第5話:最初の「悪役」と、最悪の誤解拡大

私は自室で、悪役令嬢としてどう振る舞うべきか、必死に戦略を練っていた。

(彼らの**「溺愛」を「憎悪」に変えるには、どうすればいい?セリーナ様への直接的な嫌がらせは、証拠が残り、資金を失うリスクが高すぎる。王子の愛を否定し、彼らの自尊心**を傷つける、間接的な悪役を演じるしかない)

私の目標は、安全に追放されること。そして、追放される際に侯爵家や父に迷惑をかけないことだ。そのため、悪行はあくまで**「ルイーザ個人の性質の悪さ」**に帰結させる必要があった。

まず、手始めに、王子アルフレッド殿下の寵愛を拒絶することが最優先だ。

翌日、私は婚約者として相応しい、これまで避けていた豪華な装いで王子の執務室を訪れた。護衛の騎士団の視線が突き刺さるが、もはや気にしない。

執務室には、案の定、王子がいた。彼は私の予想外の訪問と、華やかな姿に驚き、顔を輝かせた。

「ルイーザ!来てくれたのか!やはり、君はそうすると思ったよ!君の愛の深さに――」

私は、彼の言葉を冷たく遮った。

「アルフレッド殿下。わたくしが参りましたのは、愛ゆえではございません。あなたは先日、わたくしに公文書の閲読権を与えると仰いましたね。わたくしが求めているのは、名誉や愛ではありません」

王子は困惑した表情で私を見つめた。

「では、何を求めているんだ?」

私は、用意していたセリフを、感情を一切込めずに言い放った。

「わたくしが求めているのは、権力です。侯爵家の令嬢として、王国の実務的な権限を持つこと。わたくしは、あなたが寵愛するセリーナ様のように、空虚な美徳など持ち合わせておりません。あなたがわたくしに与えようとした愛を、わたくしは権力と交換したいのです」

(これでいい。愛ではなく利己心を露呈させれば、彼は失望するはずだ。そして、私を**「愛ではなく権力を求める冷たい女」**として認識し、徐々に遠ざけるだろう)

王子は、予想通り、顔から血の気を失った。

「権力……だと?ルイーザ、君は一体何を言っているんだ?」

「そのままの意味です。わたくしは、愛よりも地位を重視する。もしあなたがわたくしへの**『償いの義務』**を果たすつもりなら、その権力を正式に与えてください。それが、わたくしがあなたに求める唯一のものです」

私はそう言って、彼の返事を待たずに踵を返した。彼の瞳には、失望と困惑が浮かんでいた。

(成功だ。これで、彼は私を愛ではなく、**『権力で繋ぎ止められた、冷徹な婚約者』**として扱うだろう。憎悪までいかなくとも、愛は確実に冷めるはずだ)

しかし、私の冷静な計算は、数時間後、騎士団長ラインハルト様によって、再び粉砕された。

ラインハルト様は、侯爵邸の前に立つ護衛騎士たちを前に、顔を紅潮させていた。

「ルイーザ様の崇高なる御覚悟に、涙が出そうだ!」

(覚悟?何のこと!?)

私は思わず顔を引きつらせた。

「ルイーザ様は、殿下があの浮ついた聖女に心を奪われ、国政を疎かにすることを危惧された!だからこそ、**『愛ではなく、権力を与えよ』と要求されたのですね!『自分が悪女になっても、国政は守る』**という、究極の自己犠牲の愛の形!」

ラインハルト様は、涙声で熱弁を振るった。

「殿下が愛を理解しても、その愛に甘えることなく、『愛を差し出しても、国政を優先せよ』と殿下を諫める!これ以上の真の王妃の器がどこにいるでしょう!ルイーザ様は、国の安定を求めているのです!」

(権力が欲しいって言ったのに!なぜ、国の安定になるの!?)

そして、さらに最悪の追い打ちが、翌朝届いた。

王子の名で発された公的な布告だ。

「婚約者ルイーザは、我が国の安定と未来を第一に考え、自ら王子の私的な補佐官の地位を望んだ。その大いなる献身に報いるため、彼女に公文書の最終確認権を与える」

(最終確認権!?私が欲しかったのは追放なのに、どうして権力の中枢に引きずり込まれるの!?)

私は絶望に打ちのめされた。悪役を演じても、彼らのフィルターを通すと、それは**「究極の献身」へと変換される。私の計画は、逆効果を生むどころか、私を「王子の私的補佐官」**という、さらに王宮の中枢へと引きずり込んでしまった。

自室に戻った私は、豪華な衣装の胸元を強く握りしめた。

(静かな抵抗は、もう通用しない。権力の中枢に引きずり込まれた今、時間が経てば経つほど、私と侯爵家の結びつきは強くなる。その状態でボロを出せば、追放では済まない。侯爵家全体を巻き込む**「反逆罪」**に問われるかもしれない)

私の目標は、安全で、資金を持った追放だ。侯爵家を巻き込めば、父に多大な迷惑をかけるだけでなく、私が貯めた資金さえも、国家によって没収されるリスクが跳ね上がる。それは、貧困死という最悪のバッドエンドを意味する。

「リスクを冒すな。静かにいろ」。これが、前世の記憶が戻ってから、私が自分に課してきた絶対のルールだった。

しかし、このままでは全てを失う。

ラインハルト様とセリーナ様は、私の「悪意」を**「崇高な献身」だと信じて疑わない。アルフレッド殿下も、私の「冷たい要求」を「国の安定を願う愛」**だと解釈してしまった。

彼らの「愛」は、私の「悪意」よりも、遥かに頑強だった。

(私が本当に、悪意を持って、誰にも否定できないような決定的な悪行を犯すしかない)

私は、自らの良心と、これまで守り抜いてきた**「迷惑をかけない」**というルールを、自らの手で破棄することを決意した。

「――侯爵家の名誉も、資金没収のリスクも、もはや二次的な問題だ。この狂った状況から脱出するためなら、全てを懸ける」

鏡に映る私の顔は、冷徹な計算と悲壮な決意に満ちていた。

私が演じる**「悪役令嬢」は、もう「愛の否定」**などという生温いものではない。それは、王宮の平和を根底から揺るがす、誰もが私を憎むに足る、**真の「悪」**でなければならない。

ルイーザは、安全な逃亡という最終目標のため、**「自爆覚悟の、最後の賭け」**に打って出ることを決意した。

私の**望ましい破滅(追放)ルートは、ここから「暴走する悪役令嬢」**という、誰も予測できない破滅的な局面に突入するのだった。

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