第2話 悪女の愚行
ヒリヒリする背中を摩りながら庶民の見窄らしい服を着せられてダンジョンに放り込まれた。
『命令だ。此処のダンジョンで手に入る神秘薬を納品しろ。以上』
--帰りについては一切、教えられる事はなかった。
「何なのよアイツ!上の者である私に『命令』?寝言は寝て言いなさいよ!」
ダンジョンは外観が洞窟のくせに、内部は見渡す限りの草原。
草、草、雑草、可愛くない花……
「はぁ〜、もう頑張ったから帰ろうかな」
体感で10分も労働したわね。確か、庶民はそれで1時間も休みが貰えるんでしょう?
それなら私は10時間の休みがないと可笑しいわね。
「出口がないじゃない……っ!ここは不良ダンジョンね!」
ダンジョンに出口は当然だがある。
いくら内部が晴々とした草原だとしてもただの洞窟に変わりがないのだ。
--つまり、10分で迷っただけ。
「まったく!不良ダンジョンなら何とか薬がないわけだわ!」
華族の私が10分も探して見つからなかったのだから、このダンジョンは不良品。……此処に私を連れて来た人間は絶対にバカよね。
後で文句を言ってやろうと出口へ向かうけれど、何処に行ってもただ草が広がっているだけ。
「もう!いい加減にしなさいよ……っ!」
会社で働く事でしか金を稼げない愚民が私を嘲笑しているのも腹が立つし、お嬢様の私に暴力を振るったクソジジイは死刑にしてやりたいほど憎い。
それに、こんな雑草ダンジョンで何をしろっていうのよ?!
--キュキュッ!
暫く歩き続けると真っ白なふわふわのウサギモンスターが1匹、目の前に現れた。
真紅の瞳をこっちに向けて、顔を傾げる様子を見て、
「きゃああああああああ!!!」
私は大絶叫していた。
(きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい……)
人間以外では犬とネコ、鳥までしか許容範囲ではない百華は強い拒絶反応を起こし、その場で膝から崩れ落ちてしまう。
私の声を聞いたのか、キモいウサギの仲間が何匹、何十匹と集まり、私を注視している。
(た、食べるつもり?!)
「い、いや!来ないで!!!」
なお、このウサギは見た目通り、ふわふわもちもちの可愛いウサギでしかない。人間界と違う所は人間が大好き過ぎるという一点のみ。
ウサギ達は人間の女性が悲しそうだと思い、一緒に遊んで癒してあげようと、人間の好きなふわふわのウサギ達が集まって来たのだ。
「わ、わわ、私、美味しくない!」
ウサギ達は?マークを浮かべながらも、大好きな人間にぴょんぴょん近付きダイブする体制を整える。
(きっも!ぴょこぴょこバッタのように……キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい)
ウサギの良心も虚しく、残念ながら百華には恐怖をより植え付ける行為でしかない。
--キュキュッ!キューーーッ!
人間の言語がわからないウサギモンスター達は一斉に百華の全身へダイブを決め込む。
「い、いやああぁぁぁああああ!」
絶体絶命の危機を迎えた百華だが、モフモフが突進してくる気配がなかった。
ポフッ、ポフッ、
突進してきたウサギ達は喉を一瞬掴まれ、元の位置に戻される。
「……へっ?」
(まさか、誰かが助けてくれたの?)
