朧月夜
うない ゆうき
第1話 先輩の横顔
「女子生徒を暗い中、ひとりで帰らせるわけにもいかないからなぁ」
と言った美術部顧問の畠中センセ(ジジイ)に俺は感謝したね。だからその先の
「お前みたいなひ弱そうなのでも、いないよりはマシだろう。それに、手を出す勇気なんてないだろう?」
と、鼻で笑いながら続けた言葉への苛つきは、なかったことにしてやった。
部活の終了時間を過ぎると、ジジイはいつもさっさと出て行ってしまう。なんでも、部活終わりには教務室でコーヒーが飲みたいらしい。
それから15分ほど過ぎた頃、キャンバスに集中して向かっていた、ジジイの言うところの女子生徒…紗倉先輩は、瞬きを一つした後、はっとあたりを見回した。
「うわ、集中し過ぎちゃってた、先生もいない〜!金田くん、待たせてごめんね!」
声かけてくれてよかったのに!などと言いながら、慌ただしく帰り支度を始める先輩。
俺はというと、部活中から自分の作品を描くふりをしながら、合間を縫っては、製作に集中する先輩の横顔を盗み見ており、片付けも時間内にとっくに終わっているので、いつでも帰れる準備はできていた。
「別に大丈夫っす。畠中センセも、女子生徒は1人で帰らせられないって言ってたんで」
俺は片付けを手伝いながらなるべくそっけなく返すと、美術室の教卓に置かれた鍵を手に取って電気を消して、先輩の後について部屋を出た。
その後は教務室に鍵を返して、「紗倉さんを頼んだぞー」だの「変な気起こすなよ」だのという、ジジイを含めた教師どもの声を背中に、廊下を歩いた。
春になって陽が長くなったから、あたりはまだオレンジ色の柔らかい光に包まれて、まだ辛うじて明るい。
正門を出てすぐ左に曲がり、しばらくすると、この田舎町の景色は、田んぼや畑…今の時期は、取り損ねたのか収穫が面倒だったのか、まばらに咲く菜の花のそればかりになる。ごくたまに車は通るが、歩いている生徒は俺たち以外にはいなかった。
スポットライトのように、かろうじて自身の真下を照らす街頭が、ちかちかと瞬きをしてから灯り始めるのを合図にしたように、先輩は等間隔に途切れている歩道の縁石を登ったり降りたりし始めた。
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