なんて、浅はかなのだろう。


【ダメで元々】という言葉は、失敗に終わる確率の方が高いけれど、成功するかもしれないという希望がある人が使う言葉なのだと思う。

 友達にさえなってもらえない私が、二宮くんに告白など出来るわけがない。

【ダメで元々】ではないから。

【絶対的にダメ】なのだから。

 二宮くんへの恋心を押し殺しながら沈静化を待ち、好転も悪化もしない日々をただひたすらに過ごす毎日。-------------だったのに。


〔川田、二宮に続き、二宮の弟にまで手を出す冴木〕

〔猛獣冴木〕

〔野獣じゃん??〕

〔エロ魔人、冴木〕

〔見境ないよね。気持ち悪ー〕


 スマホの画面に次々と並ぶポストに固まる。

 薄れかけていた悪評は、虚偽を作り上げ、瞬時に拡散した。

 ------------二宮弟とまで噂になるの?

 席に座り、スマホを握り締めながら青ざめていると、

「冴木、大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」

 いつもの様に、二宮くんが隣の席に座った。

 いつも通りの二宮くん。二宮くんはまだあのポストを見ていないのだろうか。

「……これ」

 そっとポストの画面を表示した自分のスマホを二宮くんの机に置くと、

「あぁ。見た見た。お前、性の猛獣化してんのな」

 二宮くんが暢気に笑った。

「それは前からだから今更どうでもいい。じゃなくて、二宮くんの弟。大丈夫? 変な中傷受けてない?」

「俺が同じ噂を立てられた時はそんな心配しなかったくせに、アイツのことは心配なんだ?」

 二宮弟を気に掛ける私の態度が気に入らなかったのか、二宮くんが途端に不機嫌な顔をした。

「だって、二宮くんは同じクラスだから、何事もなく過ごしてるの確認済みだもん。でも、二宮くんの弟の状態は分からないじゃん」

 二宮弟はクラスどころか、学年が違う。分かり様がない。

「ふーん。まぁ、アイツは平気。くだらん噂話に落ち込む程、アホでも繊細でもない。そんなに気になるんだ? アイツのこと」

 何なんだ。二宮くんの、この完全に在らぬ誤解をしていそうな言い方は。

「そんなにとは? ごくごく普通に心配しているだけですが?」

 なのでまず、誤解をしているのかしていないのかを探る。

「ふーん。なんか、俺ん家に来た時も何だかんだ仲良くなってたから、てっきり狙われているんだと」

「どっちが、どっちに?」

「弟が冴木に」

 二宮くん、やっぱり勘違いを起こしていた。しかも、勘違いの仕方が酷い。

「どっちもないし‼ そうだとしても逆だったとしても、だったらあの時ヤってるわ‼」

 報われないとは分かっていても、私の好きな人は二宮くんなワケで。

 全力で否定すると、

「黙れ、冴木‼ 変なことを大きな声で言ってんじゃねぇよ‼ またおかしなポストされるだろうが‼」

 そんな私の口を、二宮くんが押さえつけた。

 二宮くんが迷惑がってした行為でさえ、嬉しくなってしまうのだから困ってしまう。

 唇を口の中に吸い込み、上下の歯で押さえながら、綻んでしまいそうなのを堪えていると、

「……つーか、ごめんな。俺、あのポストの発端が誰なのか、心当たりがなくはない」

 私の口を押さえていた手を離し、その手で自分の頭を「あー」と言いながら掻き出す二宮くん。

「誰?」

 二宮くんの顔を覗き込むと、

「……多分、元カノ」

 二宮くんが「証拠はないんだけどね」と溜息混じりに項垂れた。

「何でそう思ったの?」

「元カノから俺と弟にLINEが来た。弟には『冴木さんって知ってる?』みたいな。俺の方には『冴木さん、あんまり良い噂聞かないよ。あんまり関わらない方が良いんじゃない?』的な」

 二宮くんの話から察するに、二宮くんの元カノはこの高校にいるのだろう。

「それで、元カノさんがしたってことにはならなくない?」

「だから、『証拠はない』って言ったじゃん。ただ、弟がさ『冴木のこと知ってるよ。兄ちゃん、家に連れて来たことあるし』的な返事したらしくてさ。そしたらあのポストが出回った。だから、むしろ弟の方が『冴木に悪いことしちゃった』って言ってたくらいなんだけど」