ダンジョン内にある太陽のような逆光で顔がよく見えないが、誰かがウサギ達を放り投げているのは分かった。
この生命の危機的な状況で私を救ってくれたという事は、きっと……
「王子様……じゃないわね」
庶民の中にいる普通のブサイク。
肌は綺麗だけれど、輪郭というか、骨格?顔のパーツが兎に角、ただのブサイク。
(私の感動を返してほしいわね)
「アンタ、ブサイクな顔だけれど、良くやったわ。褒めてあげてもいいわよ」
「……っ それは、どうも」
鈍臭い奴ね。コミュ障かしら。
(でも、出口まで案内させるには丁度いいわね)
コイツも私の美貌に酔いしれて、言葉を失った感じでしょう。
「じろじろ見ないでくださいません?ハッキリ言って庶民の冴えない男共と同じで気持ち悪いので。ただ、特別に--」
可愛い私と話すのが照れ臭いのか、ブサイクな男は無言で何処かに行こうとする。
「ちょっと!!!私が話しているでしょう?!幾ら冴えない陰キャ寄りのブサイクとは言え、コミュ障過ぎるわよ!」
「……清々しいほどの暴言だな」
「暴言?何を言っているのよ」
事実を言っているだけなのだから、暴言ではないでしょうに。
--ああ、下民は学が無いから正しい言葉の意味すらわからないのね。
「お可哀想。……って!また何処に行こうとしているのよ!まさか今さっき話した事すら忘れるような脳みそしているの?--信じられないわ」
「お前こそ、頭大丈夫か?よもやこんな人間がいる事自体、神秘なのだが」
(私が神秘?神秘的に美しい美貌と名門の家柄ということくらい、当たり前じゃない)
「そんな当たり前のことすら知らないのね……」
「???……もはや珍獣レベルだな」
さっきから会話が成り立たないわね。知能レベルが低すぎるとこうなるのかしら。
「はぁ、何でもいいからさっさと出口まで案内しなさい。これは華族からの命令よ。逆らったら……学の無い貴方でもわかるでしょう?」
お父様に言って裏社会の奴らに処刑させてやる。
「まぁ、出口くらいなら、わかった」
「最初っからそう言いなさいよ。本当、鈍臭い人間は嫌いよ」
◇
「管理番号11072番、神秘薬を提出しろ」
出口には柄の悪そうなダンジョン職員が3人、待ち構えていた。
「はぁ?この雑草ダンジョンに薬なんてある訳ないじゃない。頭にウジでも湧いているの?」
「11072番の命令違反を確認した」
「規則第77条による違反である」
「懲罰の許可を求む」
まるでロボットのように規則正しく何処かへ連絡する職員。
「私に懲罰って、バカじゃないの……華族が言っている事が全て正しいのだから、貴方達が罰を受けるべきでしょうに。もういいわ。アンタ達の家族ごと--」
百華から続きの言葉は出なかった。
いや、正確には声は出た。
「ぎゃああぁぁぁああああああ」
--絶叫という名の、悲鳴が。
百華は高校生活では出来なかった大学生ならではの公務という豪遊に明け暮れていた。
--それは世界一周旅行だ。
繁華街で上位のホスト、人気俳優、性欲処理用の顔の良いAV男優まで集めたメンバー。華族や大企業の御曹司はスキャンダル防止や意外にも貞操観念がしっかりしており、参加していない。
事が起きたのは、バチカン市国での
酒、タバコ、媚薬から
パレードでは教皇が代々受け継ぐ事になっている『天使のキス』の継承が行われる最中であった。
キスと言っても、教皇のおじ様が、新しい教皇のおじ様にキッスをするのではなく、全面が真紅に輝く小箱の継承。
--伝承では天使と人間が恋仲になり、複数体の子を設けたとされている。しかし、神は人間を一番に愛し、天使と人間の子供を認めなかった。だが、事実は違った---その子供達は神をも超える力を有して生まれたそうだ。絶対的な存在で無ければならない神はそれを恐れ、大天使が封印されたとされている。
『天使のキス』は、その子供達を封印した箱であり、別称パンドラの箱と呼ばれていた。
愚者なる人間、天使、悪魔、神のいずれかがキスをする事で開くが、今まで一度も開かれた事はない。
何故なら、何年、何千年、何億年も閉じ込められた可能性がある子供達は果たして神、天使、人間の味方をするのだろうか?--普通に考えれば報復されるだろう。
そのような考えから出て来る子供達は『悪魔』と見做され、世界で最も神聖で愚者とは対極の高潔なる者が受け継いで来たのだ。
--まさか、愚者の手がすぐ側まで近付いているとも知らずに。
薬と酒によってテンション上げ上げのパリピになっていた複数人の男達と女は日本国用の車を我が物顔で乗り回し、1番偉そうな教皇の元へ向かった。
--そこからはただの悲劇だった。
他国で公務用の車が通る事に警備の警戒が薄れ、市民約4名と教会幹部4名、新旧教皇が轢き殺された。
「なんにゃ、こりぇ〜!」
そして、そのまま齧った。
以降はバチカン市国を中心に世界の敵となった日本であったが、世界大戦前に大問題が発生している現在は戦争の準備のみ進められている。
幸いにも日本には転移魔法の使い手、勇者、聖女、賢者、剣聖、精霊使いと言った強者ばかり揃っていた事もあり百華だけは帰国出来た。
情報は世界中の緘口令によって統制されたものの、百華の実家は各国の首脳会談で取り潰しが既に決定していた事もあり、日本では白い目で見られている。
百華を殺したい世界、一方で『天使のキス』の解除者を研究して再封印をしなければならない理性がせめぎ合っているのだ。
こうして、監視と懲罰のために百華の背中には聖女と賢者が施した世界最恐の呪いが深く切り刻まれる事になった。
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