彼女の森から
天空なつ
第1話 プロローグ
彼女の部屋に入り、私は予想外の光景に絶句した。
その小さな部屋は、壁から床、天井に至るまでの全てが、あるもので埋め尽くされていたからだ。
ルーズリーフの切れ端、ミスプリントやレシートの裏面、厚紙や段ボールの破片など、サイズも材質もバラバラな「ページ」。
その上に記された、黒や黄色、シャーペン、マーカー、筆など、色も太さもバラバラな「文字」。
それはまさに、無数の「言の葉」から成る、煩雑で静謐な「彼女の森」だった。
それらに埋もれるようにして、奥の壁際に小さな文机と高そうな椅子が置かれていた。
「言の葉」達は、そこに座って新たな葉を生み出す彼女と外界、そして剥き出しのコンクリートとを柔らかく隔て、包み込んでいたのだろうか。
それは、余りに衝撃的な光景でありながら、実に彼女らしい、とも思えた。
よくよく見てみると、「言の葉」とは、一枚一枚に日付が記してある、日記のようなものだった。
同時に、一見無造作に貼られているように見えたそれらが、実際は時系列順に並べられていることに気づく。
そして、奇妙なことに、それらは全て、日記らしからぬ、明らかに読者の存在を意識した文体で綴られているのだった。
私は呆気に取られながら、唐突に、これを世間に公表せねばならないという使命感に襲われた。
しかし同時に、何とも筆舌に尽くしがたいこの光景を、その中のたった一枚でさえ、私以外の者に見られるのは絶対に嫌だと思った。
……と、いうわけで。
これから少しずつ、彼女の「言の葉」をあなた達にお見せします。
それは単なるデジタルデータに過ぎませんが、内容はオリジナルと一字一句違わぬことをお約束しましょう。
しかしながら、あなた達が彼女の「言の葉」から何を感じ考えようと、今、目の前の光景から暴力的なまでに激しく発散されている人間味や温もり、痛みはその比ではないのだということは、常に理解しておいていただきたいのです。
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