第1章-22:映画館でのROI分析(おまけ)

カップル優遇の実感を伴う次の共同プロジェクトとして、二人は週末に映画を観に行くことになった。

これは、「疑似恋人」としての役割遂行と、その経済的・社会的利益の検証を兼ねた、新たな「市場調査」だった。


二人が選んだのは、最新の話題作だった。チケット購入の際、優理は当然のように「ペアチケット」を選択するよう海斗に促した。


「海斗さん、本日の映画鑑賞は、『カップル料金』という形で、通常のチケット料金から約20%のコスト削減が見込めます」


優理は、チケットを手にしながら、まるで四半期の経費報告のように淡々と告げた。彼女にとって、映画は「感動」ではなく、「割引」という名の明確なリターンをもたらす、契約遂行の一環だった。


「優理は、本当にROI(投資利益率)の計算が早いな。僕一人で行くよりも、君といるだけで、余計なコストが発生しない。これも第5条『経済的優遇の獲得』の明確な成果だ」


海斗は、優理の隣に立ち、彼女の計算高さに感心した。

彼らは、感情を排したパートナーシップを結ぶことで、金銭的な面での「愛」(つまり、コスト削減)を実現していた。


劇場に入ると、優理は通路側の予約席にむかう。

カップルシート。

これも、彼女の合理的な判断に基づいている。


「この席は、他者との不必要な接触を避け、鑑賞中の感情的データ収集に最適な場所です」


映画が始まると、優理はプロトコルに従って、意識的に『恋人』としての振る舞いを試みた。

優理は、映画の展開に合わせて、小さな声を上げたり、海斗の腕に軽く触れたりした。

しかし、それは感情の衝動ではなく、『恋人ならばそう振る舞うべき』という、彼女の理性による指示だった。


映画がクライマックスを迎えたとき、優理は海斗の腕に頭を寄せた。


「海斗さん。観測データです」


優理は、極めて小さな声で囁いた。


「この身体的な接触は、感情の増幅に貢献します。

ですが、このアクションは、『共感という名の社会的ルール』を遵守しているだけであり、真の愛情を伴うデータとは見なせません」


「同意する。だが優理、その分析を僕に耳打ちするという行為自体が、契約外の『親密さ』というデータとして、僕の脳内に記録されているぞ」


海斗は、優理の頭をそっと撫でた。

彼女は、必死に感情を分析しようとしているが、その行動一つ一つが、彼らの間に『契約外の親密さ』という名の、新しい感情を生み出し続けているのだ。


映画が終わり、外に出ると、優理は満足げに総括した。


「本日の市場調査は成功です。経済的な優遇措置を獲得し、公共の場における『恋人としての役割遂行』のパフォーマンスも良好でした」


しかし、海斗は、優理のその冷静な言葉の裏に隠された、彼女の小さな変化に気づいていた。


「優理。次回は、君が『優遇措置の適用外』となる活動を提案しよう。優遇措置という報酬がないとき、僕らがそれでも一緒にいたいと判断するかどうか。それが、この契約の真の損益分岐点となるだろう」


優理は一瞬立ち止まり、海斗を見上げた。

彼女の瞳に、その提案の非合理的な挑戦が、明確に映っていた。


「…承知しました。その『リスクの高い提案』、定例会議の議題に組み入れます」

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