五章 繰り返されるバッドエンド

四巡目

【四巡目】

 俺は森民の健康観察を手伝いながら考える。


 霧ヶ峰きりがみねの言葉に従うみたいで癪だが、今回は火事の原因にラナフィナが関与しているのか、そしてテントの持ち主は誰か、この二つを明らかにしたい。


 その為には【二巡目】の行動を繰り返す必要がある。


 …………。


 森民と楽しそうに喋るユミルを見ると、胸がチクリと痛んだ。


 たとえハッピーエンドに導くためという大義名分があっても、今から俺がやろうとしていることは彼女を悲しませてしまうことに違いはないから。


 罪悪感に揺らぐ気持ちを押し留め、なんとか顔に出ないよう努めた。


 これまでどおりの経緯を辿って二日目を迎える。


 森の環境保全のため、ラナフィナの家を訪ねて自己紹介を済ませた。


 それ以降はこちらからラナフィナに接することなく、御神木ごしんぼくのところまで時間を進ませる。


「──もう俺に手伝えることがないなら二人の邪魔になるし、一足先に街に戻ってるよ」

「べつに全然居てくれてもいいよ。少し待たせちゃうかもだけど」

「いや、もっと街の中を見て回りたくてさ。昨日の仕事中に気になった場所がちらほらあって」

「そう? じゃあまたあとで合流しよっか」

「ああ」

「迷って死ぬなよ」

「不吉なこと言うな」


 そのままユミルたちと別れて、街のメインストリートを目指す。


 もう見慣れた道を足早に歩き、街に入ると案の定カイたちの姿があった。


 俺の姿に気づいて隠れ鬼ごっこに誘ってくる。快諾して遊びに混ざり、時間を潰した。


 このまま行けば【三巡目】のカイの負傷にはならないと思ったが、念のために「夢中になりすぎて道から落ちるなよ」と注意を促した。カイは生意気にも「オレがそんなダッセーことするわけないじゃん」と聞く耳を持たなかったが。


 日が暮れてきた頃に、御神木ごしんぼくのほうからユミルがやってくる。会話をしている間にアリウスさんも合流してちょっとした兄妹喧嘩になり、寸分違わず【二巡目】のルートをなぞっていることを確認した。


 ────そして時間は夜になる。


 隣に座ったユミルが腰を上げた。


「こんな夜更けに話に付き合ってくれてありがと。なんだか気持ちがスッキリした」

「それはこっちの台詞だよ。おかげで久しぶりに快眠できそうだ」

「明日も手伝ってほしいことが沢山あるから寝坊しちゃだめだよ~」

「その時は遠慮せずに叩き起こしてくれ」

「ふふ、じゃあご要望どおりに激しくしちゃおうかな。いいんだよね?」

「……やっぱり優しくでお願いします」


 お互いに笑い合って『おやすみ』と就寝前の挨拶を交わし、ユミルは部屋を出て行った。


「…………」


 俺は敷物に横にならず、そのまましばらく待ってから立ち上がった。


 ここからが新しい試みだ。火事の原因、もしくは人災であった場合の犯人を特定するには現場を押さえるのが一番手っ取り早い。御神木ごしんぼくの場所に行って不寝ねずばんだ。運がよければ同時にテントの持ち主も分かるかもしれない。


 火傷しないよう片手に手袋を填めてランタンを持ち、窓から外に出る。靴は事前に用意してある。ユミルに気づかれないよう用心してのことだ。


 誰かに視認されてしまう前に、こそ泥になった気持ちで街路を駆け抜ける。


 街から出ると、夜の森が待ち受けていた。


 暗闇で不気味かと思いきや、至る所に妖精の姿があり、のんびりと空中を漂っているので恐怖感は全くやってこなかった。……ただ、光にたかる蛾のように俺の周りを飛び回ってくるのが非常に鬱陶しかったが。


