五章 名探偵は侮れない

挽回のチャンス

 俺はディテクティ部の部室のドアを開けた。


 窓から射す夕日によって眠気を誘うような橙色に染まる教室内。遠くのグラウンドから運動部の掛け声がかすかに聞こえてくるほど静寂に満ちていてよりその要素を強める。


 心地のよい冷たい風で揺れるカーテンの下には彼女の姿があって、銀色の髪を靡かせながら物思いに耽るように外を眺めている。


 神子上みこがみはゆっくりとこちらを振り返った。


「おや。思ったよりも早かったですね。時間稼ぎのためにこよちゃんとイチャイチャすると踏んでいたんですけど」

「できればそうしたかったんだけどな」

「──えっ!? したかったんですか!? 真昼まひるくんってむっつりスケベさんだったんですね……」

「俺が言ってるのは時間稼ぎのほうだ。それと急に素に戻るな。さっきまで意味ありげに外を眺めて大物ぶってたくせに……」

「ぶってません。窓際にいるのは、ぷっくらしてて可愛いスズメちゃんを観察して癒やされてたんです。……でもそう感じたってことは、やっぱり私から名探偵オーラが出ちゃってるんですね。やれやれ困りました」


 調子づくエセの自惚れは放っておいて、俺はドアを閉めてから、すでに向かい合って用意されてある二脚の椅子の片一方に座り、本題に入る。


「余裕こいてるみたいだけど、昼休みに早咲はやさきは自分が差出人でないと自白したぞ。先週の木曜日の放課後に神子上みこがみからお願いされたってはっきりな」

「あちゃー、バレちゃいましたか~。さすがは疑い深い真昼まひるくんですね」


 神子上みこがみは言い訳の一つもせずに、落ち着いた様子で姿勢正しく椅子に座る。


 認めるにしてももう少し反抗してくると思っていたが…………まぁどのみち俺のやることに変わりはないか。


「まるで失敗したドッキリの仕掛け人みたいに軽い反応だけど、偽の差出人を用意するなんて卑怯な行為を俺が許すと思ってるのか?」

「謎をややこしくしてしまったことは事実ですので謝ります。ですが、私の真の目論見は真昼まひるくんを騙すことではなく、早咲はやさきさんに名乗り出てもらい真の差出人を炙り出すこと。言わば、真昼まひるくんだーいすきイチャイチャ作戦の強化版ですね」

「もしそれが真実なら俺にも一言断りを入れておくべきだろ」

真昼まひるくんは私と違って演技が下手っぴですからね。即バレです即バレ」

「二十五点評価がよく言う。本当は謎が解けなかった時に保険をかけてたんだろ」

「たしかにその要素も否定できません。そこはどうしても真昼まひるくんを部活に引き入れたかった私の乙女心に免じて大目に見てくれると嬉しいなぁーなんて」


 全くもって図々しいやつだな。自分がどれだけ煽ったのかを覚えていないのか。


「仮にそのことを許したとしても、そもそもの約束である『第三者に知られず』の部分に抵触してる」

「それについては同罪でしょう。真昼まひるくんだってこよちゃんに漏らしたんですから」

逢乃あいのは俺たち両方と昔なじみである一方、早咲はやさきはただのクラスメイトで親交も浅いから比較対象として適切じゃない」

「この匿名のラブレターの件に限って言えば第三者ということに変わりはありません。約束を取り交わす時にこよちゃんは除く的なことを言っていたら話は別でしたけど」

「大体、神子上みこがみも『こよちゃんなら仕方ない』って納得してたじゃないか」

「それを言うなら真昼まひるくんだって『バツが悪くて隠した』って言ってましたよ。つまり約束に抵触すると思っていたわけで、こよちゃんは特別と言ったさっきの発言と矛盾してます」


 ──くっ、ああ言えばこう言う。こんなことになるならもっと約束を事細かに決めておけばよかった。失態だ。


「……なんにせよ、俺の推理時間を奪ったことは変えようのない事実で許せることじゃない」

「そうですね。だから真昼まひるくんの推理分を埋め合わせたいので、私に挽回のチャンスをくれませんか?」

「挽回のチャンスだと?」

「はい。実は早咲はやさきさんの件と並行して真の差出人は誰かを推理してたんです。そうしたら一人の人物が浮かび上がってきたんですねこれが」

「平気で嘘をつくやつの言うことを信用すると思うのか?」

「ええ、今の私が信頼を失っているのは承知です。────だからこうしましょう。私の推理を聞いてもらい、それに対して真昼まひるくんが肯定or否定のジャッジをしてください。もし否定された場合、私は潔く依頼の失敗を認めます」

「そんなこと言って、いざそうなったらとぼける気じゃないだろうな?」

「ここまで明言しておいて素知らぬ顔はできませんし、それで不利になるのは私です」


 狡猾な神子上みこがみがここまで譲歩するのには理由がありそう……何か企んでいるのか、もしくはその推理とやらに相当な自信があるのか……。


 だが、仮に変なことを仕掛けてきても(言質をきちんと取ったし)否定すればいいだけだ。ノーリスクハイリターン。ここは賭けてみてもいいかもしれない。


「分かった。神子上みこがみの推理を聞く。ただし途中で納得いかない点が出た時は口を挟むからな」

「どうぞどうぞ。そのほうが私も話しやすいのでありがたいです」


 そうして神子上みこがみは偉そうに腕と足を組むと、「では、お互いに合意が取れたということで。この神子上みこがみ白愛はくあ名探偵の華麗なる推理を披露しましょう!」と声高に意気込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る