1:誕生から反抗――泣かないことで世界を拒む


 ◇

 


 まるで、膜が破けたみたいに。

 この世界に差し込む、最初の”光”が、私の全身を貫いた。


 目の奥が焼けるような強烈な光に、反射的に目をぎゅっとつぶる。

 薄暗くて穏やかな水の中から、いきなり炎天下の砂漠に引っ張り出されたような衝撃。

 光が”暴力”になることってあるんだな。



 眩しい。

 うるさい。

 寒い。

 息が、勝手に吸い込まれて、肺が焼けるように痛い。



 息苦しさから解放されたはずなのに、肺は火でもついたみたいにヒリついてる。

 喉の奥が焼けるように熱い。

 息って、こんなに”痛い”ものだったっけ?



 ああ……。

 また、始まってしまったんだな…。いつもの感覚が、もどってくるわ…。しかも、激痛付きで。



 まだ、肺が痛む。なのに…。

 気づけば、私は体を逆さづりにされていた。

 足が上で、頭が下。視界は白くて、ぼやけて、何も見えない。


 次の瞬間、”ぺちん”と、尻に直撃する刺激。


 ……は?なにこれ?

 思わず目を開きそうになるくらいの衝撃。


 痛い。普通に痛い。皮膚の奥にまで響くような、湿った音と刺激。

 まだ、皮膚が薄いんだって。



 さらに…ぺちん! 



 これは……尻、叩かれてるよね?

 何…この拷問。なんの儀式? 


 でも…。私は、泣かない。だって、私はアラフォーだ。

 尻を叩かれたくらいで泣くようなメンタルは、とっくに置いてきた。 

 これまで、もっと痛くても、寒くても、どうしようもないことってのは、散々味わってきたんだ。

 これぐらいの痛みなら、耐えてやるよ。


 今、泣いたら負け…。というか…。

 本当に、ぬくもりと静けさの間にいた、あの長期休暇の続きに戻れる可能性がなくなる気がする。



 ……耐えるさ。これくらい。

 ……これくらいなら、まだ……。


 そろそろ…。尻が限界です…。

 私がそう感じるぐらい、ぺちぺちと尻を叩くも…。

 泣く気配がない私に、周囲がざわついた気がする。


 「~~~~?」「~~~……」



 なんと言ってるのかは…聞こえない。

 耳に水がまだ入ってるのか、音が、ぼんやりしてる。水中で聴くような感覚だ。

 私の耳がまだ、生まれたてのチューニングモードだからかもしれない。

 

 それでも”戸惑い”のような空気が混じっていた。


 その後、あきらめたのか、逆さづりは終わった。

 代わりに、ぬるいお湯のようなものに浸けられる。


 ……しみる。さっき叩かれたお尻が。

 ひりひりして、ぬるま湯が染みて、じんわりと違和感が増していく。


 ふと、耳元で誰かの声がした。

 優しそうだけど、焦りと緊張を帯びた声だった。


 「~~……泣かない……のか?」


 聞き取れたのは、その一部の音の響きだけ。




 まぶたの奥の光は、徐々にやわらいできた。

 少しずつ、まばたきを繰り返して、なんとか視界を開いていく。

 でも、全体が滲んで見える。まるで水中にいるみたい。ピントが合わない。


 視界の端に、影のような人の形がいくつかぼやけて見える。

 ……それでも、ちゃんとわかる。



 私は……世界に戻ってきてしまった。

 はぁ…。仕方ない…。また…始まるのか…。



 ◇



 また…。始めるにしても…。気が付いたことがある。


 寒いと思ったら…。私…裸じゃん。恥ずかしいぞ。

 と、羞恥心が頭をよぎった瞬間。タオルで体が包まれた。

 これで、少し安心だね。

 

 そして私は、腕の中から腕の中へと、誰かの間を移動させられる。


 次に抱いた人物は、身長が高い。

 銀色の髪が揺れて、顔をのぞき込んでくる。

 目の色は……紫? 視界がぼやけてるけど、たぶんそんな感じ。

 


 そして、何かを言った。

 「……ふしぎな…子だな」

 音の調子が、たぶん、そう言ったと思う。


 この声、なんか、聞いたことあるなぁ…。

 遠くから聞こえてきてた、あの声だ。

 私がまだ、胎内にいたとき……ずっとそばにいた音のひとつ。


 その人は、私をベッドに寝かせた別の女性に手渡す。

 黒髪、赤い瞳。こちらも、どこか懐かしい響きで何かをつぶやく。


 でも……やっぱり、わからない。まだ、音がぼんやりとしか聞こえない。

 ただ、彼女たちの腕の中は、温かかった。


 そして……どこか怖かった。



 もう、人生なんて…飽きてるんだけどなぁ…。

 苦しさも、愛しさも、空しさも、ぜんぶ知ってるのに。

 また……やり直しか……。ため息が出るわ。


 どれだけ頑張っても、最後には何も残らないのに。



 泣くには、十分すぎるほどの材料があった。

 けど私は、泣かなかった。


 泣かないことで、私は世界に対して「拒否」の意思を示したかった。


 ……望んだわけじゃない。

 誰も頼んでない。

 なのに、またここから生きろって?

 そんな理不尽すぎる呼びかけに、私は応えない。


 それくらいのプライドぐらい、持っていたい。




 やがて、まぶたが重くなってくる。

 体の感覚が、どんどん鈍くなっていく。

 まるで、どこか深い水の底に、再び沈んでいくような眠気。


 視界が、ゆっくりと閉じていく。

 銀の髪も、赤い瞳も、どろりと溶けて、光の向こうへ消えていく。



 もし神がいるなら言っておきたい。

 次は、もっとマシな人生にしてくれ。

 ……ってか、できれば次は、虫でもいい。一度飛んでみたいから、ハエでも構わないわ。すぐに、消えられるやつで。


 眠い……。

 まぶたの裏に、まだ光がちらちらしている。


 もうすぐ……真っ暗になる。

 再び、あの無音の世界へ。


 ほんの少しだけ、私は、笑いそうになった。


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