有能な怠惰の魔女はのんびりと暮らしたい

うさうさ

プロローグ 

第0話 ただの通りかかりの魔女

 血生臭い匂い。人の死体が残酷な様子にあちこちに散らばっていた。この残酷な戦場の真ん中、鎧の少女が膝をついていた。少女はぜぇぜぇと荒い息を吐きながら拳を強く握った。


「わたくしたちの力だけは力不足だった」


 少女は悔しそうに地面を叩いた。手の皮膚が破れて血が出たが彼は全然気にしなかった。彼は顔を上げた。空にはドラゴン。地上には数千に及ぶ魔物の軍勢。そもそも彼らに勝ち目はなかったかもしれない。


「わたくしのせいで。わたくしがまだ未熟だから、兵士たちが」


 自分の愚かさに吐き気がした。自分を信じてついてきた兵士たちの冷たい死体の腐った匂いがまるで「お前のせいだ」と自分を責めるようだった。果てない罪悪感が少女を押しつぶした。


「こんな時、俺じゃなくお父様がいたら」


 去年領地を守って亡くなった父上の顔が目に浮かんだ。


 お父様だったらこんなことにならなかっただろう。きっと敵を倒し尽くし勝利の鐘を鳴らすはずだ。なのにわたくしは・・・。


 自分の無力さに少女は足と手が震えた。


「いや、しっかりしろ。余計なこと考えるな。今ここで俺が倒れたら領地の人たちはっ」


 少女は手の震えを抑え自分の頬を叩いだ。


 少女には守るべきものがあった。父上から託された領地と領民の命が彼女の肩にかかっていた。先に死んだ兵士たちのためにも、ここで挫折しているわけにはいかなかった。


 少女は剣に縋ってよろめきながら立ち上がった。


「今ここで落ち込んでいる場合じゃないッ。フォトロス家の当主として立ち向かわないと!」


 少女の決意が戦場に響いた。少女は剣を強く握り直した。息を整えて前方に目を向けた。数千に及ぶ魔物の軍勢が目に入った。少女は深く息をして魔物の軍勢に突っ込んだ。やがて魔物の軍勢に剣が当たるほど距離が十分近くなった。


「うおおおおおおぉっ!死ねえぇ!」


 少女は喊声を上げながら先頭に立った魔物に剣を振り下ろした。少女の決意を込めた剣は勢いよく空気を切り、やがて魔物の頭頂部に当たった。少女は剣にもっと力を入れて魔物の肉体を真っ二つに斬るつもりだった、が。


「そ、そんな」


 魔物の頭頂部に振り下ろされた剣は、魔物の皮膚を斬れずに弾き飛ばされた。

 少女の顔に戸惑いが宿った。しかし少女が今の出来事を理解する隙も与えず、少女に魔物の攻撃が飛んできた。少女は避けられずに腹部を叩かれた。たった一撃で鎧は壊れ、意識が飛んでしまうような激痛が腹から襲ってきた。少女は腹を抱えてうずくまった。

 そもそも何の力も持ってない軟弱な人間が魔物に勝てるわけなかった。加えて普段から武の道とは関係ない人生を送ってきた可憐な少女ならば尚更。


「し、しかしこんなところで倒れるわけ、には」


 それでも少女は諦めなかった。少女は震える右手を伸ばして近くに落ちていた自分の剣を強く握った。少女はよろよろ立ち上がった。


「わたくしペチュニア・フォトロス」


 ペチュニアは小声で呟いた。


「フォトロス家の当主であり、この領地の領主であるわたくしはーー」


 ペチュニアは手をブルブル震えながらも決して剣を離さなかった。ペチュニアは顔を上げて魔物を睨みつけた。その目はもうわたくしを覚悟した眼差しだった。


「ーー今日ここでわたくしが死んでおも、お前らを倒して領地を守るぅ!」


 ペチュニアは覚悟を刻め剣を力強く振り回した。剣は勢いよく魔物の脇腹に当たった瞬間、綺麗に真っ二つに折れた。魔物を斬れず半分しか戻ってこなかった自分の剣を見てペチュニアの瞳が激しく揺れた。


 これじゃまともな攻撃がぁ・・・。


 ペチュニアは他の武器を探すために戦場を見渡した。しかし敵がそんな慈悲を施すわけはなかった。武器を探すペチュニアの視界の中に、彼女の頭より大きい拳が恐ろしいスピードで飛んできた。


