかし、今は買いたいと思う物が無かった為、休日は目的の為に時間を費やした。

 土日、着強寮で過ごして、分かった事がある。

 どうやら、殆どの生徒達は娯楽に飢えているようだ。

 寮には、自室、食堂、娯楽室、中庭の四箇所がメインスポットである。

 娯楽室には、アナログゲームやテレビゲーム等が置いてあった。最も、上級生に占拠されている状態に等しかったので、一年生の俺にはハードルが高く感じたが。その他にも、一般文芸やライトノベル、ライト文芸、マンガ等の書物も棚にあった。

 休日の間は、〝とある事〟をしながら、暇潰しに読書をしていた。

 その他にも、毎日継続している筋トレ等をして過ごした。

 筋トレと読書は自室で行える為、娯楽室でグッズを借りて取り組んだ。

 自室でやれる事に没頭するのが最適だが、趣味がない人にとって見れば、休日は苦痛になる。

 そして、食堂を利用したが、キャパシティ的には、生徒全員が入れるくらいに広かった。

 長机と椅子が並べれた簡素なものだったが、一般的な食堂だったので違和感を覚える事はなかった。

 そして、その日に食べるメニューは、調理人が決めるらしく、好きな時に好きなものを食べるという事ができない点は、非常に残念だと思ってしまった。食堂の入口に献立表が貼られているので、その日のメニューは直ぐに把握する事ができる。

 全校生徒の食事量を作るのだから、メニューを選べる状態なら、間違いなく食堂はパンクすると予測できる。だから、これは仕方ない。

 俺は日課にしている筋トレと読書を済ませてから、〝Mytubeで喧嘩のコツや武術の基本講座の動画を徹底的に視聴した〟

 色々な動画を観ている途中に、気付いた事がある。

 まず、着席戦争は――喧嘩慣れしている者だけが有利になるとは限らない。バスに向かって、全力疾走する事が多いので、足の速い者が常勝者になれる可能性がある。早い話、タイムアタックで戦いに挑まずに全力疾走して逃げ切る事が出来れば、充分に勝機が見えてくる。

 教室から外のバス停まで全力ダッシュして、途中で戦いに身を投じる為、足が遅い人は、そもそも戦う土俵にすら上がれない。俺は少年院にいた頃からランニングを強制的に取り入れられた為、足の速さには自信がある。

それと、体力も大事になってくる。全力疾走した後に戦いを行う際に、体力がなくては話にならない。

 これらを加味すると、足の速くて喧嘩慣れしている人が、必然と常勝者になる。

 まだ俺は武術を体得していない為、我流で戦うしか方法がない。

 しかし、打たれ強さと足の速さには自信があるので、そこで勝負に出るしかない。

 時刻は、午前四時四五分。

 昨日は気付かなかったが、着席戦争にはルールが存在するらしい。


 一つ目、スタート地点は玄関先の前である事。

 二つ目、無力化した相手を襲う事は禁止。

 三つ目、バスに乗車したら、一切の争いをせずに、静かに席に座る。


 これだけ聞くと、随分とアバウトなルールだと思える。

 逆に言うと、それ以外は何でもアリと解釈出来る。雄介も木刀を持って戦っていたし、武術は基本的に護身術として活用するのもので、一般人に対して利用してはいけなかったはずだ。

 今は玄関前で待機している状態だが、よく周囲を見ると、バットやヌンチャク等の部式を持っている生徒も散見している。

 武器があるのは、だいぶアドバンテージがでかい。接近戦で利用するにしても、素手よりリーチが勝るし、扱い慣れてしまえば〝相棒〟になる。

自分が持っている所持金は五〇〇〇円。毎月、親がお小遣いで一〇〇〇円送金してくれるらしいが、あまり高価な物は買えない。武器を買うにしても、慎重に選ばなくてはならない。

 ――俺も、何か武器が欲しい。

 そう思っている内に、時計台の針が午前六時五〇分を指そうとしていた。

 ・・・・・・そろそろ始まる。

 俺は生唾を飲んで、緊張を解そうと深呼吸する。

 そして、寮の外にある時計台の針が、五〇分を指した。

 ――始まるッ!

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「きぇええええええええええええええええええええッ!」

「うらぁあああああああああああああああああああッ!」

 

 それぞれの生徒達が、バス停に向かって懸命に全力疾走し始めた。

 俺も遅れる事なく、猛ダッシュした。

 後ろから狙われている感が半端ないが、それを構う事なく、ただひたすら走った。

 しかし、俺より早い生徒達も多く、既にバス停間際で戦っているのが見えた。

 今の俺は喧嘩素人なので、あまり戦いに持ち込まれては不利だ。

 なので、強行突破で即座にバスの中に入る。これが最善の選択のはずだ。

 そう思っている内に。

 後ろから、背中の真ん中辺りを一点集中で、打撃を食らった。

 鋭い痛みが背中を伝播する、

 誰かが攻撃を仕掛けてきたのだ。

 後ろを振り向くと、黒い長髪を靡かせた雄介が立っていた。

「雄介か・・・・・・昨日は仲間だったじぇねぇか」

 彼が俺を見る目は、餌に発見したライオンみたいに、ギラついていた。

「昨日の仲間は今日の敵でござるよ!」

「それ、逆だろ。まぁいい、俺と対峙するって解釈で合ってるか?」

「無論でござる。いざ、尋常に参るッ!」

 それから雄介は肉薄して、即座に距離を詰められて、俺に目掛けて木刀を振ってきた。

 その動作は、相当素早かった。どの角度が一番振るいやすいか熟知していると感じた。正確には――俺の脇腹を的確に狙っていた。肋骨の一番下の骨とお腹との境目の部分を的確に狙ってきている。

 恐らく、毎日、自室で鍛錬を欠かさないでいるのだろう。

 俺は両手でガードして、木刀が腕当たると、鋭痛を感じた。

 太刀筋にブレがない・・・・・・二つ名をもっているだけあって、かなりの強敵だ。

 痛みを感じているが、俺は彼に向かって接近を試みた。

 彼との距離は、約一メートル。

 雄介を無力化するには、腕を狙うのが良いと即座に判断した。彼は木刀使いなので、腕さえ封じてしまえば、勝機が見えると憶測を立てた。それに、腕にダメージを与える事が出来れば、俺が得意とする接近戦に持ち込んでも分がある。

 更に雄介はスイカを割るような感覚で、木刀を縦に振ってきた。

 ステップを踏んで、俺は攻撃をあしらってから、木刀を持っている右手に――指に向かって的確に拳を振るった。

――直撃に成功。

親指にダメージを受けた雄介は、木刀を握りしめながらも、悲痛の顔を浮かばせていた。

 俺の攻撃は思ったよりも効いているらしく、雄介は木刀を持ち直していた。

 しかし――親指を除いた、人差し指、中指、薬指、小指だけで握りしめていた。

「まだまだでござるよ!」

 そして、彼は木刀を素早く横薙ぎで振るってきた。

 しかし、先程のようにキレのある太刀筋ではない。

 素人の俺でも、どこを狙っているのか読むた。

 雄介は――再び俺の脇腹を狙っている。

 俺は瞬時に躱して、それから彼と一気に距離を詰めた。

 そして、今度は左指をダーゲットに変えた。

 これ以上にない速度で、俺は雄介の指に向かって拳を振るった。

「――ツゥゥウウウウウウウウウッ!」

 俺のパンチを食らって、雄介は痛がっている素振りを見せた。

 一瞬だけ――隙ができた気がした。

 今、彼にトドメの一撃を与える事が出来れば・・・・・・勝ち馬になれるのではないか?