 二宮くんの話に、胸騒ぎがした。

 二宮くんの元カノは、もしかして……。

「……元カノさんに、『よりを戻したい』って言われた?」

「……うん。まぁ……」

 予想通りの二宮くんの返事。

 予感は的中した。

 私は二宮くんの彼女にはなれない。分かっているのに、胸がズキズキ痛む。

『付き合うことは出来なくても、せめて誰のものにもならないで』

 アイドルファンの気持ちが、今なら分かる。

「……より……戻すの?」

 二択の質問を二宮くんに投げかける。聞きたい答えは1つだけ。もし、逆側の返事だったら……。でも、聞かずにはいられなかった。好きな人の好きな人を気にせずにいられるほど、私はお気楽な人間じゃない。

「弟になんで別れたのか聞いたんだろ? 戻すわけないじゃん」

 二宮くんの言葉に、胸の痛みがスっと消えた。

 良かった。まだ誰にも二宮くんを取られなくて済む。胸を撫で下ろしていると、

「なんでそんなこと聞くんだよ」

 二宮くんに、とても正直には答えられない様な質問をされた。

『好きだから、気になるんだよ』と、素直に言えたらどんなに良いだろう。

 そんなことを言えるはずもないから、

「……だって、彼女持ちの男子から毎日教科書見せてもらうって、やっぱ良くないでしょ」

 かろうじて嘘ではない言葉を搾り出す。

「教科書の心配かよ」

 若干イラついた二宮くんは、そう言いながら次の授業の教科書を広げた。

 違う。だけど、否定が出来ない。だから、

「いつもありがとう。二宮くん」

『好きだ』と言えない代わりに、精一杯の感謝の言葉を。

「はいはい。じゃあ、今日もしっかり勉強しなさいな」

 二宮くんがちょっとだけ笑って、私の頭を撫でた。

 これで充分。今度こそ、これ以上は望まない。



 --------------昼休み、今日もお弁当を片手に準備室へ向かう。

 ボーと何も考えずに歩いていると、

「冴木さん」

 知らない女子から話しかけられた。

 顔は見たことがあるから、多分同学年。でも、名前が分からない。

「私に何か用ですか?」

「ちょっと話がしたくって。場所変えよ?」

 その女子が私の手首を掴んで、どこかに連れて行こうとした。

 ……怖い。場所を移動したら、何人かの女子が待ち構えていて、集団で暴行的な何かをされるんじゃ……。

「コ、ココでしようよ‼ 何でココじゃ出来ないの?」

 連れて行かれないように、足に力を入れて踏ん張り、立ち止まる。

「渉のことで……」

 渉……。二宮くんだ。

 このコは多分……イヤ、絶対に二宮くんの元カノだ。

 集団リンチの疑いがないのであれば、場所を移動するのは別に良い。

「……分かった」

 彼女の希望通り、場所を移動する為、彼女の後ろをついて歩いた。

 暫く歩いて、着いた場所は3階渡り廊下。

 お昼休みに渡る生徒は殆どいない。

 手すりに寄りかかり、下の階を眺めていると、仲間と楽しそうに喋りながら廊下を歩く二宮弟を発見。

 私の視線に気付いたのかどうかは分からないが、奇跡的にあっちも私に気がついた。

 眉間に皺を寄せて、こっちを見ている二宮弟。

 そんな二宮弟に手でも振ろうとした時、

「冴木さんって、渉と付き合ってるの?」

 二宮くんの元カノが話し出した。

 なので、二宮弟に手を振ることはせずに、彼女の方に身体を向けた。

「付き合ってないよ」

 本当は『付き合ってもらえないよ』が正しいだろう。 

「渉のこと、好き?」

 小柄な彼女は、上目遣いで私の顔を覗いた。

 なんて可愛い人なんだろう。

 もし、私が友達の彼氏に手なんか出さず、全うに生きていたとしても、二宮くんが私を選ぶことはなかっただろうな。

 それくらい、可愛い二宮くんの元カノ。

「……それは、答えなきゃいけないかな?」

 好きだよ。二宮くんのこと、大好きだよ。でも、言葉にしたくなかった。気持ちが育ってしまいそうで。このまま葬り去りたいの。そっとしておいて欲しいの。

 彼女の質問には答えず、質問を返す。

「答えなくていいよ。あのさ、付き合ってないなら、渉の傍にずっといるのは、渉に迷惑だと思わない? 冴木さん、自分が何て噂されてるか知ってるよね? 冴木さんといたら、渉だって変な噂流されかねない。ていうか、流れてるし」

