第5話 月島さんは天然ポンコツガール
自宅の、しかもドアを一枚隔てた向こう側で、クラスの女の子が服を脱いでいる。その現実に気付いた瞬間、心臓がおかしな音を立てて、俺は即座にその場を離れた。
今日の俺に課されたミッションは、月島さんに安心安全快適に一夜を過ごしてもらうこと。そのためには、まだやるべきことが残っている。
肝心の寝床の用意ができていないのだ。昨夜はずっと彷徨っていたらしいので、できることならしっかり休める環境を整えてあげたい。
さて……どうしたものか。
来客用の布団があるにはあるが、ずっと押入れにしまいっぱなし。しばらく干してもいないので湿気がこもっているし、埃の匂いも怪しい。そんなものを使わせるわけにはいかないだろう。
そして、現在家を空けている両親のベッドも論外だ。たまに父さんが帰ってくると、母さんと仲良く同じベッドで寝ている。あの空間に月島さんを寝かせるのは、色んな意味で無理だ。
となると、消去法で候補は一つに絞られる──
俺のベッド。
俺みたいな野郎のベッドで申し訳ないとは思うが、他に選択肢はない。
俺はリビングから消臭殺菌スプレーを持ち出し、自室で連射。ベッドからカーテンまで、これでもかと振りまいて浄化していく。
シーツも枕カバーも定期的にきちんと洗濯しているが、万が一にも臭いなんて言われた日には立ち直れそうにないから。
「あとは……月島さんが風呂に入ってる間に洗濯機も回しとかないとな」
すでに夜も更けてきている。あまり遅い時間に洗濯機を回すのは近所迷惑になってしまう。あれはなかなかに音が響くのだ。乾燥まですることを考えるなら、今のうちにやっておきたい。
洗濯機は、風呂場へと続く脱衣所の一角に設置されている。いくらなんでもまだ上がってはいないだろうが、いきなり突入して裸の月島さんとばったりというのは避けるべきだ。
俺は慎重にドアをノックした。
「は、はいっ!」
中から、跳ねるような声が返ってくる。
「ごめん、ちょっと入ってもいいかな?」
「えっ、えぇっ?! 一緒に入るんですかっ?!」
おいおい……また突拍子もないこと言い出したぞ。そんなわけないだろう。
「違うって! 洗濯機っ、回しに来ただけだからっ!」
「あ、そうでしたか……それでしたら、どうぞ」
「んじゃ、失礼して」
許可を得てそろりと中に入ると、湯船に波紋が立つように、ちゃぷんと音が響いた。磨りガラスにぼんやりと月島さんのシルエットが浮かび、慌てて顔を背ける。
洗濯機に意識を全集中させ、必要な操作を終えた俺は逃げるようにリビングへ退避して、ぐったりとソファに身体を沈み込ませた。
あぁもう……こんなの心臓がいくつあっても足りないぞ。
でも、やり遂げた。あとは寝かしつけるだけ。ここまでの苦難に比べればベリーイージーだ。
さっきまでの押し問答で心身ともに疲弊していたが、ようやく落ち着いてきたかと思った矢先だった。
「あああっ!!」
風呂場から、甲高い叫び声。俺は思わず、ソファから跳ね上がった。
「な、なにっ?! どうしたの?!」
大急ぎで脱衣所のドアまで駆け寄り、声をかける。
「そ、そそ、そのっ……! 下着まで洗濯機に入れちゃってましたぁっ!」
「…………はぁ?」
時が一瞬、止まったような気がした。
よりにもよって、そんなミスやらかす……?!
「どどど、どうしたらいいんでしょう……?」
「いや、知らんがなっ! 俺にどうしろっていうんだよ!」
まさかの相談に頭を抱える。洗濯機は絶賛稼働中で、乾燥どころかまだ洗いの段階だ。母さんのを貸し与えるわけにもいかないし、どう考えても詰んでる。
しかし、月島さんはなにやら策を思い付いたらしい。
「……こうなっては致し方ありませんね。すいません、相葉くん……そのまま直に着させてもらいますっ」
「えっ……ちょ、ちょっと待っ──」
制止する間もなく、ごそごそしゅるしゅると物音が聞こえてくる。そして数秒の後、バーンっとドアが開いた。
「お騒がせしました……お風呂、ありがとうございます」
そこに現れたのは、俺のTシャツとハーフパンツを身に纏った月島さんだった。
もちろん、その下は履いてないし着けてない──なんて想像したらアウトだ。想像なんてしなくても、すでに十分アウトぎりぎりなのだから。
ダボダボのTシャツは片方の肩がずり落ち、鎖骨と深い谷間があらわになっている。俺は反射的に、弾かれたように視線を逸らした。
「ちょいっ! せめてもう少し隠すとかさぁっ!」
「仕方ないじゃないですかっ……! でも、ほら……ちゃんと隠れてますし?」
「隠れてればいいってもんじゃないだろーっ!」
服越しに色々浮き上がってんだよっ!
なのに堂々としすぎだろっ!
「見えてなければ問題ないじゃないですか。おかしな相葉くんですね」
不思議そうな顔で、月島さんがふわりと微笑む。その笑みが凶悪で、俺は両手で顔を覆った。
なるほど、そうか。
おかしいのは俺だったのか。
──なんてなるわけないだろうがっ!
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
落ち着け、俺。
耐えろ、俺。
ここで理性を飛ばしたら一巻の終わりだ。
「俺も風呂入るっ!」
俺は月島さんを押し退けるように脱衣所へと逃げ込み、ドアの前で膝を抱え込んだ。
月島さんが目覚めてからというもの、ペースを乱されっぱなしだ。あまりにも、学校での姿とかけ離れすぎていて。
普段の月島さんは、もっとこう……楚々としているはずなのに、それが今日はどうだ。
行き倒れから始まり、豪快に腹を鳴らして、わんわんにゃんにゃんして、しまいにはあんなうっかりをやらかす。
月島さんって実は、意外と天然でポンコツなんじゃないか……?
つまり、これまで俺や他の男子達が見てきたのは幻想で、猫を被っていたわけだ。俺の中の、月島さんのイメージが音を立てて崩れていく。
『そんなことにゃいですにゃんっ! 失礼ですにゃっ!』
突如、脳内に月島さん(猫耳ver)が現れた。そして、頬をぷくぷくに膨らませて抗議してくる。それがまたドハマリしているからたちが悪い。
可愛い!
けど、そうじゃない!
「だぁっ! 自爆してどうする……はぁ、ちょっとのんびり入ろ……」
荒れ狂う心臓をなだめすかして、俺は湯船に沈んでいった。小さい子供みたいに、口でブクブクと泡を立てたりなんかして。一人の時間に、ようやく少しずつ身体の緊張が解けていく。
「あ、やべ……普通に入っちゃってたけど、月島さんの残り湯じゃん、これ……」
そこに気が付いたのは、随分と時間が経ってからだった。
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