 これは――勝機ありッ!

 次に狙う箇所は、急所――すなわち、男のシンボルだ。相手の動きを封じる事さえ出来れば、後は急所を狙ってフィニッシュだ。男は自分の息子を殴られたら、再起不能になる存在。

 着席戦争において、明確にどこを狙ってはいけないというルールはない。

 ならば――存分に痛がりやがれッ!

 俺は雄介が木刀を握り直すタイミングで、思いっきりサウンドバックに蹴る感覚で、雄介の股間に向けてダイレクトアタックを仕掛けた。

 これで当たれば――完全に悶絶するはず。

 その後は、顔面に向かってパンチを食らわす事が出来れば、俺の勝利が確定する。

 そう――妄想していたが。

「甘いでござるよ!」

 どこを狙ってくるのか理解していたかのように、ヒョイッと雄介は躱していた。

 そして――俺の胸尖に向かって、木刀の切先で思いっきり突いてきた。

 それが見事にヒットしてしまい。

「――チクショウゥゥウウウウウッ!」

 倒れる程ではないが、的確に急所を狙われて、俺はバランスを崩して蹌踉めいた。

 それから雄介は、俺の腹部に向かって、横薙ぎで木刀を振るってきた。

「――好機でござる!」

 咄嗟に俺はガードするが、間に合わず――木刀が腹部に当たった。

 鋭痛が襲ってきて、思わず吐瀉物を出しそうになった。

「――おぇえええええええええええッ!」

 腹部を押さえながら、俺は嗚咽を吐いた。

 ――まだだッ! まだ、倒れる訳にはいかないッ!

 俺は腹部を押さえながら、体勢を整え直す事にした。

 木刀だと言うのに、何トンのハンマーで殴られたかのように、痛みが蓄積している。

 ――完全に守りの体勢に入った。

「翔殿、なかなか打たれ強いでござるな! 小生の渾身の一撃を食らって立っているのは、書殿が初めてでござる!」

 雄介は、親指を見ながら――俺に賛辞を贈ってきた。

「――毎日筋トレしてるからなッ! これくらい余裕だッ!」

 俺は精一杯の強がりを言うので必死だった。

このまま、タダで転ぶ形で負けたくないッ!

 今の俺は打たれ強さを武器にしていかなければ、着席戦争に太刀打ちできない。

 ――思ったよりもダメージを受けている。

 しかし、このまま負けるのは――格好悪いではないかッ!

 俺は意識を朦朧としながらも、雄介の顔面にパンチを食らわせようと試みた。

 正直、もうあれこれ考えていられる程の余裕がない。

 だから、今はとにかく――攻撃を当てる事だけに集中しよう。

 しかし、思考が鈍っている為、どこを攻撃してくるのか読んだ彼は、俺の打撃を躱していた。

 ――あっさりと避けられてしまった。

 ――ガードを、守りを、避ける事に意識を向けなければ――。

 ・・・・・・駄目だ。鋭痛で思考が麻痺している。

 そんな事を考えている内に、雄介が木刀を構え直して。

「これでトドメでござる!」

 険しい眼差しを向けながら、木刀が俺の顔面に当たった。

 ――あぁ、もう無理だ。

 見事に攻撃を食らってしまい、右頬に鈍痛が走る。

 もう――頭の中が麻痺していて、鋭痛とは思えなくなった。

 だが、顔面なので、一番痛いはずだ。

 俺の打たれ強さをもってしてでも、雄介の攻撃力は凄まじかった。

 俺は意識が途切れる間際に。

「――今度は絶対に勝つからな・・・・・・」

 負け犬の遠吠えをしてから、俺は視界が真っ暗になり、意識が途絶えた。


 ○


 目覚めたのは、午前九時前だった。

 酒を飲んだ事がないから明確に表現できないが、まるで二日酔いかのように頭が重い。

 ――今日も遅刻確定だ。

 俺は、胸と顔面に鋭痛を覚えながらも、自転車で猛ダッシュして学園に向かった。

 到着したのは、午前一一頃。

 既に四限目が始まっていて、俺は教室に入って自分の席に着いた。

「おぉ、小紫。今日も遅刻か。まぁ、大半の生徒達は午後に来るから、早い方か」

 英語の教師である担任は、気さくに俺に話しかけてきた。

「遅刻してすみません。次回からは、絶対に送れないように心掛けます」

「まぁ、着席戦争に挑む奴らは、単位が危ない生徒も多いから、程々にな。最も、うちは赤点、追試の合格点を取れなくても、反省文を書けば進級できるから、実質自動的に二年生に上がれるけどな」

「それ、テストの意味あります・・・・・・?」

 どうやら、俺が思っている以上に、着郷学園は緩いようだ。

 着席戦争の事といい、進級の件といい、だいぶ着郷学園は寛容らしい。

「でも、出席日数はカウントされるから、気を付けろよ。それで留年する生徒も多いからな」

「はい・・・・・・気を付けます」

 成る程・・・・・・着席戦争に敗れた負け犬は、出席日数の事も視野に入れておく必要があるのか。

 考え方によっては、〝最高のエンターテインメント〟の為に留年も悪くない気はするが・・・・・・さすがに両親に対して申し訳なくなる。

 着席戦争を楽しむのは、三年間の間だけ。

 そう予め決めておかなければ、甘えて留年する羽目になってしまうかも知れない。

「まぁ、席に座って大人しく授業を受けろ」

 そう言ってから、担任は授業の続きを始めた。

 俺は満身創痍の状態で席に座ると、ようやく――ゆっくり過ごせる時間が訪れたと安堵した。

「今日も負け犬になったようね」

 隣の席にいる香澄が、ほくそ笑んでいるように映った。

「あぁ・・・・・・今日も負けちまった。雄介にな」

「奇人の武士(エキセントリック・サムライ)にやられたのね。それは相手が悪かったわね。二つ名をもっている者は、常勝者だから、そう簡単に勝てる訳ないわ」

 まるで同情するように、哀情を孕んだ表情を浮かばせる香澄。

「情けは無用だ。単に雄介の方が強くて俺は弱くて負けた。ただ――それだけだ」

「そのうち、着席戦争においてのコツやテクニックが自然と分かってくるようになるわ」

 ある程度、休日の内に分析できていたつもりだったが・・・・・・まだまだ甘い部分があるようだ。独学だが、土日にMytubeで喧嘩のコツやテクニックを勉強したし、少年院にいた頃は、負け知らずで有名だったから、手っ取り早く常勝者になれると思っていたのだが。

 俺の計算は、だいぶ外しているようだ。

「それだと、ありがたいんだがな・・・・・・」

「着席戦争では、負け犬、勝ち馬、そして――家畜の呼ばれる人種がいるのよ」

「負け犬、勝ち馬、家畜……着席戦争では、そのワードで生徒達を分別しているんだな」

「そうよ。早く貴方も勝ち馬になれると良いわね」

 そう言ってから、香澄は黒板に視線を移していた。

 とにかく、今は授業に集中するべきだ。

 俺は鞄から英語の教科書を出して、真面に授業を受けようと決めた。

 ――あぁ、早く勝ち馬になりたい。

 何より、最強の流佳を倒さなければいけないので、こんな所で負けている場合ではないのだ。

 今日の放課後は――絶対に勝つッ!

