第11話

目の前の景色が、ぐにゃりと歪む。

クラスメイトたちの悲鳴とも歓声ともつかない声が聞こえた気がしたが、それも一瞬のことだった。


俺のスキルによって、馬車ごと異次元の倉庫に収納された彼らの時間は、完全に停止している。

静寂が訪れた森の入り口に、俺は一人、ぽつんと佇んでいた。


「さて、と。じゃあ、ひとっ走りしますか」


俺は誰に言うでもなくそう呟くと、自分の足元の空間を切り取り、上空へと移動させた。

ぐん、と体が浮き上がる感覚。

あっという間に、不気味な黒の森の木々が、眼下に広がっていく。


「おお、絶景だな」


空から見下ろす黒の森は、まさに黒い絨毯のようだった。

時折、巨大な翼を持つ魔物が空を飛んでいるのが見えるが、俺の存在には気づいていない。俺は空間ごと移動しているため、気配も魔力も完全に遮断されているのだ。


俺は、自分の足元の空間を収納し、数キロ先の空間に取り出す、という作業を高速で繰り返した。

疑似的な瞬間移動。

眼下の景色が、目まぐるしい速さで後ろへと流れていく。風を切る音すらない、静かで快適な空の旅だ。


こんな芸当ができると知ったら、セレスティーナあたりは目を輝かせて研究させろと迫ってくるだろうな。

面倒なことになる前に、この任務はさっさと終わらせてしまおう。


地図で確認した前線基地の場所は、この森を抜けた先にある平原地帯だ。

森の上を移動し始めてから、三十分ほど経っただろうか。

前方に、森の切れ目と、だだっ広い平原が見えてきた。その中心に、砦のような簡素な建物と、無数のテントが張られているのが確認できる。あれが、前線基地だろう。


基地の周辺では、小規模な戦闘が散発的に起こっているようだった。

魔物の群れが基地に襲いかかり、それを兵士たちが必死に撃退している。


「ご苦労なこった」


俺は他人事のようにつぶやくと、基地から少し離れた、魔物の気配がない安全な場所へと降下した。

地面に降り立つと、俺は早速スキルを発動させる。


「取り出し」


心の中で念じると、何もない平原に、突如として二台の豪華な馬車が出現した。

寸分の狂いもなく、完璧な着地だ。


馬車の中から、がやがやと騒がしい声が聞こえてくる。

どうやら、彼らの停止していた時間が、再び動き出したらしい。


俺が馬車の扉を開けると、中からクラスメイトたちが、何が起こったのか分からないといった顔でぞろぞろと出てきた。


「……え?」

「ここ、どこだ……?」

「さっきまで、森の入り口にいたはずじゃ……」


彼らは、目の前に広がる景色を見て、呆然としている。

鬱蒼とした森ではなく、開けた平原。そして、遠くに見える前線基地。


「ようこそ、皆さん。黒の森、横断ツアーはこれにて終了です。目的地に到着しましたよ」


俺がそう言ってにっこり笑うと、彼らは一斉に俺に視線を向けた。


「と、到着……?」

「嘘だろ……だって、まだ一瞬しか経ってない……」


クラスメイトの一人が、自分の腕につけた時計を見て、目を丸くしている。

もちろん、針は一分も進んでいない。


「言ったでしょう。感覚としては、一瞬だって」


「……本当に、時間を、止めて……?」


木村が、信じられないといった様子で呟く。

その顔は、驚きを通り越して、もはや畏怖の色を浮かべていた。


俺のスキルが、物理法則や時間の概念すら超越した、まさに神の領域の力であることを、彼らはその身をもって体験したのだ。


「さて、感心している暇はありませんよ。あれが前線基地です。さっさと物資を届けて、俺たちの仕事は終わりです」


俺がそう言って基地の方を指差すと、彼らははっと我に返り、慌てて自分たちの武器を握り直した。

しかし、その顔には、先ほどまでの緊張感はまるでない。

あれだけ恐れていた黒の森を、一歩も足を踏み入れることなく、完全にスルーしてしまったのだから、無理もないだろう。


俺たちは、前線基地の入り口へと向かった。

見張りをしていた兵士が、俺たちの姿を見つけて、驚いたように駆け寄ってくる。


「き、貴官らは何者だ!? どこから現れた!?」


兵士は、ひどく疲弊した様子だった。鎧はところどころ壊れ、顔には生々しい傷跡が残っている。


木村が、一歩前に出て、懐から身分証を取り出して見せた。


「我々は、王都から派遣された勇者パーティーだ! 救援物資を届けに来た!」


「勇者パーティー……!? 王都から……?」


兵士は、俺たちの綺麗な装備と、その後ろにある豪華な馬車を見て、信じられないといった顔をしている。

黒の森を越えてきたにしては、あまりに無傷すぎるからだろう。


すぐに、基地の責任者らしき、壮年の騎士が駆けつけてきた。


「私が、この基地の指揮官、バルトロだ。あなた方が、勇者様御一行か。よくぞ、ご無事で……しかし、一体どうやって、あの森を?」


バルトロと名乗った騎士の問いに、木村は言葉を詰まらせた。

どう説明したものか、迷っているのだろう。


俺は、そんな彼らの前に進み出た。


「どうも。俺が、今回の輸送担当です。細かい話は後にして、まずは荷物を下ろさせてもらっても?」


