三章 消えない悪夢
最悪な明晰夢
目を開いて最初に映ったのは、無機質なコンクリートだった。
吊るされたレトロな裸電球を見てそれが天井であり、自分がベッドに横たわっていることを自覚する。なんとなしに顔を右に向けると、木製の机と本棚があった。見覚えのあるものだ。
──ここはたしか……
まだはっきりとしない頭で記憶を手繰り寄せつつ上半身を起こそうとするが、何やら途中で左腕を引っ張られてベッドに戻されてしまう。
見ると、俺のすぐ真横には
「…………え?」
思考が停止する。
体温の生暖かさと柔らかい感触が左腕から伝わってきて、俺は慌ててベッドの端まで離れた。
無理やり左腕を引き抜いた衝撃で
そうしてやっと寝ぼけ眼で俺のことを見てきて、「あ、
「戻ってきたんですね~、じゃない! どうして俺に引っついて寝てるんだ!?」
「引っつく……ああ、私、抱きまくらがないと眠れない体質なので」
「そんなこと知るか。俺が知りたいのは経緯だ、経緯」
「それでしたら
「だったら取りに戻ればいいだろ」
「とある事情からそれはできません」
「じゃあせめて俺とは別の場所で寝てくれよ」
「そこにベッドがあったので」
「名言っぽく言うな」
つまりずっと添い寝されていたわけか。客観視点で考えるとめっちゃ恥ずい。というか
「そんなことよりも、この物語の感想を聞かせてください」
枕元に置いてある本を手に取る。
その深緑の装丁を見た瞬間、忘れかけていた記憶が蘇る。ユミルの凄惨な姿が頭の中で再現され、えずきそうになって口を押さえた。
しかし、それもほんの少しのこと。
よく考えてみれば、この地下室で目覚めたうえ体にも不調がないならば、やっぱりあの出来事はすべて夢という結論に落ち着く。鳩時計が示す時刻は俺が地下室に来た時から二十分ほどしか進んでいないし。
本当にあれは最悪な明晰夢だった、と目覚めの悪さに疲労していると、そんな俺を見て
そういえば寝る前にもハッピーエンドがどうのこうの言っていたような気がする。
「えらく真剣な物言いだな。俺が今までその本の中に入ってたみたいな言い方じゃないか」
「ええ、そうですよ。ついさっきまで
言下にそう肯定され、俺は言葉を無くした。
沈黙をどう受け取ったのか、
作者不明だとか、原本しか存在しないだとか、読んだ者を眠らせて引きずり込むだとか、バッドエンドを迎えた場合は一からやり直せるだとか、聞いてもいないことをペラペラと淀みなく喋る。
正直、怖かった。こんな創作物の設定みたいなことを、こんな真面目な顔で言えることに。変なやつだとは思っていたが、空想と現実を混同してしまうほど狂ったやつだとは。
これ以上付き合っていたらこちらまで頭がおかしくなる。早いところおさらばしよう。
俺はベッドから立ち上がる。
「そうか、そんな特殊な本が世の中にはあるんだなー。じゃ、俺は用事があるからこれで」
「鍵が閉まってますよ」
そうだった。俺は今軟禁されているんだった。
鍵を開けろと目を細めて訴えると、
「その様子では、私の話をまったく信じてませんね」
「当たり前だ。そんな非科学的な事象があってたまるか」
「ですが、夢という一言で片付けられる話でもなかったでしょう?」
「何の説明もなく、こんな怪しい地下室に閉じ込められれば悪夢の一つでも見るだろ」
「本気で言ってます?」
「反対にお前が本気か? どうせ俺が引きこもりだからってからかってるだけなんだろ」
上流階級のお遊びか、何らかの心理的な実験か。いずれにせよ、騙されていることに変わりない。いくら命の恩人だからといってやって良いことと悪いことがある。
「
「は~い、待機してますよ~」
「頭カチカチの愚鈍なお客様がお帰りになりたいようです。送ってやってください」
すぐにガチャリと解錠音が聞こえて
貶し言葉はいただけないが、解放してくれるなら何でもいい。
そのまま部屋から出ようとしたところで「
「ヒロインには救い手が必要です。彼女を幸せにできるのは誰なのか、今一度お考えください」
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