 彼女の言っていることは尤もだ。

 でも、ちょっと卑怯だ。渉、渉って、【二宮くんの為】みたいに話して。二宮くんを想う親切な人ぶって、汚い本心を隠してる。

「……なんでアナタが浮気した時は、変な噂流れなかったんだろうね。二宮兄弟、優しいね」

 相手が言ってこないから、自分から嫌味混じりに汚い感情を吐き出した。

「冴木だけはダメ。冴木みたいに平気で友達の彼氏寝取るようなビッチ、絶対にダメ。そんなヤツに渉は渡せない」

 私に釣られて、彼女も本心を吐露し始めた。

「……イヤイヤイヤイヤ。アナタにだけは言われたくないわ。彼氏の弟と……ナイわ。考えられない」

 静かに悪意を言い返す。 

 二宮くんに今彼女がいなくて嬉しいのに、二宮くんを裏切った目の前にいる元カノが赦せない。

 矛盾した気持ちのまま、でもこのコに言い負けることはしたくないと思った。

「……流されたんだよ。人って、1回その波に乗っちゃったら、降りられないんだよ」

 二宮くんの元カノの言葉に、ポカンと開いてしまった口を慌てて閉める。

 何コイツ。ポエムかよ。詩人かよ。

「……えっとー。そもそも波に乗らなきゃ流されることもなかったんじゃ……。百歩譲って、波に乗っちゃったとしてもだよ、普通に降りれるよね?」

「雪崩みたいなものなの‼」

 サーファーじゃないのかよ‼ ポエット兼サーファーじゃなかったのかよ‼ ボーダーだったのかよ‼ だから、じゃあ雪山に行くなよ‼

 心の中で盛大に突っ込む。

 どうしてこの人は言い訳ばかりするのだろう。

「奏くんがあんな風に迫って来なかったら、こんなことにならなかったのに……」

 挙句、人のせいだ。

 二宮元カノの言う【奏くん】とは、きっと二宮弟のことだろう。

「誘った二宮弟も悪い。自分のお兄さんの彼女に手を付けるとか、頭がおかしいとしか思えない。だけど、アンタが1番気持ち悪い。普通、断るよ。二宮弟、綺麗な顔してるもんね。あんな顔で迫られたら、気持ちが揺れるのも分からなくはないよ。1回くらいならいいと思ったんじゃないの? 良くないんだよ。1回だってダメなんだよ。大事な人は1回も裏切っちゃダメなんだよ」

「ビッチが何を言ってんの」

 裏切り者って、説得力ないんだな。私の言葉は二宮元カノには届かない。

 だから、人を裏切るなんてしてはいけないんだ。

 だからきっと、二宮元カノの気持ちも、二宮くんに刺さることはないのだろう。

 改めて、自分のしてしまったことを後悔していると、

「冴木‼」

 私を呼ぶ声がした。

 声の方に目を向けると、心配そうな顔で走ってくる二宮弟が見えた。

 私たちの所へ駆け寄ると、

「2人で何の話?」

 険悪な空気を悟ってか、二宮弟が私たちの間に割って入った。

「奏くん、ヒドイよ‼ なんで私ばっかり……。何で冴木は襲わないの? 何で冴木の邪魔はしないの? 冴木とはヤりたくなかったから?」

 二宮弟が来た途端、恨み辛みをぶつけ始めた二宮くんの元カノ。なんか、内容が凄く失礼だし。そりゃあ、アナタに比べたら、私の顔は不細工ですよ。だからって、そんな言い方しなくてもいいのに。

 無意識に口を尖らせてイライラしていると、そんな私に気付いた二宮弟が「口、突き出しすぎ」と小声で笑って、

「冴木のこと、襲ったよ。でも『嫌だ』って泣いて拒否された。冴木はね、友達の彼氏とヤっちゃう様なヤツだけど、好きな男としか寝ないんだよ」

 私を落としつつも、なんだかんだフォローしてくれた。

「私のことは無理矢理襲ったくせに」

 二宮弟の言い分に、二宮元カノが睨みを利かせた。

 ……嘘だ。二宮弟はヤリチンだけど、無理矢理ヤることは絶対ない。だって、カッコイイもん。ヤらせてくれる女なんか、多分いくらでもいる。

「ほう。そういうことにしとく? 今度はそういうポスト流す? 何でそんな俺とLINEID交換したんだろうね? 普通、怖くて連絡なんか取り合いたくもないと思うけど。あれから結構やり取りしたよね? 昨日だって『冴木のこと知ってる?』って変な探りのLINEしてきたよね? その嘘、無理ありすぎ」

