第17話 10 リバーサイド・ファーム(1)
その日は
私は射撃は苦にならない。人が的でない限りは。
教官からはスナイパー課程を受講しないかと提案を受けた。
悪くない。ただ、うちの会社に社員を何日も外部研修に出す余裕なんかない。
四月に八王子の学校に行った
「姉ちゃん、元気?」
「まーまーね。あんたは?」
「勉強マジでだるい。寮に帰ってからも勉強ばっかり」
「いいぞー、もっと苦しんどけ」
「ひどっ」
私は家の古びたソファで一人缶チューハイを飲みながら配信動画を見ていた。たまに酒を飲もうという気になるのだけど、結局甘いのしか飲めない。
私の歳での飲酒はもちろん違法だ。粗悪なクラックをやるよりはましだろうと考えて、個人的に合法にしている。
「彼氏とはうまくやってんの?」
「だれよ、それ」
「ほら、同業のイケメン。食事とかしてんでしょ?」
「飯食ってるだけだよ」
「そうか? そんな風には思わないけどなあ」
頭のいい妹も考え物だ。余計なことしか言わない。
「なんか用? 用がないなら切るよ」
「離れて暮らす妹が電話かけてんのに、その態度ありえなくない?」
「あー、わかったよ。で、何よ。友里衣が用もないのに電話かけるわけないもんね」
友里衣は少し声のトーンを落とした。
「うーん、実はさ、今朝、前のアルバイト先からメールが来たんだよね」
「平沼の情報屋? なんだって?」
「お姉さんに注意喚起しておけって」
「なになに、どういうこと?」
私はぼんやりとした頭を叩き起こして携帯に向き直った。
「委託警備員の危険度が高まっているって、あの情報屋が加盟しているギルドの連名で県警に報告書を提出したらしいよ。ギルドは行政とか大手の警備会社にも情報提供している。でも反応が薄いって」
「相手にされてないってこと?」
「そんなことはない。西区情報ギルドの言うことなら、耳を貸すはずだよ。意図的にスルーしてんのよ」
「なによ、それ。話が見えないんだけど」
「私もさ、細かいところになるとよくわかんないんだよ。メールだけで話したわけじゃないしね。だからさ、姉ちゃんが直接聞きに行けばいいじゃん。段取りはつけるよ」
「おいおい、展開が早いな」
「だってさ、妹としては心配じゃん。向こうは親切で教えてくれてるわけだし。社長、いい人だよ」
「そうねえ」
ほろ酔いのせいで、判断が鈍い。
「じゃ、行ってみるか」
「オーケー、また連絡するね」
早い。妹は間違いなく仕事ができるタイプだ。
初夏の日差しが暑かった。
完璧に護岸整備されて、ただのU字溝になりはてた
私とアキは川沿いの歩道を歩いていた。
周辺は都心部ではあるものの、どこか古びた家並みが集まっていた。企業の工場や研究所が散在しているところも、町をレトロな雰囲気にしている。
二人ともサングラスをかけて、私はさらにキャップも被っている。まだ午前の浅い時間だというのに、この町の日差しは凶暴過ぎる。
アキはスポーツサンダル、短パン、ゆったりとしたTシャツと、完全に夏の装いだ。私もパンツが七分丈になっただけで、ほとんど同じような服装だった。
なぜか。
暑いから。
それと、拳銃を
二人とも夏はヒップホルスターにしていた。
委託警備員は非番の日も拳銃の携帯が努力義務になっている。そうでなかったとしても、護身のために持ち歩いただろう。
見えない脅威に対する、時として過剰な警戒心は、職業病以外のなにものでもない。
アキはOSSが社員向けに格安で販売しているワルサーのサブコンパクト、私は自前で買った中古のトーラス製小型リボルバーだ。私の会社は非番の日の面倒まで見てくれない。
アキとつるむようになってから、彼がOSSに転職した理由がわかった。福利厚生が圧倒的に違うのだ。私たちみたいな底辺警備員にはわけがわからないレベルだ。
しかも、拳銃用の弾薬は練習用に余るほどくれるらしい。
だったら私にくれよといったら、「直香の銃じゃ使えないだろ」と、まるで転売を疑っているような口調で言われた。
ふん。会社に持って行ってベレッタちゃんに使うんだよ。
「どれだけ待遇がいいからって、私はOSSに行きたいとは思わないよ」
私は悔し紛れに言ったことがある。
「やめた方がいい。小回りが利かなくて、ムカつくことばっかりだ」
「そーじゃなくてさ。もうこの業界でキャリアアップとか、考えたくないわけよ」
「俺だってうんざりだよ。でも、同じ働くなら、条件は良い方がいいよな」
きわめて常識的な意見を言う。
アキのそういうところは嫌いじゃない。
「今年はTICAD年だから、もう少しすると、あちこちの警備に回される。警備環境への慣熟を兼ねて、だってさ」
川沿いを歩きながらアキが言った。
「もうお祭りだね」
「俺も初めてだけどさ。六年に一度の大イベントだし、全国から警察と警備会社が集まって、それはもう、すごいらしいよ」
「今だってすごいのに、これ以上、何をどうやって警備すんのよ」
「みなとみらいは全域が完全に厳戒態勢に入って、全国から応援に来た警察でぎゅうぎゅうになる。そんで、その周辺が、いつものみなとみらい並みの警備体制になる。海は海上保安庁が固めるし、今年からはドローン対策で防空システムも入れるらしい」
「うげえ。物騒過ぎない?」
私は目当ての家を見つけて立ち止まった。
昭和から取り残されたようなトタン壁の二階建て家屋だった。かなり古いが、このあたりでは周囲とはそれほど違和感はない。
正面には曇りガラスの戸があって、その横に縦長の看板がかけてある。
クオンタム・コーポ株式会社。
「ここ?」
アキの問いにうなずくと、私はガラス戸をがらりと開けた。
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