 これは死ぬっ。


 ペチュニアにはあの攻撃を防ぐ盾も、剣もなかった。ペチュニアは近づいてくる死に、何の抵抗もできずにただぎゅっと目を閉じた。


 わたくしはまだ死ぬわけには


 その瞬間ものすごい轟音が戦場に響き渡った。耳を破るような音にペチュニアは恐る恐る目を開けた。ペチュニアは目の間の光景に目を開いた。ペチュニアを囲んでいた魔物たちが一握りの灰になって消えていた。


「これは、一体誰が」

「ああもー面倒くせえ。これじゃキリがないじゃん。さっさと終わらせて帰りた・・・あら、こんなとこにまだ人がいるんだ」


 戸惑ったペチュニアの背後から女の子の声が聞こえてきた。声のした方に振り向くと、そこにはローブを黒いローブを被った人が一人立っていた。


「あなたはどなた様ぁ」

「生存者は全部ワープさせるって言ったのに。ミアのヤツ一体どこで何を・・・おっと、危ない」


 突然ローブの人の背後から小さな魔法式が一つ現れ強烈な光を放った。

 光は凄まじいスピードで飛び出し、ペチュニアを襲おうとした魔物の体を貫いた。その一撃に魔物は命を取られ力なくペチュニアのすぐ隣に倒れた。


「キャーーーッ」


 ペチュニアは女の子らしい悲鳴を上げながら慌てて魔物の死体から離れた。戦場で多くの死体を見てずいぶん慣れてきたと思ったが、それは完全な思い違いだったみたい。今までかろうじて抑えていた吐き気が爆発しそうだった。ペチュニアは必死に吐き気を堪えた。


「あなた戦場に慣れてない顔だね」


 いつの間にかローブの人はペチュニアの横に立って彼女を見下ろしていた。


「なのにどうしてこんなとこにいるんだ。鎧まで着て」

「そ、それが」

「もしかして無理矢理連れてこられた? もしそういうのなら私がそいつを」

「ち、違いますっ。わたくし自分の意思で来たのです」

「あんたの意思で? どうして」

「わ、わたくしには守らなければならないものがありますから」

「ん? 守る? 何を」

「この領地の領主として、フォトロス家の当主として、わたくしは領民をこの領地を守らなければならないんです!」


 ペチュニアは自分の使命を堂々と語った。それを聞いたローブの人は何か考え込むように顎に手を当てて独り言を呟き始めた。何にそんなに集中しているのか、背後に魔物が襲いかかってくることすら気づかなかった。


「そっか、あんたがここの領主なんだ」

「危ないですっ」


 ペチュニアは大声で叫んだ。しかしあの人は微動だにしなかった。


 私がなんとかしないと。


 命を救ってくれた人を見殺しにするわけにはいかなかった。


「よしっ、決めた」


 ローブの人はパンッと拍手を叩いた。すると魔物の足元に大きな魔法式が現れ、激しくて鋭い風に吹き上がって魔物の肉体を跡影もなく細かく刻んでしまった。


 あれは魔法?! しかし詠唱を唱えてなかった。


 さっきも自分を助けてくれた時もそうだった。この人は魔法を発動するのに詠唱を唱えなかった。無詠唱で魔法を使えるなんて、そんなことが出来る者はペチュニアの知る限り二人しかいない。七賢人の貪欲の魔女と怠惰の魔女のみだ。


 この人は一体・・・。


 ペチュニアはさらに目の前の人の正体が気になってきた。その瞬間、魔法で吹き荒れた風に、ローブの人の顔を覆っていたフードが脱がされ裏に隠されていた顔が露になった。ローブの人の正体はペチュニア自分と同い年に見える美しい少女だった。

 戦場には似合わない綺麗な顔立ち。雪のように真っ白な肌。大きくて綺麗な碧眼。腰まで届く銀髪ロングヘアは風に靡いていた。


「あんたのその決意、気に入った。ちょぉっと面倒くさいけど、ここは私が守ってあげる」


 少女は両手を合わせて明るい笑顔を浮かべた。ペチュニアは少女のその美しさに、ここが戦場ってことさえ忘れて目を離せなかった。


「あ、あなたはどなた様、ですかぁ」

「私はミリネ。ただの通りかかりの魔女だよ」


 ミリネと名乗った少女は自分のことを「魔女」だと紹介した。そして左側に顔を向けた。


「ちょうどいいタイミングにきたね」


 ミリネの呟きに、ペチュニアもそっちに顔を向けた。そこには遠くから小柄の少女が彼女らの方へぴょんぴょん走ってきていた。ミリネと同じローブを被った小柄の少女は彼女らの横に立った。