 そう自分に発破をかけて、俺は授業に集中する事にした。

 ・・・・・・英語か。将来的には海外に移住する可能性もあるから、勉強しておいて損はない。

 そう思っていたが・・・・・・何時の間にか、着席戦争で勝ち抜く為のプロセスを練っていた。


 ○


 午前の授業が全て終わり、昼休みとなった。

 昼食の時間だと言うのに、教室は賑わっていなかった。

 着席戦争に負けた負け犬達は、大体五限目から出席する事が多い。

 今、俺の教室にいる生徒は――大体二〇名程である。

 その為、雑談に興じたり、寡黙に読書している生徒も見受けられるが――他の学校よりも華やかさが足りない。

 これも着席戦争による弊害なのかも知れない。

 それでも――最高のエンターテインメントを前にして、現時点では引退を視野に入れていない。いや、そもそも始めたばかりなので、まだまだ奧が深いので知的好奇心を擽られる一方だ。

 ――正直、食欲はないが・・・・・・何か食べておかないと。放課後も着席戦争に挑むので、エネルギーが必要だ。

 俺は購買に向かって昼飯を買おうとした所。

 ――ガラガラッ。

 慎ましい教室の空間で、扉が開く音が耳に流れ込んできた。

 まだ過半数の生徒が通学している最中のはずなので、もしかしたら着席戦争に負けたクラスメイトが教室に入ってきたのかと思った。

 しかし、俺の予想とは反して。

「――この教室に、小紫翔という生徒はいるか?」

 なんと、二年生の流佳が教室に訪れていた事が把握できた。

「流佳、俺はここにいるぞ」

 俺は手を振って、流佳にジェスチャーを送った。

 彼女は自分の教室でもないのに、威風堂々とした様子で、俺に近付いてきた。

「この後、誰かと昼食を食べる予定はあるか?」

「いや、特にないが・・・・・・」

「ならば、一緒に行きたい所がある。ついてこい」

 そう言って、彼女はスタスタと教室を出て行った。

 俺は後を追うように、流佳の元まで走っていき、廊下を歩いた。

 もしかして――一緒に購買か食堂に行こうとしているのだろうか。

 俺としては、好きな相手に誘ってもらって嬉しい。好意を向けている相手と一緒に居られるのは、それだけでも幸せを感じる事が出来る。

 しかし――俺の予想していた場所に向かうのではなく、昇降口に足を運ぶ事になった。

「外履きに履き替えろ」と指示された。

 まさか、学園から外出するつもりなのだろうか。入学当初に、担任から昼休みは外に出る際は『外出届け』を提出しなければいけない校則があると聞いた。無断に外出すれば、問題となるのは間違いない。

「流佳、外に出るなら『外出届け』を出したいんだが・・・・・・」

「安心しろ。学園の外に出る訳ではない。用事がある所は、体育館裏だ」

「体育館裏? そこに一体何があるって言うんだ」

「まぁ、ついてくれば分かる」

 そこまで言ってから、唐紅のスニーカーを取り出していた。

 俺も自分の靴がしまってある下駄箱に向かい、上履きから黒色のシューズを取り出した。

 そして、俺達は雑談する事なく、淡々と目的地に向かった。

 ――まさかとは思うが、告白されたりしないよな?

 思春期真っ最中の男子としては、可愛いくて強い美少女に想いを打ち明けられるシチュエーションは理想である。だが、交際するならば、お互い――もう少し人となりを知ってからの方が良いと俺は思っている。

 そんなラブコメ展開を妄想しながら歩いていると、目的地である体育館裏に到着した。

 すると、異端な光景が目に映った。

 一人の女子生徒が、ビニールシートを敷いた状態で座っていた。

 身長は一六〇センチくらいで、流佳と大差ないくらいだった。黒髪のロングヘアで、腰まで伸びていて大和撫子を連想させる。薄化粧をしていて、雪のように白い肌は綺麗だった。そして、最も特徴的だと思ったのは、三白眼の鋭い目付きだった。

 なかなか、とっつきにくい人柄だと思ったのが、第一印象だった。

 そして、ビニールシートの上には――数々の武器が陳列していた。

 金属バット、トンファー、ヌンチャク、催涙スプレー等、危険物となりかねない物が揃っていた。

 ――もしかして、ここは武器屋か? それとも、ただ武器をコレクションしていて、人に見せびらかせいだけか? はたまた、これらを使用して着席戦争の為に模擬戦を行う際に必要なものをお披露目しているだけか?

 俺が様々な憶測を立てている内に。

「よっ、繁盛はしてるか?」

 流佳は、女子生徒に気さくに声を掛けていた。

「いや、ここ最近はあんまり。やっぱり、入学したての一年生が、ここの存在を知るには、まだ時間が必要みたいだ」

 彼女は、やれやれ、といった具合に肩を竦めながら嘆いていた。

「あの、流佳・・・・・・ここは?」

「紹介しよう。彼女の名前は商史繋子(しょうしつなこ)。武器商人の店員だ」

「武器・・・・・・商人?」

 ファンタジーでもない現代で、その単語が出る事が、既に異端だった。

「流佳が人をつれて来るのは珍しいな。何時もは一人で茶化しに来るだけなのに」

「コイツは小紫翔。入学したばかりだ。私の中では期待の大型新人ルーキーだ」

「そいつは楽しみだ。ほら、自分に合った武器を買っていきな」

 商史さんが、俺に売っている商品の催促をしてきた。

 商品の中には、消化器、フライパン、スタンガン等、色々な物が揃っていた。

「翔は近接戦闘に特化した武器を扱うといい。そのスタンスが合っているはずだ」

 成る程・・・・・・着席戦争で武器を使っている生徒は、ここで入手するのか。

 jungle等の通販サイトで買う事もできると思うが・・・・・・届くまで日数がいる。

 それなら、手っ取り早く、ここで購入した方が良さそうだ。

 流佳に助言された通り、俺は近接戦闘で使用できそうな物を選ぶ事にした。

 警棒、頑丈そうな傘、スティンガー等が置いてあり、思わず目移りしてしまう。

 その中で、俺はとある物に着目した。

 それは――メリケンサック。

 これなら、拳を武器にして戦うことができるし、自分の喧嘩スタイルと相性が良い。

 俺がメリケンサックに注目していると。

「お~これに興味を示すとは、お目が高い。ソイツは近接戦闘にはもってこいの代物だ。まだ一回も売れた事はないが、拳を主流にするスタイルなら、間違いなく頼もしい相棒となるさ」

 商史さんが感心していて、口元を歪ませていた。

「メリケンサックを選ぶとは、なかなか猛者だな。この学園でソイツを扱っている奴は誰もいない。まさに、翔専用のオンリーワンを貫き通す事もできるし、良いと思う」

 俺が獲物を注目している事に気付いた流佳は、うんうん、と感心していた。

「装着してみると良い。肌に馴染むかも、武器を選ぶ上で重要だ」

「あぁ、そうさせてもらおう」

 いざ、装着してみると――思ったよりも重みがあり、ズッシリとくる感覚。これで殴られたら、相当痛そうだ。なにより、玩具みたいな作りではなく、しっかりと金属で作られている点が個人敵に気に入った。両手に填め込むので、戦闘中は戦いに集中できそうで、尚良し。

