第4話 感じる違和感
夜。
布団に横になっているのに、眠りは浅くて、何度も目が覚める。
暗い天井を見つめながら、今日のことを思い返してしまう。
――距離を取ろう。
そう決めて数日が経った。
最初は、冷たくされる痛みから逃げるための自己防衛だった。
けれど今は、その「距離を置いている自分」すら正しいのかどうか、わからなくなってきている。
沙夜の表情が頭から離れない。
昼休み、弁当を広げるときに何か言いかけて、けれど口を閉じた仕草。
放課後、歩幅を合わせてくるように感じた足音。
ひとつひとつがやけに鮮明に焼き付いていて、まぶたを閉じても消えてくれなかった。
「……気のせいだ」
小さくつぶやいても、胸の奥の違和感は晴れない。
眠れぬまま朝を迎えた。
制服に袖を通し、ネクタイをゆるく結ぶ。
鏡に映る自分の顔は、どこか疲れていた。
外に出ると、空は曇り。
ひんやりした風が頬をかすめる。
通学路を歩いていると――角を曲がったところで、沙夜と鉢合わせた。
「……」
一瞬だけ目が合う。
沙夜はすぐに視線を逸らし、表情を無に戻す。
俺も小さく頷くだけで、それ以上は言葉を交わさなかった。
ただ、後ろから聞こえる足音は、ずっとついてくる。
歩幅を速めても、やっぱり消えない。
妙に耳が敏感になって、そのリズムが気になって仕方がなかった。
――十五分の道が、やけに長い。
教室に入っても、違和感は続いた。
沙夜はいつも通り席に座り、ノートを開いている。
黒髪が光を吸い込み、艶やかに肩へと流れていた。
けれど今日は、何かが違う。
ノートを取る手が、時々止まる。
窓の外を眺める時間が長い。
俺が視線を移すと、ばったりと目が合う。
……その回数が、増えていた。
心臓が小さく跳ねる。
気づかないふりをして前を向くが、胸の奥でざわつきが広がる。
昼休み。
弁当を開けていると、横から声がした。
「……ねえ、悠斗」
不意に名前を呼ばれて、箸を持つ手が止まる。
顔を上げると、沙夜がこちらを見ていた。
その目は、どこか探るようで、戸惑いも含んでいた。
「ん……なに?」
わざと素っ気なく返す。
声の調子を落とし、なるべく感情を消して。
沙夜は一瞬言葉を飲み込み、視線を逸らした。
「……ううん。なんでもない」
そう言って、また黙り込む。
胸がずきりと痛んだ。
けれど、あえて追及はしない。
そうしないと、今までの決意が揺らぎそうだから。
放課後。
人の波にまぎれて帰る道。
ふと足音が近づいてくる。
ちらりと横を見ると、沙夜がいた。
言葉を交わさず、ただ黙って隣を歩いている。
俺はわざと歩幅を広げた。
数歩、距離を開ける。
それでもしばらくすると、またその距離が縮まる。
――まるで、無意識に合わせてきているみたいだ。
心臓が重くなる。
このままじゃ、逃げ切れない。
そんな予感が、妙に確信めいて胸を締め付ける。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
面白いと感じたのであれば、いいね、コメントフォローしてくれると執筆の励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます