第4話

街道を外れ、人気のない場所まで来ると、俺は早速高速移動を開始した。


「うわっ!」


背後から、収納空間内で子爵の情けない声が聞こえてくるが、気にしてはいられない。リリはもう慣れたもので、しっかりと俺の服を掴んでいる。


普段なら半日とかからずに次の街に着く距離だが、今回は少し様子が違った。街道沿いの森の中から、複数の視線を感じる。


「ノボルさん、何かいます」


リリが警戒を強める。猫の耳がぴんと立ち、尻尾が逆立っていた。


「ああ、分かってる。どうやら、お出迎えのようだ」


ラウダ伯爵とやらの手下だろう。仕事が早いことだ。


俺たちの進路を塞ぐように、森の中から十数人の男たちが姿を現した。全員が黒装束に身を包み、顔を布で隠している。見るからに暗殺者といった雰囲気だ。


「止まれ。その荷物を置いていけ」


リーダー格と思わしき男が、低い声で言った。


「断ると言ったら?」


「その小娘の命はないと思え」


男たちは、リリを人質に取るつもりらしい。獣人だからと侮っているのだろう。


「リリ、やれるか?」


俺が小声で尋ねると、リリはこくりと頷いた。


「はい。ノボルさんをお守りするのが、私の役目ですから」


「よし。じゃあ、派手にいこうか」


俺はスキルを発動。暗殺者たちの足元に、先ほど収納したマルス子爵の豪華な馬車を出現させた。


ドッシャァァン!!


何の予兆もなく現れた巨大な物体に、暗殺者たちは対応できない。数人が馬車の下敷きになり、残りの者たちも陣形を崩して散り散りになった。


「な、なんだこれは!?」


混乱する彼らに向かって、リリが飛び出していく。


その動きは、まさに猫科の獣そのものだった。しなやかで、素早い。小柄な体からは想像もできないほどの速度で敵に接近し、懐から取り出したナイフで次々と切りつけていく。


「ぐあっ!」


「こ、このガキ……!」


暗殺者たちは、リリの圧倒的な戦闘能力に驚愕している。彼らが体勢を立て直そうとする前に、リリは既に数人を戦闘不能にしていた。


俺も遊んでいるわけではない。


遠距離から弓を射ようとする者がいれば、その矢と的の間の空間を切り取って無効化する。魔法を詠唱しようとする者がいれば、その口の前に巨大な岩を出現させて妨害する。


「なんなんだ、こいつら……化け物か……!?」


暗殺者たちは完全に戦意を喪失し、ほうほうの体で逃げ出していった。


「ふう、終わりました」


リリはナイフについた血を軽く拭うと、何事もなかったかのように俺の元へ戻ってきた。服に返り血一つ浴びていない。見事な戦いぶりだった。


「お疲れ、リリ。強かったな」


「いえ、ノボルさんのサポートがあったからです」


リリは少し頬を赤らめて謙遜する。


俺は下敷きになった暗殺者たちと、壊れた馬車を再び収納した。後で子爵に文句を言われるかもしれないが、仕方ない。


「さて、と。これで少しは静かになったかな」


俺たちは再び移動を再開した。


しばらく進むと、大きな川が見えてきた。王都へ行くには、この川を渡らなければならない。しかし、橋が落ちてしまっている。


「これは……どうしましょうか」


リリが困った顔で俺を見る。少し離れた場所には渡し船があるようだが、順番待ちで長蛇の列ができていた。あれに並んでいては、日が暮れてしまうだろう。


「問題ない」


俺はスキルを使い、川の対岸までの空間を丸ごと切り取った。そして、その空間を俺たちの目の前に「取り出し」で設置する。


目の前に、対岸の景色が広がった。まるで、巨大な扉が開いたかのようだ。


「さあ、行こう」


「は、はい!」


俺たちは、元々川があったはずの何もない空間を歩いて渡り、あっという間に対岸へとたどり着いた。振り返ると、俺たちが通った空間は元に戻り、再び雄大な川の流れが姿を現している。


