六巡目

【六巡目】

 今のところ確定していることは、二日目の御神木ごしんぼくに寄った以降ユミルと行動を共にしないと火事になることだ。それさえ分かっていれば少なくとも火事は避けられる。


 なぜそうなるかについてやラナフィナの真意は気になるところだが、今は探る方法が思いつかない。知りたいが為に意地を張ってこのことに掛かりっきりになるのは時間と精神をいたずらにさせるだけ。


 それよりも【三巡目】の結末を考えよう。


 カイが負傷したあの時は火事になっていないのに、もっと言えばユミルの身に何も起きていないのに、浄化じょうかの儀式を待たずにバッドエンドになった。


 唯一儀式が始まるところまで時が進んだ【一巡目】を鑑みると、やはりカイの負傷が関係している可能性が高い。火事を起こさず、カイが負傷しなければ途中で物語が終わらないはずだ。


 健康観察の途中でカイたちの遊びに付き合う際、転落に気をつけるよう口うるさく注意した。


 二日目は火事にならないよう、ずっとユミルと行動した。


 くる三日目。


 俺の注意に対して面倒そうな態度をしていた一昨日のカイを思い出すと、心配になってくる。


 念には念を入れて、今日はカイの行動を見張ることに決めた。


 朝食の時にユミルから森民の対応をしてほしいとお願いされたが、子供たちと遊ぶ約束をしてしまったと心苦しくも嘘をついて断り、家を出た。


 メインストリートに行って三人の姿を捜していると、通路の端っこに突っ立っているカイの姿を発見した。目を閉じて「にじゅういちー、にじゅうにー、にじゅうさんー」と声を出しているところを見るかぎり、隠れ鬼ごっこはもう始まっているようだ。こんな朝早くから元気すぎるだろ。


 すぐさま近づいていって肩を叩くと、カイは「うわっ!」と体を震わせて仰け反る。


「……ってなんだ、キヨツグか。おどろかせるなよ!」

「わるいわるい。今日も三人で隠れ鬼ごっこをしてるのか?」

「見りゃわかるだろ。数を数えてんだからじゃますんなよな」

「お詫びに鬼役を手伝ってやろうか?」

「……今日って浄化じょうかの儀式があるんだろ。ユミルねぇがたいへんだから手伝いをしろよ」

「そうしたいのは山々なんだけど、この街に来たばかりの俺が大切な行事に出しゃばるのは失礼だからな。だからってただ居るのも邪魔になるし」

「それでオレらと遊びにきたのか……なんかキヨツグってなさけないな」


 お前の為にこっちは動いてるんだよ……と本音が口から出そうになったがなんとか堪えた。


「いいから俺も混ぜろ。二度と生意気な口が利けないよう俺が鬼役の極意を叩き込んでやる」

「やっぱ大人げねぇ……」


 それからカイとともに鬼をスタートさせた。


 俺はリロとララを捜すことよりも、カイの行動に目を光らせた。転落する恐れのある箇所は先回りして捜し、できるだけカイを近づかせないよう努めた。


 そのおかげか数時間が経った今でもカイは無事だが、そのせいで二人はまったく見つからない。


 カイは道の真ん中で立ち止まって地団駄を踏む。


「あーもう! ぜんぜん見つからねぇ!」

「本当だな。あいつら隠れるの上手いな」

「ほめてないでキヨツグもちゃんと捜せよな! やる前はえらそーなこと言ってたくせに!」

「俺が本気を出したらすぐに見つけてゲームとして成り立たなくなるから、まだ様子見だな」

「手伝うって言ってたじゃねぇか!?」

「すぐに手を貸したらお前の為にならないだろ。それとも一人で見つける自信がないのかぁ?」

「っ! そんなことあるわけねぇだろ! キヨツグの力なんていらねぇよ!」


 カイが捜索を再開させ、俺はあとを追いかける。


 このまま一緒にいれば不慮の事故は起きず、夕方の儀式まで時間が進むだろう。


 そうなれば次に考えることは、儀式の始まりに起こるユミルの急変についてだ。ようやく【二巡目】から思いついていた行動を試せる。


 ただ問題はいつカイと離れていいものか。


【三巡目】で重症のカイが運ばれてきた時間はとっくに過ぎてはいるが、何が起きるか分からない世界だし、万全を期して遊びが終わるまで見張ったほうがいいか。だが正午過ぎてからも続けるとなると俺のやりたい行動と時間が被ってしまうから……。


「……──っ!?」


 ふと、遠くの通路でそれが目に入った。


 ユミルの家がある方角に向かって慌ただしく走る森民の集団。先頭を行く男性の手には────


「嘘だろ……そんなことって……!」


 先を行くカイに言葉をかける間も惜しく、すぐに踵を返して集団のあとを追った。


 頭の中は混乱している。カイが無事なら物語を進められると思っていたのに。


 ユミルの家に辿り着くと、そこには【三巡目】と同じ光景が広がっていた。


 浄化じょうかの力を使うユミル。それを剣呑な雰囲気で見守る大人たち。


 そして、青褪めた顔で地面に仰向けになるララの姿が。


 一番近くにいた森民の女性に話を聞くと。


「……たぶん遊んでる途中で誤って湖に落ちて溺れてしまったみたいね……私が湖のほうを通りがかった時に、顔を下に向けて水中に浮かぶララちゃんを見つけて…………すぐに大声で助けを呼んで、急いでみんなで岸まで引き上げたんだけど息をしてなくて……」


 それからの展開は同じだ。ユミルの治癒で最悪の状況は免れ、森民たちと入れ違いでラナフィナがやってきて儀式の試着にユミルとともに家に入り、俺は来客の対応を任される。


 もうバットエンドは避けられない。


 せめて他の情報を得ようと、不毛な推理の中で霧ヶ峰きりがみねが言っていた、実は子供が助かっていなかったという小さい可能性を確かめるためララの家へと向かった。


 すると、ちょうど家から出てくる森民たちの姿があり、その中にカイとリロもいた。


 二人は俺に気づくと、走り寄ってくる。


「キヨツグ! 急にいなくなってどこに行ってたんだよ! ララが大変な目に遭ったんだ!」

「ああ、分かってる。二人も聞きつけて来たのか?」

「オレはキヨツグがいなくなったあと二人を捜してたら、リロが出てきて知ったんだ」

「ぼくは隠れてる時にお父さんが呼びに来て知ったよ」

「そうか。それでララは大丈夫なのか?」

「ユミルねぇの力で元気になったぜ! さっき目を覚まして話もしてきた!」

「でも今日はこのまま休んだほうがいいってみんなに言われて出てきたところだよ」


 会話ができるほど回復したなら容態が急変するとは考えにくい。やはり別の要因があるわけか。


 そこで仕事があるからと二人と別れてユミルの家へ戻ると、ユミルが来客対応していた。


 もう試着は終わったのか訊くと、俺が仕事をほっぽり出したからできなかったと文句を言われた。ラナフィナはそのまま帰ってしまったらしい。


 そうこう会話をしているうちに、ユミルの前でバッドエンドの予兆が起こった。

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