ただの強がり
瞼の裏に熱さを感じて目を開けると、窓から入った朝日がちょうど顔に射していた。
反射的にベッドから起き上がってカーテンを閉め、その手で布団の上に置かれたメモ帳と筆記ペンを取るが。
「……っ」
いつまで経っても筆が動かなかった。思考が焦燥感に
どれだけ足掻いてもユミルの死を覆せない。バッドエンドを承知で無茶なこともしてみたが、展開は何一つ変わることなく、いつも最悪な記憶の繰り返しに終わった。
一体何が間違っているのか。何が足りないのか。そもそも幸せな終わり方が本当に存在するのか。アンフィニシュトの書は謎に包まれた得体の知れないものだ。もしかしたらイヤミスのように後味が悪い物語の構成になっているかもしれないし、ハッピーエンドが正しい終わりとは限らない……。
「……って、ここまでやっておいて今更そんなこと考えても無駄なのにな」
自分の失態を棚上げして他人の言葉を疑うなんて情けないったらありゃしない。どうやら俺は過去に囚われて今から目を背ける癖があるらしい。
こんなことじゃ展望は開けない。意地でも未来に目を向けよう。また本の中で過ごせば何か思いつくかもしれない。そうだ。焦る必要はない。べつに回数制限があるわけでも期限があるわけでもないのだから。
気持ちを整理し、ダッシュボードに置いた深緑の本を取ろうとして────途中で手が止まった。金縛りにあったように動かせず、力を入れても震えるばかり。
「くそっ……何を躊躇してんだ俺は……」
弱気になった心を律せずにいると、廊下のほうからドタドタと耳障りな音がしてきた。
音は徐々に迫ってきて部屋の前で消えると、次の瞬間ドアが壊れる勢いで開け放たれた。
無論、そこにいたのは
「お
「……べつに。寝不足なだけだ」
「いやいや、目の下におっきなクマさんできてるから! 海苔を貼っつけたみたいに育っちゃってるから! あと顔色もなんか青ざめてるし!」
「そんな酷い顔してんのか俺……」
「き、救急車救急車」
「落ち着け。見た目はどうか知らないけど本当に大丈夫だから、電話かけようとするな」
「でもでも、これでお
「心配性すぎる。ただ睡眠が足りてないだけで、ちゃんと寝れば治るって」
「……お
「はいはい」
「あっ、それとそうだった! お客さんにはわたしから伝えて帰ってもらうね!」
「お客さん? 俺に? ……どんな人だ?」
「なんか気品が漂っててびっくりするほど可愛い人! お
「…………上がってもらってくれ」
それと入れ違いでやってきた
「どろぼう」
冷めた目で俺のことを見下してくる。
返す言葉が見つからずにせめてもの謝意を表してベッドに正座するが、
「まさか本をすり替えて持ち逃げするほど性根が腐っていたとは思っていませんでした」
「……記憶が新しいうちのほうが推理が進むと思ったんだ」
「言い訳は聞きたくありません。昨日話したとおりアンフィニシュトの書にはまだまだ未知の部分があり、何が起こるか予期できないほど危険な代物です。もし他に害が起きた場合、責任が取れましたか?」
「それについては俺が軽率だった。謝る。だけどお前だってあの本のハッピーエンドを望んでるんだろ。それを達成するにはどうしても多くの時間が必要なんだ。精神を気遣ってだらだら進めてたんじゃいつまで経っても叶わない」
「では、妹さんに心配をかけるほど精神を擦り減らして得られたことを教えてください」
「…………」
俺の様子から物語攻略の進捗が
こんな中途半端なところでやめたくない。そう思いはしても拒否するだけの功績はなく、
悔しくも、深緑の本を手にとって渡した。
そしてふたたび俺に視線を向けて。
「この本については忘れてください」
「……は? どういうことだよ……?」
「言葉どおりの意味です。今後一切この本に関わりを持たないでください」
「ここまで来て諦めろってのかよ!? 元はといえばそっちからお願いしてきたことだろ!」
「ええ、身勝手な振る舞いであることは謝ります。どうやら私はあなたを頼りすぎていたようですね。ただの噂ごときで
「自己完結するな! 俺はまだやれる!」
「何回やっても結果は同じですよ。大切な時間を浪費するだけです」
「まだたったの数十回程度だろ。現実に換算すれば一日にも満たないし、もっと物語の中で過ごせばハッピーエンドの条件だって分かって……────!」
言い終える前に、
突然のことに驚いて言葉が止まる。至近距離にある色違いの双眸が俺を見据えて離さない。
「こんな状態で何を言おうと私には響きません。
「……っ」
図星を突かれて反射的に目を逸らすと、
そのままカバンを持ち、部屋のドアの前まで行ったところで。
「
俺を一瞥することなく最後にそう言って部屋を出ていった。
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