第16話 事故///

黒岩さんが伝説のハンモックの最初の生贄、いや、体験者となった翌日の昼下がり。

学校が終わった時間を見計らったかのように、桜庭結菜ちゃんと池田凪咲ちゃんが元気にやってきた。


「凪咲ちゃん、今日は何をしようか? スライムと遊ぶ? それとも、川に行く?」

「ふふ、どっちも楽しみだね、結菜ちゃん」


二人は仲良く手を繋ぎながら楽しそうに話している。


ダンジョンに入った二人は、いつものようにスライムたちと軽く戯れた後、草原を散策し始めた。

そして、結菜ちゃんが木陰に設置されたハンモックの存在にいち早く気づいた。


「ん? あれ、なんだろ? 前まであんなのなかったよね?」


結菜ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「本当だ…。ハンモック…かな?」


凪咲ちゃんが答える。


「うわー! ハンモックだー! すごーい! ねぇ、乗ってみようよ、凪咲ちゃん!」


結菜ちゃんの目は、新しいおもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝いていた。

彼女は凪咲ちゃんの手をぐいっと引っ張り、ハンモックへと駆け寄っていった。


「わー、気持ちよさそう! 私が先に試してみるね!」


結菜ちゃんは運動神経がいいのか、ひょいと軽やかにハンモックへと乗り込んだ。

ゆらゆらと揺れる感触に、「きゃはは! 楽しいー!」と、無邪気な笑い声を上げる。


「凪咲ちゃんも早く早く! 一緒に乗ろうよ!」


ハンモックの上から、結菜ちゃんが凪咲ちゃんに向かって手招きをする。


「え、で、でも、二人も乗れるのかな…? 重くない?」


凪咲ちゃんが心配そうに尋ねる。

彼女のその慎重さは、いつも突っ走りがちな結菜ちゃんの良いブレーキ役になっているのだろう。


「大丈夫だって! このハンモック、なんかすごく頑丈そうだし!」


結菜ちゃんが根拠のない自信と共に断言する。

まあ、実際、説明文によれば耐久性は無限大なので、その自信は間違ってはいないのだが。


「ほら、凪咲ちゃん、手、貸してあげるから!」


結菜ちゃんがハンモックから手を伸ばす。

凪咲ちゃんは、少し戸惑いながらもその手を取った。

そして、意を決したようにハンモックへと足を向かわせる。


凪咲ちゃんが、おそるおそるハンモックに体重をかけた、その瞬間だった。


「わっ…!」


二人の体重がかかったことで、ハンモックのバランスが大きくぐらりと崩れたのだ。


「きゃっ!」

「うわあああっ!」


結菜ちゃんと凪咲ちゃんは、短い悲鳴と共になすすべもなくハンモックからずり落ちてしまった。

幸い、真下は柔らかな芝生だ。

二人は、もつれ合うようにして、ごろんと地面に転がった。


そして、静寂が訪れる。


二人が倒れた体勢は非常にまずいものだった。

下になった凪咲ちゃんの上に、結菜ちゃんが覆いかぶさるような形になっている。

そして、二人の顔と顔の距離は数センチ。

吐息がかかるほどの超至近距離。

あと少しでも動けば、唇が触れ合ってしまいそうな、そんな距離だった。


「……」

「……」


二人とも、何が起こったのか理解できないというように、目をぱちくりとさせて固まっている。

やがて、状況を理解した二人の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていった。


「な、な、な、な…!」


モニターの前で俺は完全にフリーズしていた。

なんだこの少女漫画の王道みたいな展開は。

これはもう、事故キス待ったなしの状況ではないのか。


俺の心臓はこれまでにないほど激しく鼓動していた。

見てはいけない、しかし、見届けなければならない。

そんな謎の使命感に駆られる。


「ご、ごごご、ごめん! 凪咲ちゃん! 重かったよね!?」


先に我に返った結菜ちゃんが、慌てて凪咲ちゃんの上から飛びのいた。


「う、ううん、大丈夫…! 私の方こそ、乗り方が悪くて…ごめんね…」


凪咲ちゃんも顔を伏せたまま、か細い声で答える。


その後、二人の間にはなんとも言えない気まずい沈黙が流れた。

先ほどの小川での一件といい、今日のハンモックの一件といい、神様は彼女たちをどうしたいのだろうか。

俺は、ただただ天を仰ぐ。


しかし、数分後。

二人は、どちらからともなく顔を見合わせると、ぷっと吹き出した。

そして、やがて大きな笑い声に変わった。


「あはははは! なんか、私たちドジだね!」

「ふふ、本当。でも、楽しかったかも」


気まずい空気を笑い飛ばした二人は、今度は慎重に、ゆっくりと二人で一つのハンモックに乗り込み、仲良く空を眺め始めた。


「仲良いなあ、君たち…」


その眩しい光景に、俺は少しだけ胸がチクリと痛むのを感じながらも温かい気持ちで二人を見守るのだった。

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