世紀末のリセンド

やまだスライム>▽<

1:2100年記念日と事故の記憶

世の中は冷たくなっていた。

技術は進歩し、人々は生きる上で迷うこともなく、

AIによって機械的で合理的に人の生活は管理され、

ただそれを幸せだと思い生きていく世の中になっていた。


閑散とした高速道路で、ひとりの男がバイクを走らせていた。

雨に打たれながら、目的もなく、ただひたすらハンドルを握っていた。

2100年、男は30歳になり、7年連れ添った妻のお腹には自分の子供がいた。


男は幸せではなかった。


2100年記念の祝祭の雰囲気と妻の笑顔に耐え切れず逃げ出したのだ。

「テツロウ様、おめでとうございます。」

モバイルフォンの通知に気づき聞いた音声が頭から離れない。

自分も妻も子供も、監視下にあるということが恐ろしくて耐えられなかった。

帰らないといけないとわかりながらも、いつかこの震えが収まるのではないかと、

男は背中で輝き続ける祝祭の明かりからどんどん遠ざかり続けた。


みんなこの世の中が狂ってしまっていることに気づいているのではないか。

いつしか音声とテキストを聞き逃さない見逃さないことが生きる上で重要となり、

それに従うことを「人の幸せ」として満足している。いや、諦めているだろうか。

2100年記念の祝祭も妻の笑顔も、ただ、世の中が裏で経済や人口のバランスを

維持するためにはじき出したものだとしたらと思うと恐ろしくてたまらなかった。

究極のAIが創られた時、なんの迷いもなく動かし始めた旧世界の過ちが、

これからの人々をずっと苦しめていくのだろう。


男はそろそろ帰ろうと高速の出口に向かい下りようとした、その時だった。

目の前の空間がまるで手で握りつぶした紙クズのように歪み、ぐちゃぐちゃの地面には姿勢を保っていられず、男はバイクから放り出されて何回も道路の上を跳ねながら坂の下まで落ちた。

地面は真っ赤に染まっていた。手も足も動かず、ただ苦痛に耐える中ででも、男はなぜか安心していた。どんなに大怪我をしても、機械による治療で絶対に死ぬことはないからだ。どんなに痛くても、すぐ機械が楽にしてくれる。そう信じて耐えていた。


何も来ない。


男はガタガタと震え、洪水のように色々な思いが頭の中をいっぱいにした。

死ぬということ。家族のこと。世の中への絶望から楽になるということ。

助けが来ないこと。どうしてこんなことになってしまったのだろうかということ。

男は一瞬にして押し寄せた思いを整理できず、ただガタガタと震えていた。


ついに男の意識はなくなった。

冷たい雨がただ、暗い下り坂でぐちゃぐちゃになった男に降り続けていた。

すると、雨が一時的に途切れた。

男の上空に船が止まり、一本のサーチライトが男を照らした。

光の中から救助隊がロープで降下し、すぐさま心肺蘇生を始めた。

かすかに意識が戻った男は飛空船の中に連れ去られるのを体の感覚でわかっていた。

拉致なのか、わからないが、誰かが来たということに安堵し、目が閉じかけていた。

コツコツとヒールの音がしたことに気づき、男が横を見ると、目の前に白衣を着たブロンドの女性がまじまじと男の顔を覗いていた。

「トリガーはこの男に間違いない。放射エネルギーの測定をすぐに始めて。」


そういうと女はすぐにいなくなった。


何本ものチューブを繋げられながら、男はあの歪みでの出来事を思い出していた。

たしかにあの中で聞こえた、銃声…いや、銃撃戦のような音…。

そして一番頭から離れないのが、赤子の笑い声…。


「ユリカ」


男は妻の名前を呼び、目を閉じた。

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