「お師匠。生存者の転移終わった」

「そう? じゃこの人もお願い」


 ミリネはペチュニアを指さした。小柄の少女は無言で頷きペチュニアに手を伸びた。


「ちょっとお待ちください。わたくしも一緒に戦いますっ。他の兵士たちが死を覚悟して戦っております。ですから領主であるわたくしも最後まで」

「うえぇ、いらない。むしろ邪魔」


 ミリネはすごく嫌な顔をした。


「あと、ここにあんたの兵士はない。うちの優秀な助手が転移させたから」


 ミリネの言葉に、小柄の少女は偉そうに胸を張った。


「だからあんたも安全なところで待ちなさい。ここにいても邪魔だ」

「でもわたくしは」

「ミア転移させて」


 ミアと呼ばれた小柄の少女は静かに頷いた瞬間、ペチュニアの下に微かに輝く魔法式が現れた。それと同時に小さく詠唱を唱える声が聞こえた。ミリネは微笑んで手を振った。


「あっちで待っててね。すぐ終わるから」

「ちょっとお待ちっ」


 強烈な光がペチュニアを包んだ。やがて光と共にペチュニアの姿が跡影もなく消えていた。


「よぉし、これでやっと邪魔になるものも全部消えたね」


 戦場の真ん中でミリネはのんびり伸びをした。ミリネは手を前に伸ばした。するとミリネの背ほどの大きな杖が空中から現れた。ミリネはそれを手にした。後ろでじっと見ていたミアは尋ねた。


「本気で行くつもりですか」

「うん。やるって決めたから真面目にやらなきゃ」

「じゃあ私も安全な場所で待ってます」

「え、手伝ってくれないの?」

「お師匠一人で十分でしょう。それじゃ」


 ミアの足元に魔法陣が現れた。静かに詠唱を唱えると、魔法陣は光を放ちミアは消えていた。


「本当に行っちゃった。ひどい」


 ミリネは呆れた顔でミアがいたところをぼーっと見つめた。その隙間を狙って先頭の魔物たちがミリネを襲いかかってきた。ミリネは振り向きもせず、手の杖を軽く地面に打ち下ろした。するとミリネの足元に大きな魔法陣が現れ、鋭い風が彼女を襲いかかっていた魔物たちの首を斬った。


「まあ最初から一人でやるつもりだったから」


 血を吹き出し力なく地面に倒れる魔物たちの間からミリネはおもむろに振り返った。ミリネは杖を軽く血面に打ち下ろした。すると数え切れないほどの多くの魔法陣が空を埋め尽くした。


「面倒くさいからさっさと片付ける」


 ミリネは真剣な表情で魔物の軍勢に向かって手を伸ばした。すると、空の魔法陣から一斉に光が放たれ魔物の軍勢を滅ぼした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 笑顔で手を振るミリネの姿を最後に、強烈な光に包まれたペチュニアはとある場所に転移された。


「こ、ここは」


 そこはペチュニアが命懸けで守ろうとしたフォトロス家の領地の城壁の上だった。周囲をキョロキョと見渡して状況を把握していた中、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ペチュニア様ぁ!」

「ペチュニアァ!」

「お母様、兵士長ッ」


 声のした方にはペチュニアの母と兵士長が彼女に走ってきていた。


「無事ですか。怪我は? 怪我はありませんよね」


 母はペチュニアの傍らに駆け寄り、彼女の様子を窺った。


「わたくしは平気です。それより兵士長、あなたはなぜここにいるんですか」

「申し訳ありません! 勝手に戦場を離れてしまいました。」


 兵士長は頭を下げた。


「頭を上げて。別に責めてるわけではありませんから。あなたも魔女様に転移されたんですか」

「それをどうやって。まさかペチュニア様も魔女に」

「その・・・魔女って、誰のことですか」

「あ、お母様それが・・・」


 どう説明すればいいか、考えていた途中、突然城壁の上に強力な光の柱が現れた。


「な、なんですか。この光は?! まさか敵の。警備兵、武器を」

「お待ちくださいッ! お母様」


 ペチュニアは叫び声に警備兵はもちろん、母も身をすくめった。

 やがて光の中から人の輪郭が見えてきた。


「えっ、服汚れちゃった」

「あなたは」


 その輪郭はミアと呼ばれた魔女の助手だった。彼女はローブについた埃を払いながらフードを脱いだ。黒髪ロングストレートに白い肌。幼い顔の可愛い少女だったが、あまり表情の変化はなさそうだった。


