5-3 炸裂!ゼロGカラテ!

 先ほどの攻撃は何かの間違いだった。

 なんて、そんな都合の良いことはなかった。現実は非情だ。

 敵さんに近づいたらプラズマイオンエンジンのプラズマが霧散するほどの高出力のレーダー波を浴びせられ敢え無く機関停止。

 すかさず敵さんは船を横づけし、こちらにハッチを開けるよう要求。言われた通りにして俺は抵抗することなく捕まってしまった。

 腕を縛られ5人もの屈強な男に囲まれた。

 こういう筋肉質な人物は久しぶりに見た。

 人と会うこと自体数年ぶりだけど。ここ数百年は男女ともに中性的な感じがトレンドだから、男らしい男というのは珍しい。そんな珍しい強面の男に囲まれるなんてまるで西暦時代のフィクションのようだ。殴られたり蹴られたり酷いことされたら嫌だなぁ。

「ボス、船をざっとさらってみましたが、コイツ1人しか乗ってませんでしたぜ。」

 男の一人が言った。いかにも悪者な話し方。アトラクションかなんかであってほしい。

「坊主、いや嬢ちゃんか? どっちでもいいか。オマエ1人だけなのか?」

 ボスと呼ばれた男が言う。あ、コイツ、エルフだ。これは予想外。想定していた作戦の障害になりそう。まずいかも。

「ああ、1人だよ。」

 俺は平静を装って答える。

「なぜ捕まるような航行をした? 何か企んでるのか?」

 まあ、当然の疑問だね。当然、起死回生のアイデアはあるけど言うわけない。

「引き返すための燃料もないから進むしかない。それならベースに近いところで捕まった方がチャンスがあるからさ。もしかしたら攻撃だと思ったのも何かの間違いだったらいいなって思ったけど。」

「残念だがそんなチャンスはないし攻撃も間違いじゃない。俺たちは海賊だ。お前は俺たちの獲物第一号だ。喜べ。」

 海賊? マジで悪者じゃん。被害にあって喜べるわけないだろ。

「え、俺と船をどうするんだ。」

「船と荷物はもらう。オマエはそうだなぁ、役に立つなら置いてやるが役立たないなら、外にポイだ。」

 そんな。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン 

「お前ら、コイツを見張っておけ。」

 そう言ってボスと呼ばれたエルフは部屋から出て行った。


「オマエ、マジでおとなしいな。本当に何も企んでないのか?」

 海賊の子分がそう話しかけてきた。当然企んでるよ。無策なわけないだろ。

「さっき言った通りだよ。俺みたいなこんな無害なエルフを捕まえたってなんの得にならないよ。それどころか、犯罪者になってお尋ね者の一生を過ごすだけだよ。」

 そんなことはわかってると面白くなさそうに子分は舌打ちで返事する。

「しかし、オマエの船、ZX-F86だろ。あれ最近人気だぞ。ポンコツでも高値で売れるからな。」

 その86がなんで値上がりしてるかは知らんようだな。駆け引きの材料になるかな。

「それにしてもエルフか。珍しいな。ボス以外のエルフは初めて見たぜ。」

「そうなんだ。この辺境星域には俺を含めて3人いるぞ。」

 会話から察するとこいつらは地元の者ではないな。なぜなら、俺は辺境では3人しかいないエルフのその一人。つまりとても有名だからだ。5人もいて一人も俺のことを知らないというのは相当の世間知らずと言わざるを得ないことになる。

 もっとも、こんな暴力行為を働く時点で常識なんて持ち合わせていないだろうけど。


 なんて考えていたところ、ほんのわずかな躍度を感じた。その刹那、減速Gが強まった。ほぼ0Gだ。

 俺を見張っていた子分がほんの少しバランスを崩す。

 すかさず俺はペタンと倒れこみ三点倒立の要領で肩を地面に押し当て子分に向かって上方へ蹴りを放つ。

 蹴りと言ってもほぼ0Gの今、足で相手を押しやるだけだ。地面と接した肩で反作用を殺して一方的に相手を押し飛ばした。これぞゼロGカポエイラだ。

 無重力での徒手空拳を総称してゼロGカラテと呼ぶ。つまり、ゼロGカポエイラもゼロGカラテに含まれている。

 ゼロGカラテは探査員の必修科目だった。ゼロGカラテが必修なのは護身術としてこういう修羅場を潜り抜けるためではなくて、0Gでの身のこなしを身に着けるエクササイズとして、モーメントの制御を型を通じて身に着けることができるとされているからだ。