 二宮弟が可哀想な人を見るかの様な目で、二宮元カノに苦笑いを浮かべた。

 馬鹿にした様な表情の二宮弟を、言い返す事の出来ない二宮元カノは睨みつけたままで。

 話は途切れてしまったのに、『じゃあ、解散‼』とは行きにくいこの状況。何、コレ。

「アナタはまだ、二宮くんのことが好きなんだよね? 二宮くんに聞いた。『よりを戻したい』って言われたって」

 とりあえず、二宮くんの話に戻してみることに。

「…………」

 二宮元カノが無言で私を見た。

「アナタは二宮くんに近づく女が現れる度に、こんな感じで呼び出すつもりなの?」

「……はぁ」

 二宮元カノが、小さな溜息を吐いた。

「私だから許せないんじゃないでしょ。二宮くんの傍に誰がいても嫌なんでしょ。分かってると思うけどさ、二宮くん、カッコイイしモテると思う。二宮くんのことを好きなコは他にもいると思う。そのコたちひとりひとりの粗を探して、ポストして、呼び出すって……陰湿な上にカッコ悪い。それに、二宮くんは凄く真っ直ぐな人じゃん。普通に正攻法で行くべきだと思う。こんなやり方、二宮くんは絶対に嫌うよ。一生懸命謝って、一生懸命告白すれば、何かしら響くよ。二宮くん、優しい人だもん」

 二宮くんと二宮元カノが元サヤになったら嫌なくせに、私は何を言っているのだろう。

 二宮元カノを応援したいわけではない。

 ただ、二宮元カノの行動で二宮くんが嫌な想いをするのが、嫌だったから。

「簡単に言わないでよね」

 ポツリと零して二宮元カノがその場を立ち去ろうとした時、

「ごめんね、美奈さん。俺、兄ちゃんのこと普通に好きだからさ、『兄ちゃんの彼女、奪ってやろう』とか、そんな泥沼に足を突っ込む気なかったんだけどさ、美奈さん、すげぇ可愛くて魅力的だからさ、『ちょっとだけ、1回だけなら』って軽い気持ちで近づいた。俺が悪いんだけど、乗ってきちゃダメじゃん、美奈さん」

