第24話「閘門の呼吸——段開きと“溜めの白”」

朝、川面が鏡みたいに静かだった。

でも、閘門は落ち着かない。重い。高い。水の息が遅れて届く。

看板を撫で、閂に一滴。いつも通り。胸の奥は少し冷たい。


「今日は閘門」

レイナが地図の水路に細い矢印を置く。

「塔は写しと補助。指揮は現場。紙は道具で、主人じゃない」


ベルクは石標を小さく叩いた。

「第三騎士団は待水(まちみず)の空を持つ。剣は抜かない。楯で退き場を守る」


フィオは器を重ね、肩で笑う。

「余白の粥は閘室の外。火は風下。終わりの合図は閘鐘一度」


ミロは子らに若草の小旗と小さな鐘を配る。

「半は旗ひと振り。水音が強い時は鐘一打」


僕は柱に紙を貼った。


《閘門の三行》

一:交互帯(水入れ→空→水出し/四・二・四刻)

二:待水の余白(舟一艘/人一列/器ひと山)

三:段開きの三分(止め→溜め→放つ)


角は丸。黒地白字。赤枠二重。下に改めた名。

帯長ベルク、余白番マルタ、読み手ラース、見方停止路工房(ディオム)、歌い手は市童会。


さらに一枚。


《段開き(拍ずらし)》

一拍:止水(弁を一割)

二拍:溜め(待つ/琥珀)

一拍:放つ(白)

——水撃(すいげき)を避ける開け方。図は太く、短く。


「回せる?」

ベルクが短く聞き、僕は頷いた。

「回さない歌・閘門版で合わせる」


午前。

交互帯で“水入れ”。矢印太。若草半。

舟が静かに入り、待水の枠に収まる。

いい流れだ。


青い箱が運ばれてくるまでは。


「水位最適匣(ヘッド・オプティマイザ)」

商会企画長サーレン。黒革の手袋は変わらない。笑顔は薄い。

箱の窓で針が踊り、側面に**『水撃対策=高速最適化』『停止=損失』。

「水位差を常に最大活用**。開閉は連続制御。最適は止めないことだ」


ベルクの眉がわずかに動いた。

「停止路義務」

「中央鍵がある」サーレンは肩をすくめる。「現場は押すだけでいい」


匣が操作台に据えられ、段開きの札が勝手に外される。

水は速い。

次の瞬間——


閘室が鳴った。

低く鋭いドン。水撃だ。

壁が微かに震え、舟の舳先が跳ねる。子どもの顔が強張る。


「半!」

マルタの若草半。届きにくい。

水の唸りに声が吸われる。


ベルクの声が落ちる。

「ベルクの名で止まる!」

楯が退き場の口を守り、歌い手が低く回す。


《回さない歌・閘門》

さきのな、とめ

あとのな、まつ

はん(若草/鐘いち)

こはく、ためる

しろで、はなつ

おわり、いちど


僕は匣の背面へ。蓋。蝶番。逆刻み界面。

あった。だが、嫌な刻みが見える。

「微小連続」——微小開を高速に刻むことで、見かけの停止を回避する仕掛け。

止めが止めにならない。


「刻みを“段”へ戻す」

ディオムが工具を渡す。

僕は連続針を外し、段針を入れる。逆刻みを半歩戻す。

名を太く残す。


「水位匣・逆刻み:リオン/連続針除去:ディオム」


若草半が通る。

水は一拍止水→二拍溜め→一拍放つへ変わる。

ドンが消え、舟が落ち着く。

息が戻る。


サーレンは視線だけで笑った。

「速さが落ちる」

「折れないと、最後に上がる」

喉は乾いていたが、言葉は出た。


昼の空。

フィオの粥。器の縁が温かい。閘鐘一度で終わりの合図。

レイナが紙を足す。


《水位の見せ方 S-ShowW》

黒地白字/縦板高/斜め十五(反射よけ)

刻目は太→細(近づくほど細く)

読み上げ三行(止め→溜め→放つ)