 奴らの体の発光とランタンの灯りを頼りに道を行き、迷わずに御神木ごしんぼくの場所まで辿り着いた。


 最短距離の右回りで根を越え、半周近くになったところで一旦御神木ごしんぼくから離れる。ランタンの灯りを消し、木々に身をやつしながら遠回りで移動する。


 やがて、地下扉のところまで近づくと。


「あれは……アリウスさんか」


 テントの中にアリウスさんの姿があった。椅子に座ったまま身動きしていないが寝ているわけではなく、どこか思い詰めたような表情からして何かを考えている様子だ。


 俺は覗かせていた顔を引っ込め、木を背にして地べたに座る。


 テントの持ち主はアリウスさんだったのか。まさか、すでに知っている登場人物だったとは当てが外れたな。


 しかし、なぜ野宿のような真似をしているのか。街にちゃんとした家があるから(一日目の仕事中にユミルから教えてもらった)わざわざテントを張ってまで居座る必要はない。


 つまり別の意図があるわけだ。もしかしたら火事と何らかの繋がりがあるかもしれない。


 そこから眠気と空腹に抗いながらの監視が始まった。


 途方もなく時間が長く感じられて何度も寝落ちしそうになったが、頬や太腿をつねって痛覚を刺激したり、俺の近くに来た人懐っこい妖精とたわむれたりしてなんとか耐えた。


 その間、アリウスさんがテントから出ることは一度もなかった。寝袋に入ったり椅子に座ったり、携帯しているお菓子などを飲食する動きはあったが、外に出歩こうとする気配は一向にない。


 いつまで経っても決定的証拠が掴めずに気持ちがめげそうになる。


 そして、徐々に枝葉の隙間から朝日が溢れはじめて辺りの景色がはっきりと見えてきた頃。


 やっとアリウスさんがテントから出た。


 穏やかな朝に深呼吸するわけでも体操するわけでもなく、ただジッと御神木ごしんぼくを見上げる。その顔は物憂いに彩られており、胸に当てた手は固く拳を握っている。


 …………。


 アリウスさんは一頻りそうしたあとに目を閉じて俯き、顔を上げて街の方向へ歩いていく。


 離れるということは火事と無関係なのだろうか。だったら何のためにテントを……。


 跡をつけるか少し迷って止めた。アリウスさんのことも気がかりだが、今は火事の原因を探るほうが先決だ。


 その後も根気強く待ち続けていたら。


「……来たか」


 果たして、現れたのはラナフィナだ。冷めた横顔からは感情が窺えない。


 テントを一瞥することもなく地下扉に近づき、手を翳して何事かを呟く。


 一分もせずに詠唱が終わった途端、石板の赤く光っていた紋様が消えたと同時に横にスライドし、ぽっかりとした穴が現れた。


 ラナフィナが迷わずにそこへと入っていき、俺は急いで木陰から出て向かう。


 穴の中は人ひとりが通れる広さの階段が続いており、奥は暗くてよく見えない。


 ポケットからマッチを取り出し、ランタンに火を灯してから降りていく。


 途中で階段は終わり、しばらくジメジメとした洞穴が続いて────。


「────!」


 急に視界が開け、広々とした場所に行き着いた。


 巨大なアリーナ会場ほどの空間。天地含める周囲の地層を支えるかのように太い根が張り巡っており、御神木ごしんぼくの力強い生命力をまざまざと感じさせられる。


 右手の奥には俺が今通ってきたものと同じような洞穴があって気にかかったものの、考える前に意識は中心にある球体に注がれた。


 四方八方から突き出した無数の根と枝に絡まれ、まるで囚われたように空中に浮かぶ深緑の玉。おそらくあれが話に聞いていた核だろう。御神木ごしんぼくに相応しい巨大さで、宝石のような外観には裂傷が入っていてそこからドス黒い霧──瘴気が多量に漏れ出している。


「……っ」


 俺は口に手を当てる。見ているだけで胃液が込み上げてくるような気持ち悪さが募り、少し目眩もする。この空間に足を踏み入れてからせ返るように呼吸がしづらいし、一般人の立ち入りを禁じているのも頷ける。