 二宮弟が元カノの背中に向かって話しかけた。

 聞き忘れていた……というか、聞くタイミングを逃してした【美奈】という名前の二宮元カノが振り向いた。

「……だって、奏くん、凄くかわいくてカッコイイんだもん」

 美奈さんが、やるせなさそうな苦笑いをすると、二宮弟も同じ表情を作った。


 -------------なんて、浅はかなのだろう。

 美奈さんも、二宮弟も、私も。


 -------------ぐぅぅうううう。きゅるきゅるきゅる。

 ……最悪。突然、タイミング悪く私のお腹が豪快に鳴った。

 イヤ、でも仕方ないんだよ。だってまだお昼ゴハン食べてないんだもん。

 しょっぱい顔をしながらお腹を擦る私に、

「冴木ー。お弁当まだなんだ?」

 自分の腹を押さえながら、二宮弟が笑った。

「私もまだだけど、美奈さんもまだだよね? 食べる時間なくなっちゃうから、この話はこの辺にしようよ」

「……そうだね」

 私の提案に乗ってくれた美奈さんは、今度こそ私たちの前から立ち去った。

 美奈さんの姿が見えなくなると、

「美奈さんのお腹は鳴らなかったのにね」

 二宮弟が隣でクツクツと笑い出した。

「言うなよ。黙っとけよ」

 そんな二宮弟の横腹を肘でど突く。

「痛い痛い。冴木の肘、割と鋭利。つかさぁ、美奈さんに取られるなよ。何を暢気に美奈さんの応援なんかしちゃってるワケ? 冴木、兄ちゃんのこと好きなくせに」

 二宮弟が、私にど突かれたあばらを撫でながら私を見た。

「……何ソレ」

 その辺の話は、誰にも踏み入って欲しくない為、白を切ろうと試みる。

「え? 『二宮くんはいいけどアンタは触っちゃダメ‼』って分かり易くキレといて『何ソレ』って逆に何ソレなんですけど」

 ……確かに。二宮弟に返す言葉もない。

「俺は冴木派。断然冴木押し。美奈さんみたいに流されたりしない冴木が、兄ちゃんには似合ってると思う。まじで頑張れよ、冴木」

 二宮弟が、私の背中をパシンと叩いた。

「何で応援してくれるの?」

「だって俺、冴木作戦遂行したいから 兄ちゃんに彼女が出来ないと、謝れないじゃん」

「ゴメン。キミの応援には答えられそうもないよ。私、友達になることさえ拒否られてるから。違う誰かで作戦を決行したまえ」

 今度は私が二宮弟の背中をポンポンと叩くと、

「イヤ、俺、イケる気がするわ。兄ちゃん、めっちゃ冴木のこと気にしてるじゃん。普通、友達になりたくないヤツにそんなこと言う? ただただ関わらなきゃいいだけの話じゃん。アレだな。そうやって線を引かないと好きになりそうなパターンなんだろうな」

 二宮弟がニヤリと笑った。

「キミ、凄まじくポジティブだね。もしくは少女マンガ読みすぎ」

「冴木がネガティブすぎんの。はたまた少女マンガ読まなすぎ」

 二宮弟の言うことが本当なら、どんなに嬉しいだろう。

 ただ、私は少女マンガを死ぬほど読んでいる。

 現実はそうじゃないことを知っている。

 ちょっと雑談をしてから二宮弟と別れ、準備室に急ぐ。

 お腹が限界に空いている上、お昼休みの残り時間がかなり少ない。

 小走りで準備室に着くと、中で昼寝をしているだろう二宮くんを起こさぬ様、そーっと扉を開けた。

 案の定、二宮くんは机にうつ伏せになって寝ていた。

 足音を立てない様に二宮くんの前を通り過ぎ、適当な席に座る。

 早速お弁当を広げ、時計を見ながらおかずを口に運ぶ。

 食べ終われるかな。

 一心不乱に黙々とお弁当を食べていると、

「渡り廊下で弟と何を話してたの?」

 寝ていたはずの二宮くんが、突然喋り出した。

「……起きてたんだ」

 二宮くんの質問の答えになっていないことを言うと、大きめのご飯の塊を口に入れた。

 重要な内容じゃないし、ゆっくり食べている時間も残っていなかったから。

「起きてるから喋ってるんだろうが。で? 何を話してたの?」

 心なしか二宮くんの口調がイラついている様な気がする。

「寝言かなと思って。……ていうか、なんで二宮弟と私が渡り廊下にいたことを知ってるの?」

 何故か不機嫌な二宮くんの前で、モリモリお弁当を食べ続けるのも何か違うと思い、とりあえず手を止めてみた。

「何で俺の質問はぐらかしてんの?」

 あからさまに二宮くんは眉間に皺を寄せ始めているけれど、はぐらかしているつもりはない。だって、たいした話じゃないと思ったから。

「別に隠さなきゃいけない様な話はしてないよ。ただ、話す程のことでもないっていうか……」

「ふーん。わざわざ渡り廊下で落ち合って、世間話をするんだ。冴木と弟は」

 私の返事に面白くなさ気な態度の二宮くん。

 何なんだ、二宮くん。何か、面倒くさい感じになってるな。しかも、私と二宮弟は『わざわざ落ち合って』などいない。

 ……ん? これは、もしや……。

「美奈さんから聞いたの?」

「LINEが来た」

 二宮くんは、ポケットからスマホを取り出すと、親指でス画面をスクロールさせた。

「……何て送られてきたの?」

「『奏くんと冴木さんって、イイ感じなんだね。渡り廊下でヤバイくらいラブラブだった』」

 白けた表情で美奈さんから送られてきたLINEメッセージを読み上げる二宮くん。

 ……何だソレ。あの女。正攻法で行けって言っただろうが‼

「アレ? おかしいな。確か、2人きりじゃなかったはずなのに。美奈さんもその場にいたんだけどなぁ」

 白々しい口調で言うと、お弁当再開。

 二宮元カノのせいで5時間目までも空腹状態とか、有り得ない。

「ますます状況が分かんないんだけど。何で冴木と弟と美奈が会合してんだよ」

 二宮くんがスマホの画面から、私の方に視線を移した。てか、会合て。

「ココに向かう途中に美奈さんに話があるって呼び出されて、渡り廊下に移動したら、下の階から二宮弟がウチラを見つけて心配して駆けつけてくれた」

 二宮くんの質問に簡潔に答え、お弁当を食べ続ける。

「美奈の話って、何?」

「二宮くんの迷惑になるから、あんまり傍にいないで欲しい的な?」

「で? 冴木は何て答えたの?」

「…………」

 ……アレ。私、何て答えたんだっけ?