渡し船を待っていた人たちが、何が起こったのか分からずに呆然としているのが見えた。


「ノボルさんのスキルは、本当にすごいですね」


リリが心から感心したように言う。


「まあな。これがあるから、商人なんてやってられるんだ」


俺たちはその後も、スキルを駆使してあらゆる障害を乗り越えていった。山賊の群れに遭遇すれば、彼らが根城にしている砦ごと収納して無力化し、険しい山道は、空間を繋ぎ合わせて平坦な道に変えて進んだ。


ラウダ伯爵が差し向けた追っ手も、何度か現れた。しかし、リリの戦闘能力と俺のスキル応用力の前に、彼らは何もできずに撃退されていった。


旅を続けるうちに、リリとの連携もよりスムーズになってきた。俺がスキルで敵の動きを止め、リリがその隙を突いて仕留める。もはや、阿吽の呼吸と言ってもいい。


「ノボルさんと一緒だと、なんだか無敵になった気分です」


野営の準備をしながら、リリが嬉しそうに言った。


「俺もだよ。リリがいてくれると、すごく心強い」


俺がそう返すと、リリは焚き火の明かりに照らされて、はにかんだように笑った。


追放されて一人で放り出された時はどうなることかと思ったが、今ではこんなに頼りになる相棒が隣にいる。人生、何が起こるか分からないものだ。


数日後、俺たちはついにエルロード王国の王都に到着した。


巨大な城壁に囲まれた街並みは、これまで見てきたどの街よりも大きく、活気に満ちている。行き交う人々の数もけた違いだ。


「わあ……ここが王都……」


リリは目を丸くして、きょろきょろと周りを見渡している。


さて、まずは依頼を済ませてしまおう。俺たちは、マルス子爵から聞いていた魔術師ギルド本部を目指して、中央区へと向かった。


ギルドは、一際大きな塔だった。いかにも魔術師の拠点といった雰囲気だ。


入り口でセレスティーナというギルドマスターに会いに来たと告げると、受付の女性は怪訝な顔をしたが、マルス子爵の名前を出すと、すぐに奥へと案内してくれた。


通されたのは、塔の最上階にある豪華な部屋だった。部屋の主と思われる女性が、窓の外を眺めながら俺たちを待っていた。


「あなたが、父の言っていた運び屋ね」


振り返った女性は、息をのむほどの美人だった。燃えるような赤い髪に、知的な翠の瞳。年の頃は二十代半ばだろうか。その身にまとう魔力のオーラは、素人の俺でも分かるほどに強力だ。


この人が、セレスティーナ。マルス子爵の娘で、王都の魔術師ギルドマスター。


「どうも。ノボルです。こちらが荷物になります」


俺はスキルで、例の木箱を取り出した。セレスティーナは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻し、木箱を受け取る。


「確かに。ご苦労だったわ。これが約束の報酬よ」


彼女が差し出した革袋はずっしりと重い。中には金貨がぎっしりと詰まっているのだろう。


「依頼はこれで完了、ということでよろしいですね?」


「ええ。あなたのおかげで、儀式の準備が滞りなく進められるわ。感謝する」


セレスティーナは、見た目の冷たい印象とは裏腹に、丁寧な口調で礼を言った。


「それで、あなた。もしよければ、少し私の話に付き合ってもらえないかしら?」


「話、ですか?」


「ええ。あなたのその、不思議な力に興味があるの」


彼女の翠の瞳が、探るように俺を見つめてくる。魔術師としての探求心が刺激された、といったところだろうか。面倒なことになるのはごめんだ。


「いえ、俺はただの商人ですので。力についても、大したものではありません。それでは、これで失礼します」


俺は早々に話を切り上げ、リリを連れて部屋を出ようとした。


「待ちなさい」


セレスティーナの声が、俺の背中に突き刺さる。


「あなた、もしかして勇者召喚に巻き込まれた『異世界人』じゃないかしら?」


その言葉に、俺は思わず足を止めた。なぜ、彼女がそのことを知っている?