「なら、これを購入させて頂こう」

 俺はメリケンサックを指さして、商史さんに言った。

「毎度! お会計は五〇〇〇円だ!」

「え――思ったより高い・・・・・・」

 俺はメリケンサックの相場に関して詳しくないが、普通の店で販売されている値段より高いのは、なんとなく想像ができた。

「武術の心得がない人にとって、武器は相棒そのもの! 持ってて損はないぜ!」

 商史さんが俺に『さっさと買え』と圧を描けている事だけは理解できた。

 今の所持金は、お年玉やお小遣いで貯めていたので、五〇〇〇円ある。

 着席戦争という熱中できる事に対して、投資するのは、決して悪い話ではない。何かしら趣味を始める時は、どうしても初期投資が必要になる。読者や筋トレは、図書室や寮の娯楽室で読めば、実質無料で没頭できる。筋トレも、道具を使わなければタダだ。

 購入を決意するか迷っていると、商史が険しい眼差しを向けてきていた。

 まるで、冷やかしは御免だと言うばかりに。

 ――ええぃッ! ここは勢いが大事だッ!

「・・・・・・分かった。是非、買わせて頂こう」

「毎度あり! 大切に扱ってくれよな!」

 俺は商史さんにに五〇〇〇円を渡してから、メリケンサックを渡される。

俺は、まじまじと新しい相棒を拝めた。

 さっそく。今日の放課後に有効活用させてもらおう。

「今後、翔がどんなに早く成長するか、楽しみで仕方ない」

 そう流佳は言ってから、微笑を咲かせていた。

 それは、心の底からの本心だというのが伝わってきた。

「コイツと共に成り上がって見せるぜ。今日から宜しくな、ゴリゴリ君」

「ゴ、ゴリゴリ君? なんだ、それは」

 俺がメリケンサックに向かって呟いた事に対して、流佳は困惑していた。

「コイツの名前だ。相棒に名前をつけるのは当然だろ?」

「「――センスがない!」」

 流佳と商史さんがハモって、俺の付けた名前に駄目だしをしてきた。

 ――カッコイイと思うんだけどな・・・・・・ゴリゴリ君。

「どれ、さっそく獲物を試してみるといい」

 ヒョイヒョイッと手で『掛かってこい』と流佳はジェスチャーを送ってきた。

 これは――模擬戦をしようという事だろうな。

 俺はメリケンサックを装着してから、構えた。

 流佳の特徴は、舞うように繰り出される足技だ。

 カポエイラの知識に疎い為、どんな攻撃が繰り出されるか、全く想像できない。

 一つ確信もって言える事は、どのタイミングで仕掛けてくるか、予想つかない事。

 それでも――せっかく学園最強の人物と戦う事ができるのだ。

 ここは、その豊満な胸を借りる気迫で挑むしかないッ!

 ――ますは、両足を封じる事が出来れば勝機が見えるはずだ。何故なら、彼女は足技を繰り出す際、両手を地に着けながら繰り出す事が多いからだ。

 俺は素早く肉薄して、流佳に向かって突進した。

 まずは、彼女の右手を封じるッ!

 そこに目掛けて攻撃を繰り出そうとしたが――流佳はバク転した後、両足を俺に向けてカウンターを仕掛けてきた。

 俺はゴリゴリ君の部分でガードする。

「メリケンサックでガードしたか。成る程、これは防御でも反撃を食らう可能性があるな」

 そう言ってから、流佳はゴリゴリ君が当たった右足を、ブラブラさせていた。

 成る程・・・・・・金属の部分で守れば、カウンターとしても役立つのか。

 攻撃に使用するのは勿論、守る上でも重宝できそうだ。

 最も、ガードが間に合えばの話だが・・・・・・

 そんな事を考えながら、更に俺は流佳の左足を狙う事にした。

 すると、再びバク転してから、俺の顔面に目掛けて蹴り上げてきた。

 咄嗟の反撃だったので、予測がつかず、ガードが間に合わずに直撃した。

 鋭痛が顔面に伝播しながらも、俺は倒れなかった。

「――――早すぎるだろッ!」

 想定していない反撃を食らった上に、更に彼女がクルクルと歯車のように回り出した。

そして、左足で俺の中腹腹を的確に攻撃をしてきた。

 これも予測できず、見事に食らってしまった。

「――――ぐぅううううううううううううううッ!」

 真面にダメージを受けた俺は、腹を押さえて悶える。

 彼女の攻撃は、体重が的確に乗らせたものなので、一撃がとても重い。

 なんとか俺は耐えて、次の攻撃に備えるようにガード体勢をとった。

 彼女はヒラヒラと芸をするかのように舞いながら、更なる追撃をしてきた。

 せめての抵抗で、その足にゴリゴリ君が当たるように防いだ。

「ほう・・・・・・なかなか機転が利くではないか」

 金属部分が足にヒットした為か、一旦、流佳は体勢を整えていた。

 ――もしかして、思った以上にカウンターが効いている?

 先程も右足をブラブラとさせていたので――このカウンターは活かせるかも知れない。

 そう脳内で結論出した時には、咄嗟に身体が動いていた。

 ――ならば、カウンターを何度も仕掛けて、流佳の足にダメージが蓄積するまで待つのみ。

 そう思いながら守りの姿勢に入ると、今度は彼女から距離を詰めてきた。

 その身動きは、まるで音速かのように一瞬だった。

 蹴り技を繰り出されると思った俺は、咄嗟に上半身を両手で守る事にした。

 しかし、予想とは反して――俺に足払いを仕掛けてきた。

 てっきり、上半身を狙ってくると思ったので、「――しまッ!」と言い終わる間に、流佳は倒れかけている最中に、右足が俺の顔面を的確に直撃していた。

 ――直撃。

 それを食らった俺は「――ッ‼」と悲鳴にもならない苦痛の声を上げた。

 そして、地に伏せた。

 ――物凄く痛い。やはり、彼女のカポエイラは奇天烈過ぎて、攻撃の予想ができない。

 俺は意識が朦朧としかけながらも、即座に立ち上がって、彼女が猛撃を避けた。

「まだ立ち上がれるか。やはり、翔は打たれ強いな」

 彼女が賛辞を述べているが――全く耳に入ってこなかった。

 後、一撃――いや、二回の攻撃を食らったら、意識が飛びそうだ。

 だが――何時までも守りの体勢では勝てない。

 ――今度こそ、左足に一撃を与えてやるッ!