 箸を動かす手を止めて、さっきの出来事を思い出してみる。

 ……答えてないかも。その質問。

「まぁ、冴木にとって俺は教科書要員だもんな。そもそも授業中と昼休み以外一緒になんかいないのにな。傍からは仲良く見えるのかねぇ、俺らって」

 黙っていた私に、二宮くんが同意を求める様に話しかけた。

『実際、仲良くなんかないのに、仲良しに見えるのかねぇ?』ってことだろうか。

 何となく答えたくなくて、返事も頷きもせずにお弁当に視線を落とす。

 残りのおかずを食べる気にもなれなくて、お弁当に蓋をして片していると、

「冴木は、本当に弟のこと何とも思ってないの?」

 私の気持ちに気付きもしていない様子の二宮くんが、的の外れた質問をしてきた。

「思ってないって言ったじゃん。なんで?」

「何だかんだ仲イイからさ、冴木と弟。なんか、弟と仲の良い女って、どうしてもヤリマンに見えて、ちょっとなんか………」

 私は二宮くんの友達にもなれないどころか、『ヤリマン』にしか見られていなかった。

「言う程仲良くないよ、二宮弟とは。連絡先も交換してないし、下の名前もさっき知ったくらいだし」

 それでも、誤解を解こうとする。誤解を解いたところで、元々イメージが悪かった私の株が上昇するわけでもないのに。

「ふーん。まぁ、冴木は『もう、誰も好きにならない』んだもんな」

 二宮くんが、言って後悔して、なんならちょっと忘れかけていた私の言葉を口にした。

 でも、その方が良いのだろう。

 だって、何一つ上手く行かない。

 どんなに反省しても赦されない。

 人を裏切って傷付けたんだ。当然だ。

 私も二宮弟も、それだけのことをしてしまったんだ。

 だから、ヤリマンに見られようが、ビッチと呼ばれようが、仕方のないことなんだ。でも、せめて……。

「簡単に赦してもらおうなんて思ってない。だけど、ちゃんと反省はしてるんだよ。二宮弟も、私も。それだけは、認めて欲しい」

 懇願する様に二宮くんを見つめると、

「『二宮弟も、私も』ねぇ……。ヤリマンヤリチンコンビ、調子いいね」

 二宮くんが「久々に胸クソ悪い言い訳聞いたわ」と顔を歪ませて嘲った。

 言い訳なんかじゃなかったのに。

 私の言葉は、二宮くんには響かない。

 二宮弟の勘、大ハズレだよ。ハズレすぎもいいところだ。

 もうこれ以上言うこともないから黙っていると、予鈴が鳴った。

 5時間目が始まる。

 でもなんとなく、二宮くんの隣で教科書を見せてもらいながら授業を受けるのが気まずくて、重い腰が上がらない。

 足が、動きたがらない。

「冴木、何してんだよ。授業、遅れるだろうが」

 そんな私の手首を、二宮くんが掴んだ。

 どうしても行きたくなくて、フルフルと首を左右に振る。

「お前、余裕で授業サボれるほど頭良くないだろうが」

 そんな抵抗が二宮くんに通用するワケもなく、今度は私の腕を掴んで無理矢理立たせようとする二宮くん。

 私のやること成すこと全て、二宮くんには受け入れてもらえない。

「私のこと、赦してくれなくても、信じてくれなくても、軽蔑しててもいいよ。でも、ちょっとだけでいいから耳を貸して欲しい。……て言うのも調子がいいのかな」

 二宮くんに抵抗するのも無駄な気がして、しょうもない笑顔を取り繕いながら自ら立ち上がると、

「……赦すって、別に俺が冴木に何かされたわけじゃねぇし。さすがに信用も薄いし軽蔑も若干はしてるけど、前ほどじゃないから。今は冴木のこと、そこまで悪人とは思ってないから。だから、必要以上に自分下げるなよ。……分かったから。認めるから。2人の反省は認めるから、だから授業サボんな」

 二宮くんが「そんな顔すんな」と私の右頬を引っ張った。

「……だけど」

 そして左頬も引っ張り出す二宮くん。

 どんどん私の顔が横に伸びてゆく。

「冴木が弟と付き合うようなことがあったら、一生『ヤリマン』って呼び続けるから」

 人の顔を変形させておいて、二宮くんの目は全然笑ってなくて。

「だから、それはないっつーの」

 喋りにくい口で否定すると、

「変な顔。……て、そんな場合じゃねーわ。走るぞ、冴木。5時間目に遅れる」

 散々ヒトの顔で遊んでおいて何を言うか、二宮くん。

 そんな二宮くんとダッシュで教室に戻った。

 


