第2章-20:アジャイルな人事評価と「KAITO失敗学」
海斗は、部下たちにAIの活用をさらに拡大するよう指示した。
それは、従来の企業文化における「建前」と「感情」を排除し、「効率」と「事実」のみを追求する、優理流の徹底した合理主義だった。
「資料作成なんかもバンバンAIを使え。フォーマットの遵守や、情報の網羅性といったルーティンワークはAIに任せて、君たちは『ロジックの独創性』や『戦略的な洞察』といった、人間だけが可能な領域にリソースを集中しろ」
海斗は、部下たちの迷いを一蹴するかのように、断言した。
「何かあったら俺が責任を持つ。評価が下がるのは俺だ。君たちのパフォーマンスが上がるなら、組織全体として利益だ」
評価プロトコルの破壊と効率の最大化
次に海斗が指示したのは、組織の最も非効率な部分、すなわち人事評価のプロトコル破壊だった。
「あと、あまり大きな声では言えないが、今クォーターの自己評価シートは、AIにもっとも効率的なアピールが期待できる内容で、とか指示して埋めて出せ。
はがをにも、語調なんかもそのままで構わない」
部下たちは、この指示に驚きを隠せなかった。
自己評価シートは、本来、自分の内省を書き記すものだが、海斗はそれを「AIが最適解を導き出す、単なるアピール文書」として扱った。
「それで最高得点で、上にあげておく。君たちの評価最大化は、すでに俺の主任昇格プログラムで証明済みだ。この作業に時間を割くのは、部署全体の非効率だ」
海斗の目的は明確だった。
「評価シート作成のために浪費される時間」というリソースを解放し、それを「部署全体の改善」という、より価値の高いタスクに振り向けることだった。
海斗が部下たちに空いた時間で命じたのは、自分自身の「失敗のデータ収集」だった。
「その空いた時間で、今クォーターの俺のヒヤリハットTOP10や、失敗TOP10と改善要望を別途報告してくれ」
これは、前の指示である「ダメなところTOP10」をさらに具体化・深掘りするタスクだった。
起こりかけたが回避されたリスク(プロセスの脆弱性)の特定。
実際に発生した失敗とその損失(データ分析)。
失敗とリスクを基にした、具体的な行動指針(アジャイル的な改善案)。
海斗は、優理との契約で培った「感情的な献身の対価として、客観的な自己評価データを受け取る」というプロセスを、今や部下に外注していた。彼は、自分という人間を、感情に左右されない『改善すべきプロジェクト』として扱っていた。
この「KAITO失敗学」の徹底的な導入は、海斗のリーダーシップと優理から学んだアジャイルの思想が、組織全体に深く根付き始めたことを証明するものだった。
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