 そう思って、彼女の足に目掛けて攻撃を繰り出した。

だが、その前に彼女は『右手』で俺にカウンターを浴びせてきた。

 まさか――素手で攻撃してくるとは思わず、顔面に直撃してしまった。

「――かはぁッ!」

 足技より威力は弱いが、予想外の攻撃は顔面を的確に捉えていた。

クリーンヒットした為、咄嗟に蹌踉めいてしまった。

「私の攻撃は足技だけだと思わない事だな」

 流佳は余裕綽々といった感じで言いのけてから、再び舞い始めた。

 そして、意識がボーッとしている状態で、彼女の右足が俺の顔面にヒットした。

「――――つぅううううううううううううッ!」

 重い一撃を食らって、既に俺の意識はシャットアウト寸前。

「・・・・・・確かに、これは逸材かも知れねぇな。これほど流佳の攻撃を受けて、まだ立っている奴は初めて見た」

 商史さんが感心しるようだが、今はそれどころではない。

 正直、もう一回でも攻撃を食らってしまったら、意識を保てる自信がない。

 ボンヤリとした意識の状態のまま、俺はガードの姿勢をとった。

 一旦、意識が回復するまで守りに徹しようと決めた。

 しかし、それを見越していたであろう流佳は。

「――これでトドメだ」

 彼女は、どこから攻撃が繰り出されるか分からない程に、高速で舞い始めた。

「――――ッ?」

 あまりにも早い所作に、俺は戸惑う。

 まるでヒップホッパーのようにダンスするかのように、綺麗な踊りだった。

 俺はガードの姿勢を崩さないまま、彼女から距離をとることにした。

 これ以上、攻撃を食らうと、意識が保てなくなる。

 しかし、それすらも見越していたであろう彼女は。

「判断が遅い。翔が私から距離をとるのは想定済みだ」

 そう言ってから、流佳は逆立ちの状態から、普通に立ち始めた。しかし、距離は蹴り技が当たる位置まで迫ってきていた。それでも彼女は肉薄して、裏拳を放ってきた。

 ――足なのか手なのか、攻撃手段をハッキリさせろよッ!

 そう俺は吐き散らそうと思ったが、それは敵わず、見事に顔面に裏拳を食らってしまう。

 鋭痛から、鈍痛へとシフトチェンジしていた。

 それ程、もう脳内が限界値を超えているという事だ。

 ――ここまでか・・・・・・!

 遂にプツンと音がするように、俺は意識がシャットダウンしていった。

「――――絶対に流佳に勝つ。その日まで覚悟してるがいいさ・・・・・・」

「あぁ、その日が訪れる事を、楽しみにしているさ」

 俺の負け犬の遠吠え等、気にする事なく、平然と流佳は微笑を咲かせていた。

 ――――チクショウ、可愛いじゃねぇか。

 そう思ったのが最後で、その後には、直ぐに俺の意識は遠のいていった。

 

 〇


 午後の授業が全て終わって、後はHRを残すのみとなった。

 あれから、俺は一時間程、意識を失っていて、見事に五限目に遅刻してしまった。

 流佳も、商史さんも、体育館裏にはいなかった。

 ――せめて起こしてから自分の教室に帰ってくれよ・・・・・・。

 しかし、俺は負けた身なので、それは贅沢な悩みというものだろう。

 正直、起き上がるのも億劫だった為、このまま六限目・・・・・・いや、何なら保健室で大事をとろうとも考えた。だが、やはり授業に受けられる状態なら、なるべく参加したいと思った俺は無理してでも五限目を受けるべきだと思った。

 ちなみに、五限面は体育で持久走だった為、もう満身創痍である。

 この状態で着席戦争に挑めるかは、正直難しい。

 それでも――最高のエンターテインメントを目の前にして、辞退する事は避けたい。それが理由で着席戦争に参加しないといった選択肢をとるつもりは毛頭ない。

「え~皆、着席戦争に熱意を注ぐのは良い事・・・・・・いや、本来教師としては止めるべきところなんだが、こんなド田舎で何か娯楽に興じられるのは良い事だ。とにかく、出席日数だけは気をつけろよ。テストは反省文で何とかなるかも知れないが、出席日数は俺達教師ではどうしようもできないからな」

 担任が目を鋭くして、俺達に向かって警告していた。

 確かに、テストは赤点、追試で落ちても反省文を提出すれば良いだけの話なので、どうとでもなるかも知れない。しかし、出席日数だけは各それぞれで管理する必要がある。出席日数が危うくなったら、着席戦争を我慢する羽目になる。それは、なるべく避けたい。

 なるべく、最高のコンディション下で、着席戦争に挑みたい。

「じゃあ、今日のHRはこれでお終いだ。皆、病院送りにだけはなるなよ。そうなったら、問題になるからな。〝あの時のような状態にならないように〟」

 そう言って、担任は教室から出て行った。

 ――もうすぐ、着席戦争が始まる。

 俺達は、無言の空間の中、ただひたすら開始されるのを待った。

 教師の時計の針が、やけにうるさく耳に流れ込んでくる。

 それほど――緊張と期待と不安が、同時に押し寄せてきているのだ。

 数秒・・・・・・数分・・・・・・数十分。

 まるで長い時間、待っているかのように思えた。

 そして、キーンコーンカーンコーンと予鈴が教室で鳴り響いた。

 その途端、着席戦争に参加する者達が、一斉に立ち上がって教室から抜け出そうとしていた。

 俺もスタートダッシュに遅れる事なく、教室から駆け出して行った。

 廊下では、既に何人もの生徒達がバトルを繰り広げていた。

 俺は全力疾走をして、一早く昇降口に向かった。

 正直――廊下で戦うのは分が悪い。

 狭い縦長の廊下の中でバトルするのは、色々と不便だと昨日から感じていた。

 誰にも後れを取る事なく、俺はひたすら階段を下って、昇降口に辿り着いた。

 すると、複数人の生徒達が戦っていた。

 俺はそこに参戦する事なく。

「どけどけどけどけぇええええええええッ!」

 俺は、その集団達に向かって、強行突破しようとした。

 肩を掴まれたり。背後から攻撃を仕掛けられたが、今はバス停の前まで行くのが先決だった。

 ――着席戦争は、バス停の前が一番の関門だ。

 しかし――バス停に到着する前に「不意打ち、御免!」と声を掛けられて、鋭痛が背中に伝播した。

 振り向くと、雄介が立っていた。

「奇人の武士(エキセントリック・サムライ)」ッ! 今日こそは勝たせてもらうぞッ!」

 俺は身構えて、次に彼がする行動を予測した。

 これまでの経験則を元に、恐らく横薙ぎの攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 それを見通して、俺は先制攻撃を仕掛ける事にした。

 今回は指ではなく、急所である顔面を狙う事にした。ゴリゴリ君で由助の顔を殴れば、相当痛いはずだ。それを見通して、俺は一気に距離を詰める事にした。

 しかし、彼は警戒しているようで、俺が距離を詰めてから、三歩程――引いていた。

「翔殿、武器を所持したでござるか!」

「あぁッ! ゴリゴリ君と一緒に天下を取らせてもらうぜッ!」

「ゴ、ゴリゴリ君・・・・・・そのナックルダスターの事でござるか?」

「その通りッ! どうだ、イカした名前だろッ⁉」

「翔殿、ネーミングセンスないでござる・・・・・・」

 俺の相棒の名前を聞いた雄介は、肩を竦めて愛想を尽かしていた。

「隙ありだぜッ!」

 相手の一瞬の油断を見逃さない俺は、雄介の顔面を的確に狙った。

 木刀を持っている以上、顔面を狙えば――木刀で防ぐはず。だが、木刀では柔軟にガードするのが難しいはずだ。俺はそこに勝機を見出して、一気に攻めた。

 俺はゴリゴリ君で、彼の顔面を思いっきり殴った――つもりだった。

 だが、咄嗟に雄介は木刀を持ち替えて、ガードしていた。

「――顔面を狙ってきたでござるか! そのゴリゴリ――メリケンサックで攻撃されたら、相当痛そうでござる!」

 俺の渾身の一撃を木刀で受けた為、雄介は一メートル程、後ろに押される形になった。

 もしかしたら、このままバランスを崩すかも知れないッ!