 そして俺はそのブラックベルトを持っている。

 この0G化においてはエルフの繊細な三半規管と合わさればヒトにはほぼ負けることはないと思う。

 道場で組手で戦ったことはあるけど、実践で他人を殴打したのは初めてだ。まあ、手加減すれば大けがさせることはないだろう。

 部屋に残っていた海賊子分4人が襲ってくるが彼らの0Gでの身のこなしでは俺に太刀打ちすることは不可能。一方的に相手を壁や地面に叩きつけた。


「これはオマエの仕業か?」

 異常を察知してボスエルフが来た。

 その通り。ただ、計画上、エルフが居合わせたのは想定外だった。なぜならゼロGカラテで全員やっつけるという計画だったからだ。

 つまり、俺よりもゼロGカラテが達者な者がいたらこの計画は水泡に帰すというわけだ。

「もちろん。まあ、エルフがいたのは想定外だったけどね。」

「面白れえ。おれもゼロGカラテにはちったぁ自信がある。ちびでがりがりのオマエが俺にどれだけ食い下がれるか見せてみろ。」

 ボスは子分に俺の拘束を解くよう指示した。

 うわぁ。ゼロGカラテに自信あるのかよ。平静を装っていたけど、これはやばいかも。

 0Gでの戦闘はハッキリ言って質量が大きい方が有利だ。

 作用反作用を考えれば自明だが当て身を与えてもインパクトの瞬間が少し痛いだけで致命打になりえない。

 したがって、0Gでの有効な攻撃は地面や壁などの圧倒的に重たいものに相手をぶつけることのみだ。

 質量が軽い方が重い方へ当て身を打ってもほぼ押せない。質量差を補う技もいくつかあるが、常識的に考えてそういう隙は見せないだろう。でもまあ、やるしかない。


 ボスエルフはいきなり回し蹴りを放つ。とっさにガードしたが一方的にはじかれた。幸い壁まで距離があったので適切な受け身でダメージを分散し致命打は避けた。

 それにしても良い蹴りだった。上半身で作り出したモーメントで生じた運動エネルギーを余すことなく相手へ伝えている。

 その証拠に蹴った当人は反作用で下がっていない。上手に体重を乗せているということだ。それに打点と打ち込み角度が正確だ。少しでも狂えば俺はその場でくるくる回ることになる。

 0Gではちょっとした反力が全体の動きに影響するから的確な動きを行うのは極めて難しい。つまり、純粋なカラテの力量では明らかに負けている。

「さすがに自信があると言い切るだけあるね。こんなに見事な蹴りを食らったのは初めてだよ。」

「ふ、そういうオマエの受け身も中々の身のこなしだったぞ。」

 お、これはお互いに賞賛しあってライバルとなる展開。友情エンドとなるか?

「一発ぐらいは殴らせてやる。さあ来い!」

 友情エンドならず…! まあそうなるよね。しかし、わざわざ打ち込みを許してくれるそうだ。

 さて、どうしよう。当て身の技術じゃ勝てない。

 当たって砕けろだ。壁を三角飛びの要領で駆け上がり加速をつけ体当たり。

 結局これがもっとも運動エネルギーを与えられる。

 そこにさらに前回りを加えて飛び前転かかと蹴りだ。

 比較的固いかかとを高速度で相手にぶつける。前進の運動エネルギーも加わるし、かかとをぶつけることで体当たりより面圧が集中するので当たると痛いはずだ。

「当たるか。」

 達人のように最小の動きで避けられる。

 来いと言っておいて避けるなんて!

 渾身の蹴りを盛大に外したおれはヨーヨーのように回転した。

 回避の動きが小さかったのでさっと手を伸ばし俺はボスエルフをしっかりとつかんだ。俺とボスエルフは一つの剛体となり、俺の回転モーメントを受けてボスエルフも一緒に回転する。

 回転モーメントを受けている状態では三半規管の性能が大きく影響する。ちょっとした動きがガバナーとして働き角運動量が変化するからだ。

 ボスエルフは意に介さず俺を手繰り寄せ首相撲の姿勢から膝蹴りを放つ。ムエタイ式膝蹴りだ。これは0Gでも関係なく二名の位置関係のみで技が成立する。

 幸い体格差があるため打点が低くエネルギーの伝導はそれほどでもない。それでもものすごい痛みだ。悶絶し意識が飛びそうになる。

 しかし、あとちょっとだ。頑張れ俺の肉体。二度目の膝蹴りの姿勢を感じた。どちらかが意図的に動かない限り一つの剛体になっている今、相手が動けば何をしようとするのかが手に取るようにわかる。

 相手の動きに合わせてつかんでいた腕をリリースし、膝蹴りを腕でブロック。首をつかまれたままの俺は下半身が跳ね上げられる形になり、「人」の字となり回転が増す。

 俺はとっさに膝をたたみ角速度を上昇させた。ゴンッという音が鳴り響く。ボスエルフは壁面に頭を強打した。もちろん、狙ってやったことだ。回転運動中に壁との距離、タイミングを計っていたのだ。

 一度目の膝蹴りをあえて喰らったのもこのチャンスのため。首の締め付けが解かれた。今度は俺がボスエルフの胴を掴み壁面を走り、ジャンプ。2回転してゼロG式ローリングクラッチホールドがさく裂した。


「ワン、ツー、スリー!」 

 カンカンカン!

 どこからかカウントとゴングの音が鳴り響く。

「勝者、シルフ選手! フィニッシュホールドはローリングクラッチホールド。2倍以上の質量差を跳ね返しての失神KO、ジャイアントキリングだ!」

 子分たちがざわめく。

 子分の一人に水を持ってこさせる。失神してるやつには昔からこれが相場だ。まあ、バケツなんてないから飲用パウチの水をぷちゅーってかけるだけだけど。

 ボスエルフはすぐに目覚めた。

「負けたぜ…。」

「随分とあっさり負けを認めるんだな。」

「まあな。俺はエルフだしな。」

 よくわかんないが、潔く負けを認めてくれるのならそれでいいか。


「それに、あなたがシルフさんだったのか。とんでもないことをしてしまった…。」

 ボスエルフは何やら意味ありげなことをつぶやく。俺だって知ってたら襲わなかったということか?

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