第9話 5 お説教(1)

 S鉄道の車内は横浜駅で買い物をしてきた人、まっとうな仕事から帰ろうとしている勤め人でまあまあの込み具合だった。

 電車に乗ったS鉄道横浜駅のホームはうすら寒かった。だだっ広い空間に、何本も線路が並んでいる。終着なので、どれもどん詰まりの線路だ。


 きれいな色のコートを着ている若い女性の隣で、古臭い自動小銃とヘルメットをぶら下げながら電車を待つのはいい気分じゃなかった。

 あまりにも世界が違いすぎる。

 私が感じているのが惨めさだと認めるのは悔しかった。でも、車内の古き良き平和さに触れていると、じんわりと悲しくなってくる。私もあんな生活ができるならしたい。


 そんな生活を守るために、車内には今日も武装委託警備員が乗車している。

 特にこのS鉄道は二両に一人という高密度配置が、終点の海老名えびな駅まで続く。なかなかデンジャラスな路線なのだ。

 私たちがいないと、この危うげな平和は保てないってこと。


 こんなに弱った気持ちになるのは、野木アキとかいうOSS社員の「バカやろう」という声が耳にこびりついているからだ。

 後々冷静になって考えれば、あいつの言うことはもっともなことだった。あの状況で自動小銃をぶっ放したのは、よくない判断だったかもしれない。

 もしも私のAKの弾がランドマークタワーの方向に飛んでいったらと想像すると、いてもたってもいられるない気分になる。


 でも、私は最善を尽くした。アキはなんとなくフィーリングが合いそうな人間だったから、怒鳴られたことが余計に腹立つ。

 人殺しまでしたんだぞ。

 なんだか涙が出そうになる自分が嫌で、頬を叩いた。向かいの女性が驚いていた。

 私はハンドサインで警備員に挨拶をして和田駅で降車した。男性の警備員はシンプルに「お疲れ」と送り返した。


 和田駅から国道十六号に伸びる商店街はひどい雑踏だった。都心部からさほど離れたわけでもないのに、いかがわしさ満点だ。

 国道十六号沿道は昔から暴走族だとかヤンキーが多い。中身が何も変わらないまま年だけ取った大人が生息していて、治安はよくなかった。


 道の両側は店舗が屋台のように売り場をはみ出させている。そんな路上売り場の隙間には本当の屋台も出ていて、それぞれが電球色のLEDライトを点しているのでやたらとまぶしい。

 商店街の中にはスーパーもあるが、割高なので小さな食料品店を物色する人も多かった。


 私はAKのマガジンを抜いてストックを畳み、リュックのベルトに括り付けた。雑踏の隙間を縫って歩くにはそうした方が邪魔にならないからだし、勤務外だということを周囲に知らせるためでもある。


 中東や東南アジアから輸入した格安加工食品、市場で二束三文で売られていたくず魚とくず野菜を扱う店には、必ず物色する人がいた。需要があるのだ。

 屋台に並んだ拳銃用実包の9ミリパラベラムや9ミリショートも、正規の銃砲店よりも格安なので、郊外キッズたちがよく買っていた。どこかで拾った空薬莢に、職にあぶれた若者が弾頭、火薬、雷管をハンドロードしたもので、品質はみごとにバラバラ。


 勤めているのがそんなものを支給するクズ会社でないだけましかもしれない。私は横目でそれを見ながら、まっすぐに十六号を目指した。

 クズ会社でないにしろ、ゴミ会社ではある。決してホワイト企業ではない。


 交通量が多い十六号の道端にある、以前は畳店だったらしい古い店が私の会社だ。

 サッシをガラガラと開けると、青木警備保障社長の青木あおきエイジが腕組みをして椅子に座っていた。社長はまだ二十代の二代目で、社員は彼の奥さん、私ともう一人の三人だ。

 そのもう一人の社員、私と同じ年で十八歳の水野みずのマロンが、向こうの机から気の毒そうな顔で私を見ていた。


「待ってたぞ。犯人、射殺したらしいな」

「はあ」

 私は社長の机の脇までいって、一応直立した。経営は会長の父親におんぶにだっこのくせに、プライドだけは高いヘドロ野郎だ。


「今回はOSSが警察に口添えしてくれたんで、何とかおとがめなしで済みそうだが、ちったあ状況考えろよ。もう三年この仕事してんだろ?」

「でも、爆弾もってたし」

「爆発しない爆弾持ってるやつ殺すなよ!」

「あの時点では爆発しないことはわからなかった」

「爆発することもわからなかっただろうが」

「現場でそんなことまで考えられないでーす」

「そんな話をしてんじゃねえよ! OSSは上得意なの! 迷惑かけんな!」

「そこまでかけてないです」

「かけてんだよ! 口答えもすんな!」


 だんだんボルテージが上がってきた。

 ムカつくけど、一度怒鳴らせて発散させないとねちねちとした説教が続くから、これでいい。DV男と同じ理屈だ。

「とにかく、現場ではリーダーの言うことよく聞け! わかったな!」

「はぁーい」

「なんだ、その返事は!」

「ふぁい!」

「報告書、今日中に書けよ! 様式三だぞ! すぐに県警に提出するからな!」


 一通り叫ぶと、青木は電子ではないタバコをひっつかんで店の裏に消えた。私はため息をついてマロンの隣のスチールデスクに銃を置いた。

 一服しに行って帰って来れば、青木はもうケロッとしている。いつものことだ。


「直香、大変だったらしいね」

 少しぽっちゃりで、顔も眼鏡も丸いマロンが声をかけてきた。

「マジ最悪。人撃つのって何度経験しても嫌だよね」

「そんな何度も撃ってんの?」

「そうねえ」

 私はまたため息をついた。


「撃ち合いはあるよ。死んだのは初めて」

「あー、そりゃショックだわな」

「わかる?」

「うん。でもさ、時間たつとわりと平気になるよ」

「それほんと?」

「信用していいよ。私ね、小学校五年生で人撃ち殺してるから」

 思わずぎょっとマロンを見てしまった。

「モーマンタイ♡」

 マロンはにっこりと笑って見せた。

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