 ラナフィナはその核の間近に立っている。こちらに背を向けているため、俺のことには気づいていない様子だ。


 どうするか。これが【二巡目】のルートを辿っているならばラナフィナが火事の犯人であることは堅いが、だからといって相手は魔女で、非力な俺に止められるとは到底思えない。


 考えている間にも、ラナフィナの足元から血のように真っ赤な液体が溢れ出した。それらは円形を描くように広がりを見せ、同時に一部が古代文字のような形に変わる。


 おどろおどろしい魔法陣は俺のいる場所、さらには空間の側面と上部までも覆うと、その表面から次々と火球を創生させていく。前に見せてもらった時とは比べものにならないほどの大きさで、一気にだるような熱気が空間に立ち込める。


「やめろっ、ラナフィナ!」


 空間に響き渡るほどの声を出すと、ラナフィナはこちらをバッと振り向いて驚愕に目を瞠る。


 俺は危険をいとわずに近づいていく。


 この時点でバットエンドが確定してしまっているのなら取る行動は一つ。意識を失う前に会話に持ち込んで少しでも情報を得る。


 目の前まで行くと、ラナフィナは表情を驚きから警戒に変える。


「なぜお前がここにいるのだ?」

「たまたまだ。早起きして御神木ごしんぼく付近を散歩してたら怪しい地下の道を見つけてな」

「ならば今すぐ立ち去れ。ここにいれば瘴気に当てられて死ぬぞ」

「お前は何してるんだよ?」

「今日の儀式の準備だ」

「この状況を見られてよくそんな嘘が通ると思ったな…………この上にあるやつって御神木ごしんぼくの核だろ。どうしてそれを燃やそうとしてるんだ?」

「お前に教える必要はない」

「核は御神木ごしんぼくの命で、御神木ごしんぼくは森の根幹を担ってるんだったよな。森を破壊する気か? そんなことをすれば森の安寧を心から願ってるユミルが悲しむと思わないのか」


 ユミルの名を出すと、ラナフィナは痛感するように唇を引き結び、鋭い視線を向けてくる。


「迷い人の、ましてやこの森に来て数日しか経っていないお前に我の心が分かるものか」

「だから聞いてるんだよ。なにか止むに止まれぬ理由があるんだろ?」

「…………」

「俺とお前は昨日あったばかりだけど、死地しちやユミルに対しての言動を見てお前が利己的な理由でこんなことするやつじゃないって信じてる。もし厄介な問題にさいなまれてるなら俺も協力するから話してくれ」


 ラナフィナは俺から視線を逸らして逡巡する素振りを見せる。


 ここで拒否られると厳しい。さっきよりも胃のムカつきが激しくなってきている。これ以上説得に時間をかければ俺の体力が持たない。


 祈るような気持ちで待っていると、やがてラナフィナは「……無関係のくせにお人好しにもほどがあるな」と呆れたような声を出した。


「しょうがない。お前は人の話を素直に聞く性格に見えないからな」

「話してくれるんだな!」

「ああ。耳打ちするから少し屈んでくれ」

「? ……こうか?」


 言われたとおり同じ目線の高さまで身を屈めると、なぜか俺の額に人差し指を当ててきて。


「──っ!?」


 ものの一秒もせずにぐわんっと脳が揺れる感覚がした。


 そのあともやがかかったように思考が朧気おぼろげになり、瞼が重くなってくる。あまりの眠気に体の力が抜けて地面に這いつくばった。


 気力を振り絞って顔を上げると、ラナフィナが冷めた目でこちらを見下ろしていた。


「お前……俺に魔法をかけて……」

「騙してわるいな。お前に何かあればユミルが自責の念に駆られるから、危険を仕出かす前にこのまま眠ってもらうことにした。命の保証はしてやるから安心しろ」

「くそ……こんな眠気になんて負け……」

「無駄だ。何の力も持たないお前が我の魔法に抗えるわけがない」


 ラナフィナはもう俺に用はないとでも言うように背を向け、御神木ごしんぼくの核を見上げる。


 その横顔は悲憤に彩られていた。


「もう我の心は決したのだ」


 小さな呟き声を最後に、俺は為すすべなく睡魔に屈してしまった。

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