三巡目(三日目)
三日目。
「ユミルちゃん、大事な儀式って言っても無茶だけはしたらいかんぞ。少しでも体に異常を感じた時はラナフィナさんに言って止めること」
「うん。心配してくれてありがとう、レイソンさん。無理せずに頑張るね」
玄関前でユミルと森民が話す傍ら、俺は預かった品物を家の中に運ぶ。
最初の森民が来てからもう二時間は経っているが、一向にアリウスさんが訪ねて来る気配はなかった。どうやら火事は免れたみたいだ。
経緯から考えるに、やはり二日目の
それが起源として何と結びついていき火事を引き起こすのかは気になるところだが、三日目になった今考えても仕方ないことだ。調べるのは次回にするとして、今集中するべきはこのあとの行動だ。
このまま物語が進めば、
前回は予期せぬ火事のせいで試したい行動がおじゃんになったから、今回こそは成し遂げたい。
「キヨツグ、どうしたの? なんか難しい顔してるけど」
「ああ。ちょっと昨日の疲れが残っててな」
「え、そうだったのっ。わたしの手伝いはいいから部屋で休んでたほうがいいよっ」
「大丈夫。寝てて良くなるものでもないし、今みたいに軽く体を動かしてたほうが楽だから」
「それならいいんだけど……責任を感じて無理に動く必要はないからね」
「
「わたしは超元気だよ。気持ちも不安よりか儀式に向けての熱意のほうが勝ってるね」
今のところユミルの体調に問題はないか。
だが、いつあの最期に繋がる片鱗が表れるか分からないから常に気を配っておこう。
このあとも森民の対応をしてそれからは……と、儀式までの経緯を思い出していた時だった。
メインストリートに繋がる道のほうから「ユミルちゃんッ!」と甲高い声が聞こえてきたのは。
俺とユミルが驚いて振り向くと、そこには声の主と思われる女性と他にも三人の大人がいた。
大慌てでこちらに駆け寄ってきたみんなの形相はなぜだか青ざめており────
「────っ!?」
俺は目を疑った。
一人の男性の両手にぐったりと身を任せるカイの姿があったからだ。思わず目を逸らしたくなるほど体中が
──どうしてこんなことにっ! 一体カイの身に何が起こったんだ!?
動揺して動けずにいる俺と違って、ユミルの行動は早かった。
「カイくんを地面に寝かせて」
冷静な声で指示し、男性がカイを地面に横たえさせると、間髪入れずにカイの体に両手をかざす。
しかし、このまま何もしなければ助からないと断言できるほどカイの傷は深刻だ。それにたとえ俺が制止させたところで、ユミルが力を使うことを
迷っている間にも、ユミルの両手が淡く発光した。じわじわとカイの体から黒い霧が溢れ出して手の中に消えていく。【一巡目】でユミルが俺の擦り傷を治してくれた時とは違って黒い霧の量が多すぎる。
ユミルは痛みに耐えるかのように顔を強張らせ、それを見た女性が懺悔するように握った拳を額につけ、「ごめんなさい……ごめんなさい……」と何度も呟く。
「……っ」
俺は心に芽生えた諦観を振り払い、少しでもこの状況の理由を知るため、カイを運んできた男性の元に行った。
「すみません。カイは一体どうしてあんな酷い怪我を負ったんですか?」
「……ああ、オレは直接見てねぇんだけど、追いかけっこか何か遊んでる時に誤って道から落っこちたみてぇだ…………オレが家で儀式の挨拶に行く準備してたら突然外からマーサ(カイの母ちゃんな)の悲鳴が聞こえて駆けつけた時にはもうあの状態で……」
なるほど。高所から転落したとなればあの重症も分かる。
しかし、そんなことが起きるのか。
この街で生まれ育って高低差のある構造には慣れているはずだ。事実、俺と隠れ鬼ごっこをしている時だってカイたちは道の端などの危険な所は避けていた節がある。遊びに夢中になりすぎてというのはどうも腑に落ちない。
俺が一人で疑問を抱く中、映像を逆再生するかのようにカイの傷口が塞がっていく。
