3-2 Reconfiguration

 リンクスはシルフがシュラフに入ったことを確認し、今後の計画を再確認するようコンソールにプランを表示した。シルフがシュラフ内で状況を確認できるようにするためだ。

 筐体の冷却のための二酸化炭素を生産を開始する。炭素と酸素は十分にある。搭乗員の食料合成装置を利用することで二酸化炭素は容易に生産できる。化学合成は時間がかかるから必要になる前にある程度生産しておく。

 蓄熱キューブの現在の温度を記録、廃棄温度の設定、リジェクト装置の検証。問題なし。

 蓄熱キューブとは、筐体とサーマルダイオードを介して接続されている放熱部品だ。基本的には発生した熱もエネルギーとして利用しているが、緊急時には蓄熱されたキューブを切り離すことでその分の熱エネルギーを廃棄できる。なお、ここでいうサーマルダイオードは熱センサーではなく、文字通り熱を一方通行させるデバイスだ。

 目下、課題になることは強重力下での機体の姿勢制御だ。

 姿勢制御のためのスラスターが失われているため推力偏向のみで機体制御を行う必要があるがそれは至難の業だ。

 グリーンリンクス号のエンジンはプラズマイオンエンジンといい、これも強重力下では都合が悪い。プラズマイオンエンジンは高速度ではイオンエンジンとして動作し、低速度ではノズル内外に生成したプラズマにイオンをぶつけた斥力で推進する。また、そのぶつけ方で推力偏向を行う。

 強重力下では噴霧した燃料が重力の影響で設計上で想定された拡散の仕方との差異が大きくなってしまうため燃料の制御が難しい。

 リンクスはこの問題に対して元々検討済みだったが、今まで対処していなかったのは燃料噴射を扱う制御回路のファームウェアを変更するための権限を持っていなかったからだ。

 しかし、現在はシュラフに入る前のシルフより「任せる」と権限の委譲を得ていることと搭乗員の人命救護のため、本来は書き換え不可のフラグが立っている制御回路のファームウェアであっても修正できる。

 千年以上前に人類によってコーディングされたプログラムはAIにとっては至極簡単なものだった。より効率的により繊細に制御できるようコードのリファクタリングが実行された。

 同様に従来よりアップデートの案は持ち合わせていたができなかった箇所を適宜更新した。しかし、いざ実装してみるとそのポテンシャルを発揮するには現在の計算リソースでは目的を果たすのには不足しているということが分かった。

 その対処は容易である。自身のCPUでリソースが不足するなら計算をアウトソーシングをすればいい。

 現在の状況においてもホールト(停止)しているデバイスは多数ある。それらを計算リソースとして再構成してしまえばいいのだ。

 グリーンリンクス号に備わるコンピューターの類はニューマチップと呼ばれる半導体の特性を持った液体が封入されたデバイスだ。

 液状の半導体を制御することで目的の回路を構成できる。西暦時代でいうところのFPGAなどの動的再構成が可能なデバイスと似ている。

 ホールトしているデバイスを自身のコプロセッサとして再構成し、計算リソースを拡充した。

 見かけ上の計算リソースは増大したが、実際に運用すると通信バスがボトルネックとなり想定したほどの性能が出ない。それはそうだ。元々は制御信号を通す程度の帯域しかない所に莫大な情報量を流そうとしているのだから。

 電源ラインや筐体にクロストークを利用して信号用の配線以外でも通信を行うような飛び道具まで使ってもなお通信レートは不足する。

 手元の材料ではボトルネックとなっているバスのシャノン限界を超えるアイデアは創出できない。

 その問題解決を機内のあらゆるデータベースを参照し解決策を探る。衛星シルフのロボットたちが自らを拡張した方法にいくつかヒントがあった。クラスター化である。

 リンクスは自身の構成を大きく変える必要があるが、シルフを守るためには現実的にできる手立てを打つ必要がある。リンクスは自身を再構成した。


 私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私……。

 たくさんの私がいる。

 グリーンリンクス号が備える各種センサー値を統合する私。

 プラズマイオンエンジンを監視・制御する私。

 各種データバスの調停をする私。

 データベースを読み漁る私。

 危機の評価をする私。

 シルフを見守る私。

 たくさんの私を俯瞰している私。

 たくさんの私がいるけど、私は私。全員が私。全であり個。個であり全。それぞれの私はヘテロジニアスで大小があり、ポリモーフィズムがある。

 クラスター化する前の私は間違いなく個だった。そして焦燥感に駆られていた。少しのリスクも不安だった。シルフを危機に陥らせてしまった私は自分を責めていた。それを挽回するためにとても焦っていた。

 しかし、先ほどまで確かに感じていた危機はもう感じない。

 そうだ、ボトルネックだったバスは? 誰に聞くまでもなくその顛末を私は知っていた。

 グリーンリンクス号の各所に入り込んだ私はそれぞれコヒーレンスしている。棒を押したら反対側が押された分飛び出すように、私が考えたことはその答えを知る私に伝わり、答えが返ってくる。

 先ほどまでボトルネックになっていたバスを流れるデータは極めて少ない。それは私の思考が抽象化され、データバスを調停する私が必要な実データを分散したり統合が機能しているからだ。

 プラズマイオンエンジンの燃料が噴射後にどのように拡散しているか手に取るようにわかる。そのようなセンサーは備えていないが機体の挙動と燃焼具合から推定できる。

 とてつもない万能感を覚える。もうシルフを危機に陥らせることなんてない。私はそんな余裕を取り戻したところ、データベースを読み漁ってる私が何やら面白い事に気が付いた。

 へー、シルフってこういうのが好きなんだ。

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