「輸送担当……? 荷物、だと? 馬車二台分の、間違いか?」


バルトロは、怪訝な顔で俺を見た。

基地が要請した物資の量は、馬車二台で運べるようなものではない。俺たちが、任務の重要性を理解していないと思ったのだろう。


「いえいえ、ちゃんと全部持ってきてますよ。少し、広い場所を貸してください」


俺はそう言うと、基地の中で一番広い広場へと案内してもらった。

広場の周りには、休息を取っていた兵士たちが、何事かと集まってくる。誰もが、その顔に深い疲労の色を浮かべていた。


俺は、そんな兵士たちの中心に立つと、スキルを発動させた。


「取り出し」


その瞬間、俺の目の前に、食料の入った樽や木箱が、次々と出現し始めた。

一つや二つではない。

出現した木箱は、あっという間に小山のような高さを形成し、さらにその山は、どんどん横へと広がっていく。


ドン、ドン、ドン、という重い音と共に、地面が揺れる。

食料の次は、真新しい武器や防具の入った箱。そして、回復薬がぎっしり詰まったケース。


「「「おおおおおっ!!」」」


広場を囲んでいた兵士たちから、どよめきが起こった。

それはやがて、歓声へと変わっていく。


「食料だ! 大量の食料だぞ!」

「見てみろ! ポーションも山ほどある!」

「新しい剣だ! これで、まだ戦える!」


彼らは、目の前にできた物資の山に駆け寄り、信じられないといった様子で、それに触れている。

中には、涙を流して喜んでいる者さえいた。


俺が物資を全て取り出し終える頃には、だだっ広かったはずの広場は、巨大な倉庫のように、物資の山で埋め尽くされていた。


「……な……」


指揮官のバルトロも、勇者の木村たちも、その場にいた全員が、言葉を失って立ち尽くしている。

彼らが数ヶ月はもつだろうと要請した物資の、その全てが、今、ここにある。

それを、たった一人の男が、一瞬で、何もない空間から取り出してみせたのだ。


「さて、と。輸送はこれで完了ですね。あとは、皆さんの仕事です」


俺がそう言って、物資の山を指差すと、バルトロははっと我に返り、俺の元へ駆け寄ってきた。


「き、君は……一体……神か……?」


その声は、震えていた。

彼は、俺の肩を掴むと、その場に崩れ落ちるようにして、膝をついた。


「ありがとう……本当に、ありがとう……! これで、兵たちは飢えずに済む……! まだ、戦える……!」


彼は、何度も何度も、地面に額を擦り付けて、俺に感謝の言葉を述べた。

周りの兵士たちも、それに倣うようにして、次々と俺に敬礼を送ってくる。


俺は、そんな彼らの様子を、どこか冷めた気分で眺めていた。

別に、彼らを助けたいと思ったわけじゃない。

これは、あくまで依頼だ。金のための、仕事だ。


ふと、クラスメイトたちの方を見ると、彼らは皆、複雑な表情を浮かべていた。

特に、木村は、兵士たちから英雄のように崇められる俺の姿を、どんな気持ちで見ているのだろうか。


彼らは、勇者として、この基地を救うためにやってきた。

しかし、現実はどうだ。

彼らは、何一つしていない。ただ、安全な馬車の中で、一瞬でここまで運ばれてきただけだ。

彼らが担うはずだった、危険な護衛任務は、俺のスキルの前では、全くの無意味と化した。


兵士たちの感謝と称賛は、勇者である彼らではなく、追放されたはずの「荷物持ち」である俺一人に、全て向けられている。


その日の夜、俺たちは、基地の幹部用の部屋で、バルトロから詳しい戦況の説明を受けていた。


「君のおかげで、物資の問題は解決した。心から感謝する。だが……」


バルトロの表情は、依然として険しいままだった。


「戦況は、芳しくない。魔王軍の攻勢は日増しに激しくなっており、こちらの消耗は限界に近い。特に……」


彼は、テーブルに広げられた地図の一点を指差した。

それは、黒の森のさらに奥深く、魔王軍の領土のすぐ手前にある、小さな砦だった。


「第七前哨基地が、現在、敵の主戦力に包囲され、孤立している。もはや、陥落は時間の問題だろう」


「救援は送れないのか?」


木村が、険しい顔で尋ねる。


「無理だ。救援部隊を送れば、間違いなく敵の罠にはまり、各個撃破される。我々には、もうそんな余裕はない」


バルトロは、力なく首を振った。


「あの基地には、百名の兵士と、この国でも有数の魔法使いである、アルマ将軍が残っている。彼女を失うことは、我々にとって計り知れない損失だ……」


その言葉に、クラスメイトたちは顔を伏せた。

勇者として召喚された彼らでも、どうすることもできない、絶望的な状況。


そんな重い空気の中、バルトロが、すがるような目で、俺のことを見た。


「……ノボル殿。君に、もう一つだけ、頼みを聞いてもらうことはできんだろうか」


その視線が、何を意味しているのか。

俺は、嫌な予感がして、内心で大きなため息をついた。

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