ほどなくして湧き出る黒い霧も止まると同時にカイの顔色も良くなり、胸が上下しはじめる。なんとか一命を取り留めたようだ。
ユミルはカイの体から手を離して「ふぅ」と息をつく。
「これでもう大丈夫。あとは安静にしておけば目覚めると思うよ」
女性──マーサさんは胸を撫で下ろすが、それも一瞬のことで、すぐにユミルに頭を下げた。
「ユミルちゃん、本当にごめんなさい! よりにもよって今日という大事な日に……」
「そこはありがとうのほうが嬉しいかな。わたしの力は誰かを助けるために授かったものだから当然のことをしただけだよ。それよりも今はカイくんのことだけを想ってあげて」
マーサさんは複雑な表情をしたが、やがて小さく頷き、他の森民たちと帰っていった。
ユミルはみんなを見送ってから立ち上がる。ゆっくりとした動作だった。
「すごく疲れた様子だけど、大丈夫か?」
「うん。力を使ったあとはいつもこうだから平気だよ」
やせ我慢なのは明白だ。もしこれが【二巡目】の出来事であれば素直に体の症状を話してくれたかもしれないが、今回の俺は
それ以上かける言葉がなく黙っていると、やがてラナフィナがトランクを引き摺りながらやってきた。
ユミルを見て眉を
「先程、物々しい雰囲気の集団と街中ですれ違ったが……もしかして
「ちょっとだけね。緊急事態だったからしょうがないよ」
「体調に問題があるのなら日程をずらしても……」
「もうみんな大げさなんだから。わたしは大丈夫っ。今日の予定も変更なしっ」
「…………」
「それで。ラナフィナはわたしに用があって来たんじゃないの?」
「……ああ。儀式で着る服のサイズを確かめたくてな」
「じゃあ部屋に行かないとだね。キヨツグ、ごめんだけどみんなの応対を任せてもいいかな?」
「……分かった。無理はするなよ」
ユミルは気丈な笑顔で頷き、ラナフィナとともに家に入っていった。
今の俺がユミルにしてあげられることはなく、任されたとおりに来客対応に当たった。
カイを治療したことは広くに伝わっているらしく、訪れる森民たちの全員が一言目にユミルの身を案じてきた。そのたびに俺は本心を隠して問題ないと嘘を吐いた。
それから一時間ほどが経ったが、ユミルは家から出てこなかった。
たしか【一巡目】ではこんなに遅くなかったような気がする。
胸のうちに募る不安が、バッドエンドの凄惨な姿を脳裏によぎらせた。ラナフィナがそばにいるからと安心していられず、自室の前に行ってドアをノックした。
すると、俺が言葉をかける前にドアが開いてユミルが姿を現した。
「キヨツグ、遅くなってごめんね! 一人だと大変だったよね!」
「……ああいや、応対のほうはスムーズにいってるから大丈夫だけど、やけに試着に時間がかかってるからどうしたのかと思って。それにラナフィナは?」
「へんに心配かけちゃってごめんね。思いのほか衣装のサイズに違和感があったから普段着と比べることになって、沢山の服を引っ張り出したから片付けてたの。ラナフィナはさっき裏口から帰ったよ」
【一巡目】の時は片付けの話なんて出ていなかったはずだ。やっぱり思ったよりも体の具合が悪くて、こちらに気遣わせないよう気丈に振る舞っているに違いない。
「ユミル。調子が優れないなら、ここからも俺一人で平気だから部屋で休んで────ッ!?」
説得しようとしたその瞬間、ズキンッと激しい痛みが脳を襲った。
目の前の景色が霞み、すぐに壁に寄りかかるがそれだけでは体勢を保てず、廊下に倒れる。
「キヨツグ! どうしたの!?」
「……な、なんで……」
俺は頭を押さえながらユミルを見上げる。
火事は起きずに、ユミルも無事。なのに、どうしてバッドエンドが訪れるんだ!?
大きな疑問を抱くも、継続する頭痛が考える余裕を奪う。
次第に戸惑うユミルの声が遠ざかっていき、最後には何も聞こえなくなった。
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