第3話 初動

昼休み、彩と机を合わせて弁当を広げる。

昨日見たドラマなんかを話していると、何だかいつもより声が明るくて少しご機嫌な気がする。


「なんか、ご機嫌だね。なにか良いことあった?」


私の言葉に首をかしげてそうかな?と彩が不思議そうに呟く。自覚は無かったらしい。

そういえば、昨日は用事があると言っていたから、そのことで良いことがあったのかもしれないと思い昨日の用事は何だったのかを聞いてみる。


「えっと、実は改めて先輩のところへ謝りに行っていて……。」


指を合わせながら、ためらいがちな声でそう言う彩に驚いた。


「また行ったの!?怒ってなかったんじゃないの?」


許してもらえたと言っていたのに、何か問題でも起きたのかと思い心配になる。


「うん。そうなんだけど、名前も言ってなかったし、慌ててたから改めて行った方がいいかなって思って。」


そこまでしなくてもいい気がしたが、真っ直ぐ言う彩に思わず真面目ねえと口にしてしまう。

そうかなと苦笑いしながら、そういえばと思い出し、文芸部に入ったことを聞いた。

たまに本を読んでいるところを見たことはあったが、そんなに好きだったかなと記憶を探る。

それはそうとして、変な時期に入ったもんだと少し不思議に思う私に、入部した経緯を話してくれた。

なるほど、普通に興味が湧いたかららしい。


「良かった、彩は優しいから強引に入部させられたかと思ったよ。」


やれやれと冗談めかして肩をすくめる。


「えー、さすがに入部とかは断るよ。」


曖昧に微笑む彩にどうだかと思う。

すると、それにそんな先輩じゃないよと続けて話し出した。

見た目は少し怖いかもしれないが、優しく気遣ってくれて、ゆったりしているから自然体でいられるらしい。

へぇと相槌を打ち、彩の説明に井上先輩ってどんな人なんだろうと少し気になった。

なんとなく穏やかな熊みたいな人なんだねと言う。

すると突然、彩が口を抑えて下を向いた。

どうしたのだろうかと思っていると肩が震えている。


「ふふっ……穏やかな、熊……ふふっ!」


笑っているだけだった。

どうやら、ツボにハマったらしい。もう、やめてよと笑う彩にそんなに面白かったかなと困惑するが、彩が楽しそうならいいかと残りの弁当に手を付けるのだった。


◇ ◇ ◇


通い慣れた部室への道を今日は足早に歩く。驚くことに何と文芸部に後輩が入ったのだ。

俺が1年生の頃から個人部活となっており、2年生になっても誰も入部しなかった。そのため、何となく3年生になっても独りなんだろうなと諦めていた。

正直、孤独には慣れている。それどころか孤独なことが当たり前となっていた。

だが、こうして誰かと活動出来ると思うと浮足立つくらいには、他人との交流に飢えていたらしい。自分の内心に苦笑しつつ部室へと入る。

最初は何をしてもらおうかと考える。そこまで忙しい部活でもない。短歌の投稿は来月だし、初日から執筆の準備をしてもらうわけにはいかない。そもそも、強制では無いからな。

そう言えば、図書だよりの原稿をお願いされていたなと思い出し、今はこれだなと考え、新しい部員を待つのだった。


本を開いているとコンコンと控えめなノックが聞こえてくる。

入ってきた平野に軽い挨拶する。

席についたのを見計らって、今日は図書だよりのオススメを書いてもらうことを伝え、読書感想文をどれぐらいで書けるのか聞いてみる。


「えっと……あんまり得意ではなくて、2〜3日は悩んじゃいます。」


気まずそうに言った。文芸部ならササッと書けないといけないと思ったのかもしれない。慌ててフォローする。


「いや、そう気を落とさなくてもいい。俺も初めは苦手だった。あらすじってどこまで説明するんだって、悩んでいたよ。」


そう言って笑うと平野が少し前のめりになる。


「わかります!内容を書きすぎるとなんだか紹介文っぽくなりますし、書かないとこれで伝わるのかなって不安になってきますよね!」


やはり、みんな共通の悩みらしい。体の前で両手を合わせ目を細めて嬉しそうにする平野に、あるあるだなと頷く。


「でも以外です。先輩ってそういうのも得意なのかなって思ってました。」

「う~ん、書くのは好きなんだが、学校の課題となると急に書きづらくなるんだよな。」


少し目を丸める平野に、そう言うと確かにそうかもと首を傾ける。

学校にとって正解の文章を書こうとしてしまうからだろうなと思う。

というか今は、あるあるの話しをしている場合ではなくて、図書だよりの制作について話しをしているのだったと思い出し、とりあえず図書室に本を選びにいくのだった。


図書室に着く。今回は何を紹介しようか。夏も近いし「夏への扉」なんかいいかもしれない。

どの本にしようかな悩んでいると裾を引かれて振り返ると平野が小声でどの本が良いかと聞いてくる。


「好きな本が一番だが、書きやすさで言うなら映像化されたのがオススメだな。」


映像やドラマ化された、と書き出しがしやすいと後は内容を掻い摘むだけだ。

なるほどと言って再び本を探し始める。

しばらく、この本は読んだことはあるかや最近読んだ本の話しをしながら探した後、決めた本を部室へと持ち帰った。


「あの、先輩の過去の紹介文を見せてもらっても良いですか?」


下から覗き込むように聞かれて、もちろんと答えファイルを差し出す。

平野が目を鋭くさせて真剣に読みだした。こうして、誰かに読まれるのを目の当たりにするのは少し気恥ずかしさがある。

ぼんやりと眺めていると平野が顔をあげる。


「なんだか、短い文章にこういう部分が好きっていうのが、伝わってきて良いですね。コツとかあるんですか?」


目を輝かせながら聞いてくる姿に照れくさくて目を逸らした。


「俺の書き方は、まず、一番印象に残った場面を書いて、そこが自分にとってどう見えたから面白いと書くんだ。」


へぇと俺が書いた原稿に目を落とす。


「多くの人には刺さらないかもしれないが、共感する人には深く刺さればなと思って書いている。」


特にあれこれとは考えてはいなかったが、言葉にしていく内にそう思った。


「私も先輩のやり方で、書いてみても良いですか?」


力強く聞いてくる。


「もちろん、平野さんが書きやすい書き方で書いてくれれば良い。」


ありがとうございますと決意したように答える。

書いてくれるだけでもありがたい。彼女の紹介文を楽しみにするのだった。


翌日、さっそく書いてきたらしい平野に驚く。正直、3〜4日はかかると思っていた。

まあ、新しい挑戦には、つい楽しくなってしまうものかと結論づける。

おずおずと差し出された原稿に目を通す。


良い文章だった。読んだことはあったが、また読みたくなった。

主人公と祖母の物語に、自分の経験から心情に寄り添ったような文章は、平野らしいなと思った。

素直に思ったことを伝える。


「えへへ、そうですかね。ありがとうございます!」


顔を綻ばせて喜ぶ平野の笑顔が、花びらを反射させる春の暖かな陽射しのようで、思わず心臓を高鳴らせた。

何故そう感じたのかは、この時の俺にはわからなかった。

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