 そう思った俺は、また彼と距離を詰めて、がら空きだった腹部を狙う事にした。

 俺は攻撃のモーションを繰り出す時に、咄嗟に雄介は守りの姿勢に入っていたが――ギリギリ届いた。

 ――直撃。

 真面にダメージを受けた雄介は。

「ぐぅううううううううッ!」

 苦悶の表情を浮かべる雄介は、木刀を握りしめて俺に斜め切りの攻撃をしてきた。

 しかし、やはり腹部のダメージが堪えているのか、速度が遅かった。

 これなら――勝てるッ!

「相棒を持てない指にしてやるッ!

 それから、俺は中指と薬指に目掛けて、ナックルダスターで狙い撃ちした。

「――――!」

 直撃した雄介の指は、僅かに赤みを帯びていた。

 明らかにダメージは食らっているはず。ここから、一気に叩きのめすッ!

 俺は相手が苦痛に悶えている最中に、ゴリゴリ君で雄介の脇腹を思いっきり殴った。

「――――――――!」

 もはや言葉にならない程の悶絶の声を上げている雄介に対して。

「これでトドメだッ!」

 脇腹を押さえている彼の顔面に向かって、全力でアタックした。

「――――――――――――――――ここまで、でござるか・・・・・・」

 どうやら、最後の一撃が決め手になったらしく、雄介がノックダウンしていた。

 悪いな・・・・・・着席戦争において、昨日の味方は今日の敵だったよな、雄介。

 ――よし、二つ名の相手を撃破する事に成功したッ!

 俺は、何とも例えがたい満足感に全身が包み込まれた。

 このまま――須和流佳に打ち勝つ事が出来れば、万々歳だ。

 しかし、今は余韻に浸っている場合ではない。

 直ぐにバス停に向かって、車内に乗り込まなければッ!

 俺は即座に上履きからスニーカーに履き替えてから、猛ダッシュでバス停に向かった。

 ――今日こそ、勝つッ!

 後五〇メートルもない所に、バスが停留している。

 このまま全力疾走して、誰にも追撃されない事を祈るしかないッ!

 俺は猛ダッシュでバスに向かっていると。

 背後から、打撃が直撃した。

 振り向くと、香澄が立っていた。

「今度は蒼海の空手使い(ブルー・マーシャル)が相手かッ! 今日で二回も二つ名と戦えるのは光栄だぜッ! 全力で潰させてもらうぜッ!」

 今の俺は、絶好調だと表現しても差し支えないだろう。

 この調子なら――どんな相手にだって勝てる自信しかない。

「――まだ貴方が席を座るには、早すぎるわよ」

 そして彼女は、構えた。

 これは――空手の構えだ。足幅は肩幅程度に開いていて、膝を軽く曲げていた。体重配分は前後左右に移動しやすいように重心は中心に置いていた。視線は前方をしっかりと俺を捉えていて、拳を肩の高さで構えていた。

 ――こうして対峙すると、まるで猛獣みたいだと思った。

 普段は可憐で可愛い存在だが、牙をもっているといった感じだろうか。

 しかし――流佳程の覇気は感じ取れない。

 これは彼女に向かって、絶対に口にしないが・・・・・・所詮、二番手だ。

 ――最も、俺は二つ名をもっていない弱者なので、完全に負け犬の遠吠えになってしまうが。

狙った獲物は必ず見逃す事なく、獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすという諺がある。無名な俺に対しても本気で挑む覚悟をもっている事がヒシヒシと伝わってくる。

 ――無名な俺としては、これ以上にない名誉だ。

 そんな事を思っている内に、香澄は肉薄した。

 まず、右ストレート――正拳突きを繰り出そうとしていた。

 俺はゴリゴリ君の金属部分が当たるように、守りに徹した。

 まず、未知の相手に対しては、どのような動きをするか学ぶ必要がある。

 流佳のように奇想天外のような身動きはしないと思うが、相手の戦闘スタンスを知ってから攻撃に徹するのは悪くないはずだ。

 正拳突きをメリケンサックで受け止めて。

「――メリケンサックで私の攻撃を弾くなんて、やるじゃない。結構、痛いわね」

 そう香澄は言ってから、右腕をブラブラとさせていた。

 ――やはり、ゴリゴリ君は武器にもなるし、防具としても有効活用できるようだ。

 それから、彼女が痛がっている最中に、俺は瞬時にしゃがみ込んで足払いをしようと思った。

 しかし、ジャンプして躱されてしまった。

 ――まずい、早く立ち上がらなければッ!

 そう思って、ゴロゴロと転んで距離をとってから、俺はガードに徹しようと思った。

 しかし、彼女は俺が寝転びながら距離をとったが、即座に足技を繰り出そうとしていた。

 ――踵落とし。

 その所作は素早く、手慣れているのが即座に把握できた。

 踵押しは打撃力が強い分、外してしまった場合は、数秒宇の隙が生じる。

 まさに、諸刃の剣みたいな足技だ。

 地に伏せながら、俺は間一髪で避ける事に成功した。

 そして、素早く立ち上がると、次に香澄は裏拳を放とうとしていた。

 その動作は素早く、まるで風を切るかのような所作だった。

 咄嗟に俺はメリケンサックの金属部分でガードした。

「――やってくれるわね!」

 少し、苦痛の表情を浮かばせる彼女だった。

 彼女は右手を左手で押さえて、苦痛を耐えているように思えた。

 ――ここからは、俺のターンだッ!

 俺は香澄の右足に目掛けて、拳を振るった。

 それがクリーンヒットして「ちょっ痛っ!」と悶絶していた。

 どうやら、着実にダメージを与える事が出来ているらしい。

 どの武術にも言える事だが、やはり喧嘩や戦いをする上で、足を狙うのは効果的であり、効率的だ。相手の身動きを封じる事ができるし、足技を利用する相手には、特に効果的である。これは連日、Mytubeで喧嘩のコツやテクニックの動画を視聴して学んだ事だ。

 弱った瞬間は、必ず隙が生じる。

 現時点では、明らかに俺の方が有利だ。

 やはり、メリケンサックを選んだのは、間違いではなかったようだ。

 俺は――このゴリゴリ君と共に、天下を取りにいく。

 その為には、こんなところで躓いている場合ではないのだ。

 最終目標は――打倒、流佳。そして交際を始めて、更に学園生活をカラフルに染め上げる。

 そうする事によって、ようやく自分は〝何者〟かになれる。

 その為なら――泥臭い行いだって、惜しまなくするつもりだ。

 ――このまま勝たせてもらうぜッ!