 ---------------その日の放課後。

 生徒玄関で靴を履き替えていると、

「冴木」

 誰かに肩を叩かれた。 振り向くと、

「……何か用?」

 サーファー兼ポエット改め、ボーダー兼ポエットの美奈さんがいた。

「さっき、渉に告白してきたよ。ちゃんと、正攻法で」

 その前に1コ仕掛けたじゃねーか。と突っ込んでやろうかと思ったけど、真正面からぶつかりに行った勇気を讃え、飲み込んだ。

「……どうだった?」

「気になるんだ?」

 もったいぶって焦らす美奈さん。

「イヤイヤイヤ。それを言いたくて呼び止めたんじゃないの?」

 ていうか、正直心底気になる。『正攻法で行くべき』なんて背中押しちゃう様な発言をしたことを激しく後悔。

 2人は、よりを戻してしまうのだろうか。

「別に結果を伝えに来たんじゃないし。冴木に【裏でこそこそ小細工する女】って思われてそうなのが嫌だっただけ。どうせ渉から聞けるだろうから先に言っちゃうと、振られたよ」

 美奈さんが、どこかスッキリした顔をしていた。

「……そっか」

「ホっとした? 冴木、渉のことが好きだもんね」

 美奈さんが意地悪に笑いながら、私の顔を覗き込んだ。

「……言わないって言ったっしょ」

 頑なに口を噤むと、

「あっそ。まぁ、私の使い古しを狙ってせいぜい頑張りなよ」

 美奈さんは、笑いながら捨て台詞を吐き捨てて立ち去って行った。

 ……えぇぇぇー。でも、二宮くんがどうして美奈さんを好きになったのか分かった様な気がする。

 彼女は、本当は凄く面白くていい子だ。

 さて、私も帰ろう。と、内履きを靴箱しまうと、

「いたー‼ 発見ー‼ 冴木ー‼」

 またも呼び止められた。

「……何」

 今度は二宮弟で。

「ビッグニュース‼ しかも朗報‼ 美奈さん、兄ちゃんに告白して振られたらしいよ。冴木、チャーンス‼」

 駆け寄ってきた二宮弟が、私の両肩を掴んで前後に揺らした。

「それ、ついさっき美奈さん本人から聞いたっつーの」

「え? そうなの⁉ なんだよ。早く教えてあげなきゃと思って、めっちゃ冴木のこと探したっつーのに」

「美奈さんって律儀だよね。二宮弟にも報告したんだ」

「悪いヤツじゃないんだよ。わりとイイ子なんだよ、美奈さん」

「うん。知ってるよ。私もそう思う」

 二宮弟の言葉に頷くと、「兄ちゃんの元カノ褒めるとか、余裕だね。冴木」と二宮弟が笑った。

 余裕なんかどこにもない。

 諦めしかない。

「二宮くんと美奈さんが付き合わなかったからって、私にとってチャンスじゃない。今日、二宮くんに言われたもん。『信用薄いし、若干軽蔑してる』って」

 ガックリ肩を落とし、二宮弟の横を通り過ぎようとすると、

「薄いだけじゃん。若干じゃん」

 何処までもポジティブな二宮弟が「落ち込む必要なーし‼」と、喝を入れる様に私の背中を叩いた。

そんな私たちの側を、

「ヤリマン」

 二宮くんが通り過ぎた。

 ……やっぱ、ダメなものはダメなんだよ。二宮弟。

「え? 何、今の」

 二宮くんが吐き捨てた言葉に、わけが分からない様子の二宮弟。

「二宮くん、二宮弟と仲が良い女子が『ヤリマン』に見えるらいしよ」

 二宮弟に気遣うことなく、そのまま伝える。だって、二宮弟はそれだけのことをしたから でも二宮くん、『弟と付き合ったら『ヤリマン』って呼ぶから』って言ってたくせに、嘘吐きだ。

