第13話 悪いことは、絶対にバレる 青春の1ページ

その表情は、満面の笑みに近い……いや、悪党に近い笑みを見せている戸谷。


「た……タバコ?」

「おう」


俺は動揺した。と言うか……。


「マジか!」

「マジだ! 12本入っている」


姿勢を戻した戸谷は、辺りを気にしながら、再び、悪党の微笑みを向けてくる。


「吸ったん?」

俺の言葉にニマッとした戸谷は、目をきらきらさせて答えた。


「いや、火がない(笑)」

……だろうな「……そうか。ってか、買ったん?」

「いや、拾った。まあ〜詳しく言えば、エロ本探してゴミ箱漁ってたら、出てきた。一応ライターも探していたけど……」


戸谷の表情を見ながら、その“ブツ”について、考えた。

ただ、考えた……だけだ、……が。


そう、それは、ただの好奇心だ。

……ただの、好奇心……なんだ。

……ただの……な。


……そう。

タバコは大人が吸う物であって、子供が吸う物ではない。

だが、俺にとっての身近な大人と言えば――兄貴と親父だ。


居間で2人が吸っている姿が、なんとなく“大人と子供”を隔てている。

それはタバコだけではない。


酒を酌み交わして……ってか、兄貴……18歳じゃなかったっけ?

まあ、いいか。とりあえず、これを……。


……ってか、兄貴はいつからタバコ吸ってたんだ? 酒はいつから?


……んん〜〜……あっ、そうだ! あれだ! 思い出した!



「あるぞ、火!」

「は? どこに?」

俺の言葉に食いついてきた戸谷。


「着いてこいよ!」

俺は立ち上がり、駆け出し、遅れて戸谷がついて来た。


教室を後にすると、廊下を駆け抜け、階段を降りて1階に着く。

1階の階段脇に、そこがあり、その前に着くと顔を見合わせた。


「お……おめぇ〜賢いじゃん!」

「まぁな!」

戸谷の絶賛に親指を立ててから、その教室に入った。


そこは――理科室。


「時間ねぇ〜ぞ!」


戸谷の言葉に弾かれたように、実験器具が収まっている棚に進み、いろいろと漁った。


……確か……。

前の方にある大きな鉄でできた棚。上がガラス張りで、中には化学で使われる――フラスコ? フランチェスコ? ……まぁ、化学は得意じゃないから、名前なんてわからないけど、とにかく実験で使われるものが整理されて並べてある。


棚の下は、1列に5個の引き出しが2列で設置されていて、泥棒感覚でゴソゴソと漁り出した。


しっかりやっていれば、どこに何をしまっているのか覚えていたのに……クソっ。


そう思いながら探していると――。


おっと、これまたちゃんと並んであります。

……マッチ箱です。


多分、今の子たちは「は?」って思うだろうが、実際の小中学校の理科実験では、着火式ライターではなく、マッチを推奨している所がある。


……なんで、マッチ箱を見つけた俺は、教室に8個並んでいる大きな机のひとつを漁っている戸谷へと声をかけ、教室の隅で身を屈めた。


戸谷はポケットからタバコを出し、俺に1本渡し、自分も咥えた。

マッチを擦った音と共に、イオウが燃焼した時に発生する亜硫酸ガスによる「ツン」とした刺激臭が漂った。


タバコに火をつけて吸い込むと――。

「ゲホ、ゲホゲホ……!」と咳き込む2人。


喉が急に乾燥したかのような刺激が、肺に入る手前の器官を焼くように襲う。

そして、その刺激物を拒否するかのように体が反応した。


止まることのない咳き込みは、薄らと涙を誘ってきた。


……なんか、どっかで見たような気がするが……。

タバコってリアルで咳き込む……ってか、こんなに辛いのか? ……なんて思っていると。


体を寄せてきた戸谷は、再びタバコを咥えて吸い込み、咳き込んだ。

……のを見て、なぜか負けずと俺も吸い込んだが、再び咳き込む。


喉の奥が水分を失ったようにカラカラとなる感覚と、声が掠れる感じ。


「うわぁ〜。負けねぇ〜!」

そんな俺を見てか、戸谷が声を出して、再び咥えて吸い込み、咳き込み、歯を食いしばった。


……クソっ。俺も負けじと……。

何度も咳き込み、涙を流し、再び吸い込み、咳き込む。


時間的には数分だったが――煙と匂いの漂う“大人”の空間の中で、なんとなく気づいてしまい、

それを見ていると、戸谷が声を出した。


「……なぁ、これどうする?」


枯れた声で、下を見ている戸谷の視線の先を見ると、タバコの灰が散らばり、

手にしていたタバコを――なぜそうしたかわからないが――床に擦り付けて消した戸谷。


……そうだ。これ、どう処分したらいいんだ……?


指先で、じわじわと赤くゆっくり燃え、うっすらと煙を上げているタバコを見ていると……。


「……まっ、いっか」

戸谷が立ち上がり言葉にして、大きく息を吸った。


……いいのか?

そんなことを考えながら、俺も床に擦り付けて、タバコの火を消し、立ち上がると、足で証拠隠滅。


「うわぁ〜、タバコくせぇ〜」

――と言いながら、戸谷は灰を足で散らばし、

俺は、消えたタバコの吸い殻を握りしめて、ポケットに入れた。


「大っきいゴミ箱に捨てようぜ」


戸谷はそう言いながら、その場を離れ、

吸い殻を握っていた手とは、反対の手に持っていたマッチをポケットにしまう。


……なんか、“大人”の階段を……登ったぁ? 的だな。なんて……ことを考えていたら――。


「帰りも吸おうぜ!」


と、思わず言葉にした俺に、満面の笑みを見せて、屈託のない表情で返してきた戸谷。


「おうよ!」

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