「二つ名を持っている者の能力は、その程度のものなのかよッ!」

 そして、更に俺は左足の弁慶を狙った。

「――そう何度も当たりはしないわよ!」

 俺が攻撃する箇所を予測していたらしく、蹴り技で俺の拳を跳ね返してきた。

 それから、俺の顔面に向かって拳を振るう香澄。

 それを再び、メリケンサックで受け止めて、彼女が足を地に着く直前で――俺は左足に目掛けて攻撃を放った。

 奇跡的に、それが直撃した彼女は。

「――――痛い!」

 明らかにダメージを受けた香澄に、トドメを食らわせようとして――俺は全力で顔面に標的を定めた。

 ――何も計算していない、ダイレクトアタック。

 それを真面に食らった香澄は。

「――――ぶっ!」

 鼻をへし折る覚悟で、思いっきり振るったので、相当ダメージを負ったはずだ。

 彼女は、両手で鼻を押さえながら。

「――なかなかやるじゃない、翔!」

 吹き出ている鼻血を右手で拭いながら、香澄と対峙した。

 どうやら、まだ彼女は戦う意思をもっているようだ。

 俺と同じ――いや、それ以上にタフな存在だと思った。ただの拳ではなく、メリケンサックという武器で顔面にヒットしたにもかかわらず、意識を飛ばしていない時点で凄い。

 ――訂正しよう。やはり、彼女が二つ名をもっているのは伊達ではないようだ。

 しかし、香澄が弱っているのは明白な事実だ。

 千鳥足のようにフラついている時点で、後もう一撃、攻撃を当てる事が出来れば勝てる。

 そう確信した俺は、彼女に向かって突進した。

 そして、今までこれ以上な速度で拳を振るった事がないくらいの勢いで、フルスイングした。

 それが彼女の顔面にヒットして。

「――――ッ‼」

 香澄は千鳥足になってから、静かに地に倒れた。

「――なかなかやるじゃない・・・・・・翔」

最後の負け惜しみという感じで、彼女は呟いてから、意識を失っていた。

 ――よっしゃぁッ! 今日は二つ名をもっている生徒を二人も無力化する事ができたッ!

 これで、障害物は無くなった。

 後は、バスの中まで全力疾走すれば良いだけッ!

 俺は、これ人生初かというくらいに、猛ダッシュした。

 後――一〇・・・・・・五メートルッ!

 俺は我武者羅に走り、無事、に車内に入る事ができた。

 ――勝った・・・・・・のか?

 俺はバスの中に入ってから、ゆっくりと車内を見渡した。

 すると、一番高い席に、既に流佳が座っていた。

「初勝利、おめでとう。今日、君は勝ち馬になった」

 彼女は実に満足そうな笑顔を俺に向けてきた。

 そこで、ようやく着席戦争で勝ち馬になった事が実感出来た。

「――やってやったぜえぇえええええええッ!」

 今日、俺は着席戦争で勝つ事ができた。

その余韻が、脳汁がプシャーッと溢れて出てきた。

これ以上に幸せだと思った事がない。

着席戦争で勝利した者だけしか得られない幸福感が、確かにあった。

「好きな席に座るといい。勝者の特権だ」

「なら、二番面に高い席に座らせてもらおうッ!」

 そして、俺は流佳と対面している、左側の席に座る事にした。

「――気持ちいいぃいいいいいいいいいッ!」

 俺は勝利のガッツポーズをして、愉悦を味わいながら席でゆっくりする事にした。

「席に座ったのなら、この二時間に何をするか決めておくといい。席に座りながら読書するも良し。ゆっくり音楽を聴きたいなら、それも趣があって良し。勝者は二時間、ゆったりしながら寮に帰宅する権利を得れる」

 流佳は、スマホを弄りながら呟いていた。

 常勝者の意見は、とても重要だ。

 彼女の意見に従って、スマホにダウンロードしてある曲を、折りたたみ式のヘッドフォンで視聴して帰宅する事にした。疲れ切った後に聴く音楽は、なかなかどうして癒やされる。

 着席戦争が終わり、俺は帰路に着いている時に、お気に入りのボカロ曲を聴いた。 

 普段から視聴しているが、今日は何となく〝特別の曲〟だと感じた。

 着席戦争――最高のエンターテインメントだぜッ!


 〇


 着郷学園の寮に帰宅してから、少し自室で休んでから、食堂で夕飯を食べる事にした。

 食堂内で一番近いテーブルに座るのは三年生、真ん中は二年生、一番遠いのが一年生の席だった。これは年功序列的な暗黙のルールがあるらしく、俺は素直に従っている。堂の献立は、その日の食堂の担当者が決めるらしく、毎日バラエティ溢れるラインナップとなっている。

 今日のメニューは、レバニラ炒めだった。

 戦って勝った後に食べるレバーも、ご馳走に思えてならなかった。

 ちなみに、香澄、雄介も勝利者となり、無事に席に座れたみたいだ。

 意識を失った状態で、素早く立ち直れるのは――潜在能力が高い事が垣間見られる。

 帰り道は、目を瞑りながら、ひたすら音楽に没頭していたので気気付かなかった。

 常に俺は負けっぱなしだったので、あまり実感しいていなかったが、この時間邸は利用者が少ない。それと、着席戦争に負けた人は、おかずの量が少ない事が分かった。今日のボリュームたっぷりなので、まるで贅沢をしている気分になった。

 これも勝ちの特権という事か。

 俺は、流佳、香澄、雄介の四人で、食事を取る事にした。

 俺がこのメンツと一緒に過ごしたいと思ったからだ。

 俺達を見ている生徒達は、驚愕していた。

この豪華なメンツを目の辺りにしたら、その反応は当然なのかも知れない。

二人は話を持ち掛けた時は困惑していたが、俺の提案を受けて入れてくれた。

 何より、無名の俺が相席できている事自体、有り難い。

「このメンツが揃うのは、初めてだな」

「『紅蓮の女王(レッド・クイーン)』と相席できる日がくると思わなかったわ」

「恐悦至極でござる!」

 三人共、それぞれ思うところがあるが――レバニラ炒めを食べ始めた。

「いや~勝ち馬になれるのが、こんなに嬉しい思いに満たされるとは思わなかったぜッ!」

 俺は有頂天な気分で、夕食に手をつけ始めた。

 レバーの臭みが少なく、身はプリプリとしていて美味しい。柔らかい肉とニラの相性が非常に良い。野菜も主張が激しくなく、肉のタレと絡まって旨味へと昇華している。何より、疲れている時に食べる肉は、何よりも美味しい。

「どうだ、初勝利の食事は?」

 流佳が微笑みながら、俺に尋ねてきた。

「これ以上にない程、美味しいぜッ! 着席戦争、最高だッ!」

 俺は率直な意見を口にした。

 着席戦争で勝つ事が出来れば、ゆっくり帰りの二時間を満喫できるし、夕食も〝勝利の余韻のスパイス〟が加味されて、とても美味である。

 俺は帰り道に、キノピオピーの曲を鬼リピしていた。

『真実ニーム』『戦隊少女とチョコレゐト』『ヴァンピール』、etc。

 BPMが高いながらも、爽快感があって、独特な世界観を築けているので気に入っている。

 その他にも、ブルースターという作曲家が創った曲を聴いたりした。

 ゆったりした状態で音楽を聴いていると、眠気が襲ってきたが、我慢した。

 とにかく、勝利の余韻を噛み締めながら帰宅したかったのだ。

 静かな部屋で聴く音楽も最高だが、帰宅時間に鑑賞するのは、とても贅沢な行いだと思った。

 今日は初勝利だったので、俺はレバニラ炒めを大盛りで注文した。

 着席戦争で負けた生徒達は、午後の九時くらいに帰宅してくる為、普通盛りでしか食べる事ができない。そもそも、意識が朦朧とした状態で帰ってくる為、食欲が全く沸かないが。

