第39話「王都改革――公開庖丁局、座りの学校」
雪はもう細く、白は街の角にだけ残っていた。
扇置(おきおうぎ)の翌朝、王城前の広場は、裁きの石から教室の石へと静かに変わる。まずは黙を置く。鍋の縁に手をかざし、喉の雪を一口。第一拍はいつもと同じだ。
「——段取り、いくよ」
荷車の覆いを上げ、今日は二つの場を起こす。
公開庖丁局(こうかいほうちょうきょく):
“切る”を座らせるための局。紙の刃/言の刃/鉄の刃を同じ規格で扱う。
刃秤(はばかり):切り口の息と黙を測る秤(黒密鏡と紙息を内蔵)。
鞘台(さやだい):速度を鞘に収める台。黙拍穴太鼓と連動。
庖丁唄(ほうちょううた):一で洗い/二で測り/三で運び/四で座る。
章印口(しょういんぐち):四手責×四口責の章印を押す窓。
白帳(しらちょう):空き縁の白を広く取った記録帳。
座りの学校:
見比べ台と喉鏡を主教材に、百返しを子どもから老いた手まで教える。
指の歌/足拍逆輪唱/冬位相。
続き札(三型:子ども路/老いた足/港風)。
王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷く。監察筆は札袋をがん。
ジルベルトは鞘台に黙拍を通して音の尖りを取る。老女の陶工は響き輪印の輪を焙り、章印口に触れて満足げだ。
そして——石段の上に白い扇。カルド。今日は扇を水平に持っている。風よりも幕の角度だ。
一幕:庖丁局の開局——“切る前に座らせる”
黒板に白で大きく掲げる。
【公開庖丁局・開局告】
一、刃は鞘から。黙拍に合わぬ切りは座らず無効。
二、章印口にて四手責×四口責を押す。筆頭欄は廃す。
三、白帳の空き縁に拾いを許す。改竄にあらず、続きなり。
四、庖丁唄を輪唱できない現場では急切禁止。
五、距離税は鍋寄進へ読替え。紙貨額面で固定せず。
庖丁局の初仕事は、市中で揉めていた配肉場。
速度を名に持つ包丁師が、一点押印の札を掲げ、切り口の美しさで早配を正当化していた。
列は確かに速い——のに喉が詰まり、足拍が乱れる。座らない速さだ。
「庖丁唄、輪唱」
「一で洗い」
「二で測り」
「三で運び」
「四で座る」
刃秤に切り身を置く。紙息で折り、黒密鏡で覗き、喉鏡の前で薄椀を一口。
——三までは美しい。四が無い。
鞘台に載せ、黙拍を一拍足す。刃は静を経てから通になり、庖丁唄と位相がそろったところで章印がちり。
切り身は同じ厚さでも、食べる速度が街に合う。切るは座らせるの前にある。
カルドが一歩、鞘台に寄った。
「速度は剣。鞘は局。
——剣は鞘で街具になる」
彼は扇の骨で鞘台の縁を叩き、黙を確かめた。冬扇は、もう局の道具だ。
二幕:鍵会(かぎえ)――“誰がいつ開けるか”
王都でいちばん揉めるのは、“開ける”と“閉める”の鍵だ。
橋の関板、港の封、夜の灯。鍵は一点に集めると速いが、倒れに弱い。
「鍵会(かぎえ)を起こす」
俺は置主簿に新しい頁を差し込み、四本の鍵を輪に吊るした。
橋鍵(はしがね):節釘の黙を開ける鍵。
封鍵(ふうがね):鳴らして開ける鍵。
灯鍵(ひがね):影窓を開閉する鍵。
鍋鍵(なべがね):共助鍋の火を低→中→高へ渡す鍵。
四鍵責(よんがねせき)。
四口責/四手責の姉妹。開けることの倒れない責だ。
鍵は位相札で時刻と呼吸を残し、鍵会の輪唱で運用される。
扇令はここで規格に降りる。冬扇役(とうせんやく)として、カルドが影窓の鍵を持った。
彼は抵抗しない。ただ、扇を少し低く構えた。
「扇は閉めすぎない。黙を削らない。——それが冬扇役の掟だ」
「剣ではないからね」
彼は短く笑い、“冬の角度”を一拍だけ緩めた。
三幕:座りの学校——“指の歌、耳の喉”
正午、広場は教室になった。
見比べ台の前に小椀と紙と太鼓。
子どもたちには指の歌、老いた手には長黙、港の人足には足拍逆輪唱。
黒板には短い歌。
♪ 親(いち)で置き 人(に)で支え
中(さん)で押して 薬(よ)で座る
——黙、小指は、続きのために空けておく
喉鏡の前で、全員が薄椀を一口。耳は喉に付いている。
紙より前に、口より前に、喉で揃える。
庖丁局の窓口にも、薄椀一口の看板を立てた。味が判の入口である、と街の人が覚えるように。
リーナは続き札の配り方を教え、子どもたちは白帳に喉の雪の絵を描く。