シェルが角を丸め、ラースが胸札に段開き台本を印字、トーノが紐を通す。

ブラン(規格局)が頷く。「R1-水付録 RL1の見せ方に入れる」


午後。

公開三分をやる。

条件は同じ。舟一艘、人一列、荷軽め。風少し。

A:連続最適(止めなし)/B:段開き+若草半。

指標は三つ——停止まで/再開まで/怒号数(+水撃回数)。


A。

微小連続で止めがない。

二分後、ドン。

舟が揺れ、操舵が荒くなる。

——停止、なし(だから長い)。

——再開、乱れる。

——怒号、三。

——水撃、二。


B。

若草半→琥珀(溜め)→白(放つ)。

閘鐘一度、灯三瞬、器ひと重ね。

——停止、早い。

——再開, 短い。

——怒号、ゼロ。

——水撃、ゼロ。

褒めが二つ。水面の皺が浅い。


ブランが板を掲げる。

「B式優。段開き/待水余白/閘鐘の終わりを必須に」


サーレンは鍵を持ち上げた。

ブランの声は短い。

「最終停止。名札穴は必須。名を先に」

サーレンは筆を取る。

「水位最適匣・担当:サーレン——段針/逆刻み口の採用に同意」

名は残った。


裏手。

紙の匂い。

「優先放水トークン」——列を飛ばして先に出せる権利。隅に小さな官印。

出たな。


取り立て番ルオが黒地太字の免除枠を叩く。

「救護/避難/破損。——名で言え。返せるお願いで。売買は無効」

札束は掲示板の改めた名に吸い込まれる。

ざまぁは、閘鐘が一度だけ澄む音。静かで、遠くまで通る。


夕刻。

最後の水出し。風が変わり、波頭が立つ。

梁の影で、小さな輪が鳴った。

水頭輪(すいとうりん)——緩衝の輪の水版。待水をゼロへ押し、吐きっぱなしを最適とする罠。


「回さない輪・水版」

僕は柱に紙を貼る。


《回さない輪・水版》

一:止めの号令(帯長の名)

二:半(若草/鐘一打)

三:溜め(琥珀:待水を持つ)

四:放つ(白:段開きで)

五:終わり(閘鐘一度/灯三瞬/器重ね)


ディオムが輪の側面に白い印。

「“吐きっぱなし”の口を外に。逆刻みは溜めに結ぶ」

ユーンが短く添える。

「詩なら**『半、ためる』**」


若草半。

琥珀、ひと拍。

白で放つ。

ドンは来ない。

水面が落ち着き、舟がするりと出た。


夜。

ブランの綴り本に新しい頁。


《R1-水付録 RL1》

必須:


交互帯(水入れ→空→水出し)


段開き(止め→溜め→放つ)


待水の余白(舟一艘/人一列/器ひと山)


逆刻み界面(水位匣/水頭輪)


終わりの合図(閘鐘一度/灯三瞬/器重ね)

推奨:


水位の見せ方 S-ShowW(黒地白字/縦板高/斜め十五)


息の指標(怒号/褒め/水撃数/終わり回数)

現場枠:


鐘の大きさ/段の刻み幅/待水場の広さ


末尾の改めた名。

「規格局:ブラン」

「停止路工房:リオン/レイナ/ディオム」

「第三騎士団:ベルク」

「市民:余白番マルタ/取り立て番ルオ/歌い手・市童会」

「監:ユーン(臨時)」


サーレンは匣の縁を指でなぞり、低く言った。

「速さを諦めない」

「止まれる速さで回す」

言葉はそこで止まり、彼は名を一つ増やした。

小さいが、太い。


僕は看板を撫で、閂に一滴。

今日を楽にする工房。

文字は軽い。

重さは小さく割って担ぐ。


明日は都心の環(わ)だ。

回廊・港・橋・閘門——全部が合わさる日。

見せ方と歌と逆刻み、そして名。

ここまでの全部を、一枚の紙に落とす番だ。


鈴を一打。

終わりの合図。

——回っている。


第24話ハイライト


閘門に**《閘門の三行》導入(交互帯/待水の余白/段開き)+《段開き(拍ずらし)》で水撃**回避


サーレンの**《水位最適匣》が微小連続で“止め”を無効化 → 連続針除去+逆刻み+若草半で止まれる最適**へ矯正


公開三分比較:連続最適は停止不能・水撃発生/段開きは停止短・再開短・水撃ゼロ・怒号ゼロ


裏口優先放水トークンは名の灯り+免除枠で無効化(静かなざまぁ)


水頭輪(緩衝の輪・水版)を**《回さない輪・水版》**で無力化(半=ためる/白=放つ)


R1-水付録 RL1確定:段開き/待水余白/逆刻み界面/閘鐘の終わりを必須化


サーレンは「速さ」を手放さないが名を残すところまで歩み寄る。次章は都心の環の総合運転へ

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