振り返った俺の顔を見て、セレスティーナは確信したように微笑んだ。


「やはり、そうなのね。あなたのその魔力の質、この世界のものとは少し違う。それに、父から聞いたわ。あなたのスキルは、常識では考えられないほどのものだと」


まずい。この人に目をつけられるのは、非常にまずい。


「……それがどうしましたか」


「単刀直入に言うわ。私の研究に協力してほしいの。あなたのスキルを解析させてもらえれば、この世界の魔法技術は飛躍的に進歩するはずよ。もちろん、相応の報酬は支払うわ。望むなら、この国で貴族としての地位を保証してあげてもいい」


貴族。それは、ある意味で魅力的な提案だった。しかし、それ以上に面倒なことになるのは目に見えている。研究に協力など、まっぴらごめんだ。


「申し訳ありませんが、お断りします。俺は、静かに暮らしたいだけなので」


「そう……残念だわ」


セレスティーナは本気で残念そうな顔をしたが、それ以上、俺たちを引き留めようとはしなかった。


俺とリリは、魔術師ギルドを後にした。


「ノボルさん、大丈夫ですか……?」


「ああ、問題ない。それより、宿を探そう。せっかく王都に来たんだ。美味いものでも食べようぜ」


俺はリリを安心させるように、明るく振る舞った。


しかし、俺の胸には一抹の不安が残っていた。セレスティーナという女性、そう簡単にあきらめるタイプには見えなかった。


そして、その予感は的中することになる。


その日の夜、俺たちが宿で休んでいると、突然、部屋の扉が激しくノックされた。


「ノボル様! いらっしゃいますか!」


扉の外から聞こえてきたのは、あのマルス子爵の切羽詰まった声だった。俺がスキルで彼を解放した後、彼はすぐにどこかへ行ってしまったのだが。


俺が扉を開けると、そこには血相を変えた子爵が立っていた。


「大変なのです! 娘が、セレスティーナが……!」


「落ち着いてください。何があったんですか」


「ラウダ伯爵の奴らが、ギルドに乗り込んできて……! 星の涙を奪おうと……! セレスティーナは一人で応戦していますが、相手の数が多すぎる!」


なるほど。儀式を妨害するために、実力行使に出てきたというわけか。


「衛兵には通報したんですか?」


「しましたが、ラウダの奴、衛兵にも手を回しているようで、全く動きません! このままでは、娘が……! お願いです、ノボル様! どうか、娘を助けてはいただけないでしょうか! お礼は、いくらでもいたします!」


子爵は、俺の足元に泣きながらすがりついてきた。


面倒だ。非常に、面倒だ。これは完全に貴族のいざこざで、俺が首を突っ込む義理はどこにもない。


だが、セレスティーナの、あの真剣な瞳を思い出す。彼女は、自分の研究でこの世界を良くしようとしているのかもしれない。それに、一度は依頼を受けた相手だ。見捨てるのは、どうにも寝覚めが悪い。


「……はあ。わかりましたよ」


俺は大きなため息を一つついて、子爵に言った。


「案内してください。ただし、これは俺個人の判断です。あなたとの契約は、もう終わっていますからね」


「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


子爵は何度も何度も頭を下げた。


俺はリリに、宿で待っているように言った。彼女を危険な場所に連れて行くわけにはいかない。


「リリ、お前はここにいろ。すぐに戻る」


「いえ、私も行きます!」


リリは、きっぱりとした口調で言った。


「ノボルさんをお守りするのが、私の役目です。どこへでも、ついていきます」


その瞳には、強い意志の光が宿っていた。俺は彼女の決意を無下にはできなかった。


「……わかった。だが、絶対に無茶はするなよ」


「はい!」


俺とリリは、子爵の案内で、夜の王都を魔術師ギルドへと急いだ。


ギルドの塔の前は、騒然としていた。ラウダ伯爵が雇ったと思わしき傭兵たちが、塔を取り囲んでいる。中からは、激しい魔法の応酬による光と音が漏れ聞こえてきていた。

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