「私も初めて勝利した時は、相当浮かれたから、その気持ち分かるわ」

 香澄は、懐古するように天井を見て黄昏れながら、俺に言ってきた。

「初勝利の時の興奮は、今でも忘れられないでござるな・・・・・・」

 雄介も、その時の余韻を噛み締めるかのように、恍惚としていた。

 確かに、この感覚は癖になりそうだ。常勝者になれる事が、こんなに気持ち良くて幸せな感覚に支配されるとは、思ってもいなかった。

「これから、翔は二つ名をもつかも知れないな」

 流佳が勢いよくレバニラ炒めを食べながら、俺に言ってきた。女子にしては、意外にハイスピードで飲み込むかのような感じで食べるので、ギャップを感じた。豊満な胸の持ち主なので、しっかり栄養を摂取しているから、素晴らしく実ったのだろう。

「そもそも、勝ち馬の生徒達は、もう貴方につけたがってるわ」

「どうせなら、小生達が発信源になって広めるでござるよ!」

 そう言いながら、二人は食事を楽しんでいた。

「二つ名か・・・・・・せっかくだから、皆で考えてくれよ」

 どうせ名付けられるなら、関係を持った人達に授かりたい。

 俺は厨二病的なセンスは壊滅的なので、ここは皆に委ねたい。

 きっと、皆が二つ名を付けてくれたら・・・・・・俺は誇りに思えるはずだ。

「そうね・・・・・・腕白の新人(アンスクリューピュラス・ルーキー)なんで、どうかしら?」

「ア、 アンス? それは、日本語で、どういう意味なんだ?」

「活気溢れているって事よ。翔は意外に血の気が多いから、ピッタリだと思うわ」

「うーん・・・・・・小生は黒髪の超新星(ブラック・スーパーノヴァ)も悪くないと思うでござる」

 雄介は考える素振りを見せながら、二つ名を述べていた。

 ・・・・・・香澄が提案してくれた二つ名は長くて覚えられそうだし、雄介が言っていたのは、分不相応だと感じる。

「自称、私はネーミングマニアだからな。これまで、勝ち馬になった生徒達に二つ名をつけてきた。『エキセントリック・サムライ』も『ブルー・マーシャル』も、私が考えた渾名だ」

「そ、そうなのか・・・・・・」

 流佳の意外な一面性を知って、俺は少し驚いた。

 ――それなら、『レッド・クイーン』も、自分が名付けたのだろうか。

 まぁ、それは一旦置いておこう。

 もっと・・・・・・何かカッコイイ二つ名がほしいと、本能が告げていた。

「ならば、小柄の坊主(リトル・モンク)なんて、どうだ?」

 流佳が咄嗟に思い付いたかのように、ポンッと両手で音を鳴らしながら、言っていた。

 確かに――須和流佳俺は小柄だし、頭も少年院にいた事もあって、坊主の状態だから、一番しっくりくるネームだと直感した。大物感がある訳でもなく、だからといって没個性な感じもしない。

「それ、気に入ったッ!」

 俺は尊敬して想いを寄せている相手に二つ名を賜った。

 彼女に恋焦がれている身として、これ以上にない名誉だ。

「なら、それで決まりね。今日から二つ名の名に掛けて、日々精進しなさい」

 香澄に発破をかけられて「これから頑張るッ!」と俺は返事をした。

「私が皆に広めるとしよう――それにしても、入学して間もない頃に二つ名をもつとは・・・・・・やはり、私の目に狂いはなかったな」

 そう言ってから、流佳はレバニラ炒めのお代わりをしに向かった。三朗系という、かなりボリュームのあるラーメンを装うよそう丼並みに大きかったが、ペロッと平らげていた。流佳は大食らいの素質の持ち主みたいだ。

「俺も、お代わりをもらいにいこうかな」

 俺は流佳に続いて、席を立ってカウンターに向かった。

 これから先、どう自分が成長するか分からない。正直、未知と遭遇の連続だ。だが、それが面白くて・・・・・・楽しくて仕方ない。これからも、情熱をもって着席戦争に挑み続ける。

そして――何時か一番の存在である流佳を打倒する事。それが最終目標だ。そして恋仲になって、ハッピーエンドを迎える。それが、俺が紡ぐ物語だ。

 そんな事を思いながら、カウンターの前に立つと。

 「――――皆、久しぶりじゃねぇか!」

 一人の女子生徒が、食堂で大きく叫んでいた。

 当然、周囲は注目して、その女の子を見つめていた。

 俺の視界に彼女が映った。

 身長は一六五センチ程度。攻撃的なドス黒い赤髪で、黒のメッシュが入ったショートカットヘア。鋭い三白眼は、まるで猛禽類を連想させる。商史と目付きは似ているが、彼女は実に攻撃的な印象を受けた。何より、瞳が熱を帯びたようにギラついているのが特徴的だった

「――――狂華ッ⁉」」

 食堂で大声を出した美少女を目視している流佳が、珍しく驚愕していた。

「よぉ~流佳。約一年ぶりか。久しぶりじゃねぇか!」

 彼女は、困惑している流佳など構わずに、フレンドリーに肩をポンポンと叩いていた。

「・・・・・・出所は終わったのね」

 出所。

 それは、少年院にいた俺にとっては、馴染みのある言葉だった。

 少年院や刑務所でお勤めが終わった後に、使用される単語だ。

 もしかしたら――女子少年院に入所していたのかも知れない。

「ようやく・・・・・・ようやく戻ってきたぜ。明日から、また派手にやらかす予定だ」

 感慨深いように、彼女は上を見つめながら唇を歪ませていた。

 その微笑みは、まるで悪魔のように俺には映った。

「流佳。彼女は?」

 俺は、呆然としている流佳に対して、質問した。

「・・・・・・彼女は焼災狂華(やくさいきょうか)。着席戦争の常勝者よ。〝かつて〟、私の相棒だった」

 流佳は、唇を噛み締めながら、俺に説明してくれた。

 ――かつて、と確かに彼女は強調して言った。

 今は・・・・・・仲違いして、そう思っていないという事か。

「おいおい、かつては酷くないか? まだ相棒同士だろ?」

「あの頃の私は、もういないッ! お前みたいに、着席戦争を強要したりしない!」

 着席戦争を・・・・・・強要?

 その言葉を聞いた周囲の生徒達は、明らかに不安そうな表情を浮かばせていた。

 困惑、恐怖、畏怖、厄介、諦観。

 食堂にいる生徒達は、色々な感情を孕ませた表を浮かばせながら――焼災を見ていた。

 その大多数は、不安――というより、恐怖で引き攣っている、と言った方が正しい。

「私のスタンスは、ずっと変わらねぇよ。また暴れてやるから、楽しみにしてろよな」

 そう言ってから焼災は、「あはははッ!」狂気じみた笑みを零していた。

 まるで、悪魔が取り憑いたかのように、狂ったように大笑いしていた。

 ――流佳と約災の間で、一体何が起こったというのか。

 そして、明日から――一体何が始まるというのだ。

 俺は最先に不安を抱きながらも、流佳と一緒に席に戻って行った。

 ・・・・・・お代わりをしたが、全く喉に通らず、一時間掛けて食べきった。

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