万事屋、世界を駆ける

@onigiri_nohito

第一章「魔王編」

第一話:逃げた猫と冷めた朝飯


午前4時。


スティーブ・ハックウェルは目覚まし時計の針が示す時間を一瞥し、深いため息をついた。窓の外を見ると、城下町はまだ朝もやに包まれている。薄暗い空の下、街灯がぼんやりと光を放っていた。

「…こんな時間に起きるのも、まあいつものことか。」

ぼそりと呟きながら、スティーブはベッド脇に置いていた眼帯を手に取り、器用な動きで右目を覆う。身支度を整え、デニムと青シャツに茶色のコートを羽織ると、玄関先の灰皿から煙草を一本取り出して火をつけた。吐き出された煙がゆっくりと天井に漂う。

街路に出ると、冷たい空気が頬を撫でた。火照った喉を癒やすように、深く煙を吸い込むスティーブ。いつもの足取りで、城下町の端にある「万事屋」へと向かった。

---

店の鍵を開け、ガラリと扉を押すと、目に飛び込んできたのは横のソファで突っ伏している白田米郎――通称、米じいだった。

「…昨日の夜遅くまでやってたんだな。」

スティーブは近づいてみるが、米じいはびくともせず寝息を立てている。机の上には整然と積まれた書類の山。どうやら昨夜、たまりにたまった依頼の書類を整理していたらしい。

軽く声をかけるも反応はなく、苦笑を浮かべたスティーブはソファをそのままにして厨房へ向かった。コートを脱ぎ、棚から料理本を引っ張り出す。

「今日の朝飯は…シンプルに卵焼きと味噌汁、あと炊きたての米だな。」

包丁を手に取り、手際よく野菜を刻み始めるスティーブ。料理をしている間だけは、いつもの無骨な表情が少し和らぐ。しばらくすると、香ばしい匂いが店内に漂い始めた。

「さて、起きてもらうか。」

スティーブはソファに戻り、肩を軽く叩いた。

「米じい、朝飯できたぞ。」

「ん…もう朝かの…?」

目を擦りながら起き上がる米じい。その白髪が乱れ、少し小さめな体が眠気に負けてふらついている。

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二人が朝飯の準備を整えたその時、店の扉が勢いよく開いた。

「すみません!助けてください!」

飛び込んできたのは10歳くらいの少年。息を切らしている少年を見て、スティーブが眉をひそめた。

「どうした?こんな朝早くから。」

「猫が…ぼくの猫が逃げちゃって…どこにもいないんです!」

少年は必死な顔でスティーブを見上げた。

「猫か。」

スティーブは一瞬だけため息をついたが、米じいはすでに立ち上がっていた。

「行くぞ、スティーブ。猫を探すのじゃ。」

「はぁ、ったく、飯はどうすんだよ」

そう言いながらも、スティーブは煙草を灰皿に押し付けた。

---

城下町を走り回る二人と少年。猫は器用に屋根を飛び回り、まるで鬼ごっこを楽しんでいるようだった。

「あっちだ!」

少年が指差す方向に、白い毛並みの猫が見える。スティーブは慣れた動きで壁を蹴って屋根へと上がり、米じいはその隣で軽やかに猫を追い詰める。

最終的に、スティーブが懐から取り出したカリカリをちらつかせ、猫はあっさり降伏した。少年の腕に戻った猫を見て、米じいが満足そうに頷く。

「ふむ、平和というのは素晴らしいものじゃ。」

「まったくだな。」スティーブは猫に手を振り、少年に笑みを向けた。「じゃあ、気をつけて帰れよ。」

---

店に戻ると、テーブルの上に用意していた朝飯はすっかり冷めていた。

「…なんでこうなるんだか。」

スティーブは呆れた顔で椅子に腰を下ろした。

「冷めておるが、まあ味は悪くなかろう。」

米じいは味噌汁をすすりながら満足げに笑う。

スティーブも冷めた卵焼きを一口食べて、苦笑した。

「まあ、こういう日もあるさ。」

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