「あなたは確かにミア・・・さんですよね?」

「ん? あんた誰?」


 ミアは首を傾げた。ペチュニアのことが全然覚えてない様子だった。


「あああぁあ、この人ですッ。この人が兵士たちをここに転移させたんです」


 兵士長がミアを指さして大声を上げた。そのうるさい声にミアは兵士長と目が合った。


「あ! 戦場でうるさかった人」


 ミアも彼を指さした。仲良く(?)指さし合うミアと兵士長の間、ペチュニアが立ち上がった。


「そんなことよりあなたたちはどなた様ですか」

「え、言ってなかった? 私はミアだよ。そしてお師匠は」

「ああ、あれはなんだぁ!」


 ミアが口を開いた瞬間、突然警備兵の一人が叫んで注意を引いた。城壁にいた人はもちろん、ペチュニアも声のした方に目を向けた。そして目の前の光景を見て彼女は目を見開いた。


「こ、これはい、一体・・・」


 空を埋め尽くす数え切れない魔法陣。その威厳はドラゴンすら普通の鳥みたいに見せかけた。

 目を疑うような光景に、ペチュニアは欄干に身を乗り出して空を見上げた。空を埋め尽くす魔術師は美しいと思うくらいだった。しかしその美しさの裏に隠された破壊力は上級魔法に至るものだった。


「一体誰が・・・」

「お師匠だよ」


 いつの間にかミアは傍らに来ていた。


「お師匠様といえば、さっきの魔女様のことですか」

「そう」


 ミアは軽く頷いた。その瞬間、魔法陣から強烈な光が放たれた。強烈な光にドラゴンや魔物を問わず、当たったものはすべてを跡影もなく滅ぼした。

 あまりにも一方的な戦況に、ペチュニアを含めそこにいたみんな開いた口を塞がらなかった。みんなが驚く中、一人で平然と戦場を眺めていたミアが口を開いた。


「お師匠の名前はミリネ・レイスン。七賢人の一人『怠惰の魔女』」


 「七限人」という言葉にペチュニアはミアの方に咄嗟に顔を向けた。


「しし、七賢人様ですってぇ!?」


 驚きのあまりに、目を丸くして大声を上げた。その反面、ミアは平然とした表情で頷いた。


「な、なな、なぜ七賢人様がううちの領地に」


 ペチュニアは唖然として言葉がまともに出てこなかった。ミアはそんな彼女を気にもせずひたすら戦場を眺めるだけだった。

 すごく信じがたい話だった。しかし、戦場で見せてくれた無詠唱魔法と今目の前の光景は、七賢人以外の言葉では説明できなかった。


 しばらくして魔法陣から放たれた光は次第に弱まり、空を埋め尽くした魔法陣が一つ一つ消えていった。

 ペチュニアは身を乗り出して戦場を見下ろした。魔物の死体、空から落ちた死にかけのドラゴン。そこはもう戦場と呼ぶ必要がなかった。ペチュニアが命懸けで戦った戦闘が一人の登場によって一瞬で終わったのだ。信じがたい出来事にぼーっと眺めていたペチュニアは背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「うー、終わったわ」


 振り返るとそこには戦場で自分を助けてくれた魔女ミリネが伸びをしていた。


 いつの間にここに。


 何の気配もなく現れた。光も音も何もなかった。

 ペチュニアは呆気に取られてミリネをじっと見つめた。


「ミア帰ろ。早く帰ってゴロゴロしたい」

「はい」


 ミアはミリネの横に立ち、彼女らは並んで歩いていった。こうしてゆっくり遠ざかっていく彼女らをペチュニアは大声で呼び止めた。


「あ、あの七賢人様!」

「え、わ、私? 私そんなに偉い人じゃ」

「全部お聞きました。ミリネ様は怠惰の魔女様ということを」

「・・・・・・あんたが言った?」


 ミリネの追及に、ミアはそっと顔を逸らした。


「あれは秘密だから言わないでってあんだけ言ったじゃん。人々に顔知られたら面倒くさいって」

「・・・・・・」


 ミアの沈黙にミリネはため息を吐きながらペチュニアに顔を向けた。


「そう、私が七賢人の一人ミリネ・レイスン「怠惰の魔女」だわ」

「「「しっ、七賢人ッッ!?」」」


 「七賢人」その言葉に、城壁の上は一瞬に凍りついた。驚きのあまり静まり返った空気の中、真っ先に動いたのはペチュニアの母だった。母は前に出て片膝をついた。


「し、七賢人様、領民を救っていただき、誠に感謝を申し上げます」

「誠に感謝申し上げますッ!」


 母を先頭に、兵士たちは一斉にミリネの前で片膝をついた。しかし感謝される側のミリネはむしろ今のこの状況が面倒くさそうに頭を振った。


「こうなるから言いたくないんだよ」


 ミリネはミアをギロリと睨んだ。ミアはそっと視線を避けた。ミリネは片手で頭を抱えてため息を吐いた。


「はあーあんたたちの気持ちはよくわかったから、もうやめて」

「・・・・・・」

「おい、やめろって」


 ミリネのイライラした一言に、母をはじめ兵士たちはすぐに立ち上がった。その次にミリネはペチュニアに目を向けた。


「あと、ここの領主さん?」

「は、はい?」

「ここでの話、他のところで話さないで。もちろんここにいる皆様も。もし話したら・・・言わなくてもわかるよね?」

「は、はいっ!」


 殺気のこもった警告に、ペチュニアは咄嗟に答えた。


「よし。では私たちはもう行く。後片付けは頼むね」

「そ、その前に一つお聞きしたいことがございます」

「ふむ、まあいいよ。一つだけなら」

「はい。ありがとうございます。では早速ですがどうしてわたくしたちを助けてくださったんですか」

「どういうこと?」


 ミリネは首を傾げた。


「わたくし七賢人様についてはあまり詳しいわけではありませんが、それでも少しだけ聞いたことがあります。七賢人は自己中心的で国王陛下のご命令以外は従わないんだと。それなのに、怠惰の魔女様はどうしてわたくしたちを助けてくださったんですか」


 ペチュニアの問いかけに、ミリネはふむっと息を漏らしてじっと彼女を見つめた。その息苦しい沈黙がペチュニアを緊張させた。


 やっぱり聞かない方が良かったかな。


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、ミリネは口を開いた。


「私言ってなかったっけ。あんたのその決意が気に入ったって」

「決意、ですか」

「あんたは領民のために前線に立って戦ったでしょ。その姿が気に入ったから」

「でもそれは領主であれば当然やるべきことでは」

「この世にはその当然なことができない怠惰な奴らが多いよ」


 ミリネの言葉に、ペチュニアはきょとんとした顔をした。


「だから・・・うああぁ、いちいち説明するの面倒くせぇ」

「ま、魔女様? 大丈夫ですか」

「とにかく、これ以上は面倒くさいから領地はあんたのおかげで救われたと思ってね。はぁい、これで質疑応答の時間は終わり」


 ミリネは拍手を合図として勝手に終わりを告げた。


「私たちはもう行くね」


 そして背を向けゆっくり遠ざかっていった。ペチュニアは彼女らの背中に向かって大声を上げた。


「あ、あの本当にありがとうございますッ!」


 ペチュニアは頭を下げた。ミリネたちが振り向くことはなかった。そもそもペチュニアの感謝が届いたかどうかすらわからなかった。それでもペチュニアは彼女らの姿が完全に見えなくなるまで頭を上げなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「私に感謝するなってあんだけ言ったのに」


 城から少し離れた場所。ミリネはぶつぶつと言った。


「次からは絶対誰にも言うな、ミア」

「はい」


 ミアは静かに頷いた。確実な返事をもらったが、なぜかモヤモヤした。ミリネはなお疑わしげにミアを見つめた。ミアはそんなミリネを無表情で見つめ返した。純粋なミアの瞳に、ミリネは諦めたようにため息をついた。


「はあ、まあいいっか。それより今日の夕飯は何。久しぶりに体を動かしたらすごくお腹空いた」

「パンと野菜スープです」

「えぇ肉食べたい。肉にしようよ」

「では一緒にお買い物を行きましょう」

「えぇえ、面倒くさいぃ。私は家で待つから」

「ダメです。一緒じゃないと私も行きません」


 ミアの断固とした態度に、ミリネは両手を上げた。


「わかった、わかった。一緒に行く」


 こうして魔物の襲撃を防ぎ切った怠惰の魔女とその弟子は悠々とフォトロス家の領地を立ち去った。

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