身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛 ~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~
参
第1話 婚約者が隣国から結婚相手を連れ帰ってきた
「ディーナお嬢様! た、大変です!」
専属侍女のソフィーがマナーを無視した姿で入ってくる。一度もしたことがない所作と言動に、私の斜め後ろに控える護衛のヴォルムが驚いているのを感じた。
対して私はひどく冷静だ。というか、分かりきってるって話よ。
「思ったより早かったね」
「ディーナ様?」
専属護衛のヴォルムが不思議そうに首を傾げる。近くに控えていた侍女のオリゲに片手で示して、ソフィーを落ち着かせる為に水を飲ませた。
「念の為、聞くわ。話してくれる?」
「は、はい……王太子殿下が急遽帰国されました」
王太子殿下は私の婚約者で、現在王になるべく知見を広げる為と、災害の復興援助の為に東の隣国ソッケに滞在している。次に戻るのは王陛下の生誕日である三ヶ月後だった。なのに殿下が急に戻ってきたと言う。
「急な帰国には理由があるでしょ?」
「はい」
「話して」
ごくりとソフィーが喉を鳴らす。私は努めて穏やかな笑顔で返事を待った。
けど、その微笑みが逆効果だったらしい。周囲が若干引いた。キャラじゃないのは分かっているけど、そんな反応しなくてもいいじゃない。
「王太子殿下は隣国ソッケのシャーリー・ティラレル・エネフィ公爵令嬢をお連れになりました。エネフィ公爵令嬢とご結婚されると仰っています」
途端部屋にいた側仕えや宰相、各総監から驚きの声があがる。ざわめきたつ周囲に対して私の心はいつもと変わらず平常運行だった。
「皆、落ち着いて」
「しかしディーナ様、殿下の婚約者はディーナ様なのですよ!」
「知ってるよ~」
「反応が軽いです!」
「ごめんて」
でなければ私がこの部屋で国の政務を任されているはずがない。王太子殿下の婚約者という立場がある以上、政務の仕事を放り出すわけにはいかなかった。
「ご婚約から六年、候補時代を含めれば十年もディーナお嬢様は未来の王太子妃として尽力されてきたのにあんまりです!」
「ソフィー、ありがと」
政務をこなしていた期間は婚約者になってからだから六年経つ。仕事ジャンキーで好きだったけど仕方ない。
それでも大事なことだから何度でも言うよ。ぶっちゃけ、こうなることは分かっていた。
「ディーナ様に失礼すぎです!」
周囲は怒りや戸惑いを隠さない。私の為に感情を奮い立たせる皆の気持ちが嬉しかった。対して私はさっぱりしている。全然堪えてないよって言っても信じてもらえなさそう。
私の殿下に対する気持ちのなさは知っていても、立場がいつかなくなる話はしてなかったから驚くのは仕方ない。
「……ディーナ様、まさか」
護衛のヴォルムが話しかけてきた。普段冷静な彼が声を震わせながら私を呼ぶということは余程動揺をすることだったのだろう。
普段こんなに起伏ないから面白い反応でいい。
「いい驚きっぷりね」
いつもなら呆れて溜め息つくところなんだけど、今日は全然リアクションが違った。
「御存知だったのですか」
「うん」
タイミング早かったから私なりに驚いてるけど、と加えても和やかな雰囲気にはならなかった。
そこからヴォルムが言葉を失い、周囲も同じで沈黙してしまうから逆に困る。これは悲劇の時間じゃない。
「ソフィー、殿下から私宛に婚約破棄の申し出はあったかしら?」
「はい……ございました。明日にはこちらにいらっしゃるとのことです」
殿下は事前の打ち合わせ通りにできてるわね。よしよし。
「皆、やることが増えるから助けてくれる?」
この婚約破棄は受理されるけど、スムーズな両陛下の合意と市井への影響を抑える為に先手を打つ。
「ディーナ様、婚約破棄を受けるのですか?」
ヴォルムがやたら悲劇のヒロインをしている。震える声で訴えられるとか、笑っちゃいそうだからやめてほしい。私の答えはとっくの昔に決まっている。
「当然」
周囲の沈黙が深くなる分、明るく返した。
「婚約破棄を受け入れるわ」
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