白は入口。文字がなくても、続きは始まる。
四幕:紙梁の復活――“黒の雨、二度目は薄い”
午後、紙梁が王城通りに掛かった。
上から黒の雨で白を濡らし、夜刷りだけを抜く古い仕掛け。
でも二度目は薄い。
影窓が標準になり、冬扇役が梁の上で扇を幕にして黙を増やす。
紙息で折り、小楔で縁を立て、**湯気印(二重)**で白を起こす。
梁はまだ残るが、凶具ではない。道具だ。
カルドは梁の上で短く言った。
「速度のために黙を殺した器具は、黙のために速度を選ぶ器具に変えられる」
冬の顔のまま、言い切った。
五幕:庖丁局・公開検見――“縦の速さ/横の速さ”
夕刻、庖丁局の前に長い卓を出し、公開検見。
扇令時代の縦の速さ(隊列の伸び)と、判章時代の横の速さ(座の広がり)を黒密鏡/喉鏡で見せる。
縦は数字が速い。
横は生活が速い。
百返し統合が入ってから、倒れが座りに変わるまでの拍数が半分になった。
遅延は少し増えたが、同じ拍のなかで多くの人が食べられるようになった。
街はそれを体で理解する。喉で納得する。
エリクが眠そうに結語の草案を一枚。
【王都改革・第一束】
・公開庖丁局を常設。庖丁唄/鞘台/刃秤/章印口/白帳を標準。
・鍵会を設置。四鍵責で開閉を運用。冬扇役=カルド。
・座りの学校を日次二座。喉鏡一口を入場基準。
・紙梁・太鼓・封音の器具は黙準拠へ改修。
・肩替え表を各区の置主簿に常設。
監察筆ががん。
札の音は、罰ではなく拍になって街へ散る。
六幕:カルド、冬の勘定――“速度を鞘に納める”授業
日が落ちる前、カルドが学校で短い授業をした。
題は**「速度の勘定」**。
彼は扇を横にし、均拍太鼓の前で言う。
「速さには二つある。
一つは剣の速さ。数字で測れる“通過”の速さ。
一つは鞘の速さ。座で測れる“続き”の速さ。
——私は前者しか知らなかった。冬は、後者を必要とする」
扇の骨の間に薄布が張ってある。
冬扇は、もう黙の器具だ。
彼は鍵会の輪に座り、灯鍵を四相の息で回す。
四でやると、速さは遅れるのではなく、戻れるようになる。
倒れのあとに続きがある。それを勘定できる。
リーナが笑って手を上げた。
「授業、合格」
ジルベルトが太鼓をちんと鳴らす。
「甘い火は算盤が要らない。黙で座る」
七幕:共助鍋、常夜の椀
夜。
共助鍋が市内五ヶ所で同時に火を入れた。
距離税→鍋寄進の板が立ち、薄い粥が一椀ずつ流れる。
喉鏡の前に立って一口。通りが揃い、学校も庖丁局も鍵会も同じ高さで動く。
王都改革の本体は、ここにある。
食べられる形で物事を出す——それだけだ。
老女の陶工が花割を掲げ、子どもが喉の雪の絵を白帳に差し込む。
空き縁は白い。続きはいつでも入れる。
カルドは鍋の火を見て、扇を膝に置いた。
冬の顔だが、骨は緩い。
八幕:王弟の結語——“罰ではなく、段取り”
王弟が短く言う。
「王都改革の核は段取り。
罰は最後。
段取りで止まるものは、止まったと言っていい」
エリクが眠そうに書き足す。
「掲示:
“主は場に、名は続きに。
四で押し、四で告げよ。
刃は鞘から、判は喉から。
冬の黙に、二重の湯気。”」
札ががん。
街の紙の高さがまた一段、下がった。
夜の仕込み:最終話へ
「段取り、締め」
一、庖丁局の“切る前に座らせる”手順書を小冊子化。白帳に差し込める背幅で。
二、座りの学校に**“朝の往/夜の復”の百返し練習帳**を配布。
三、鍵会の“四鍵責”を輪唱帳と連動。位相札を標準に。
四、冬扇役の影窓講習を定例化。扇=幕具の心得を街へ。
リーナが囁き札を指で弾いて笑う。
「ねえ、“鍋は叫ばない”って、次の掲示にぴったりじゃない?」
「——最終話の題だ」
ジルベルトが太鼓の穴を撫で、長黙に落とす。
「甘い火は、静でいちばん強い」
雪はやわらかく、跳ね芯は二燃一黙で白を育てる。
湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
次回——第40話「鍋は叫ばない」
紙は速い。
でも、拍は座る。
そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。
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