「何だよー。早く言えよー。俺と一緒にいたらダメじゃん。これからはあんまり話しかけない様にするわ」

 二宮弟が「じゃあね、冴木。気を付けて帰れよ」と、少し私との距離を広げる様に後ろに下がり、教室に戻ろうとした。

「待って‼ 何で? 二宮弟と仲良くしようがしまいが、二宮くんは私と付き合う気なんかないもん。ビッチな私と一緒にいるのが恥ずかしいとか、不快だったら話しかけてくれなくて勿論いいよ。だけど、違うなら……避けられるのは、辛い」

 二宮弟は、ヤリチンだけど悪い人間じゃない。これ以上、自分から優しい人が離れて行ってしまうのが辛い。1人でいるのは、わりと慣れた。慣れたけど、やっぱり淋しいから。

 唇を噛み締めて二宮弟を見上げると、「唇、歯型つくよ」と二宮弟が困った様に笑いながら、私の方に近づいてきた。

「恥ずかしくも不快でもないから、今まで普通に絡んでたんじゃん」

 そう言いながら、私の頭部の分け目を目がけてチョップを入れる、二宮弟。

「てか、今までだって、そんなにしょちゅう話なんかしてないよね、俺ら。学年違うしさ。冴木がヤリマンに見られても構わないなら、今まで通り、見かけたら挨拶するし、会話もする。避けたりなんかしないから。俺の言い方が悪かったね。ゴメンゴメン」

 二宮弟が、私の頭をワシワシ撫で回した。

「男なんか単純だからさ。女の悲しそうな顔とか、切羽詰った感じとかに弱かったりするんだよ。冴木、そうやって友達の彼氏落としたんでしょ。もー。やめろよー。うっかり俺まで冴木に落ちたらどうするんだよ。そんな顔して男を誑かしてないで、機嫌直して歌でも歌いながら、さっさと家に帰りなさいな」

 最終的に、もう1発私の頭頂部にチョップを喰らわすと、二宮弟は今度こそ自分の教室に戻って行った。

 二宮弟、私になんか絶対落ちないくいせに。しかも、男を誑かせられる程のテクも美貌も持ち合わせてないっつーの。 

 二宮弟によって、とっ散らかってボサボサになった髪を、手櫛で適当に直して、歌は歌わずに私も生徒玄関を離れた。


 --------------翌日、学校へ行くと、

「おはよう。ヤリマンさん」

 私より早く教室に入っていた二宮くんが、既に席に座っていた。

「二宮弟と付き合ってもないのに、そう呼ぶんだ」

 二宮くんの隣の席にカバンを置き、腰をかける。

「俺、気付いたわ。弟と仲がいい女、生理的に無理だわ」

「……そっか」

 もう、『そっか』以外の言葉なんか出てこない。二宮くんがそう思う気持ちは充分に分かる。自分を拒絶されるのは、仕方のないこと。

 込み上げる涙を、鼻水を一緒に啜り上げる。

「やっぱ、気合うんだろうな。ヤリマンとヤリチンて」

 二宮くんの悪口は続く。彼はどうしてこんなにイライラしているのだろう。

「話をしていただけで『ヤリマン』になるのっておかしくない?」

「弟とどんな卑猥でいやらしい話をしてたの? ヤリマンさん」

 二宮くんは、どれだけ二宮弟を恨んでいるのだろう。どれだけ私を嫌っているのだろう。どうしてそんな風にしか思えないんだろう。

「二宮弟は『冴木は好きな男としか寝ないヤツ』って言ってくれたのに……」

 二宮くんを睨みつけると、

「何そのヤリ同士の馴れ合い。茶番だねー」

 二宮くんが臭い顔をしながら嘲った。

 たまらず立ち上がり、一旦教室から出ることに。

 人は、誰かを憎むと、その周りの人間までもが憎悪の対照になってしまうのだろうか。

 ましてや、元々印象の悪かった私が、その対照だ。二宮くんがイラつくのも無理はないかもしれない。

 でも、腹が立った。辛かった。悲しかった。

『生理的に無理』。

 少しの希望もない。私は、二宮くんに好いてもらうどころか、嫌悪感しか持たれていなかった。

 教室から出て、廊下でお得意の準備室への脱走を考えていると、

「お前さぁ、いつまで二宮くんの教科書見せてもらうつもりだよ。他人の迷惑考えろよ。あ、それが考えられてたら他人様の彼氏にちょっかいなんか出さないか。目障りなんだよ、バーカ‼」

 いつも里奈と一緒にお弁当を食べている女子たちが、一斉に私のものと思われる教科書を投げつけてきた。

 その中には里奈もいて。

 里奈は教科書は投げて来ず、『やめなよ』と周りを静止することもなく、ただ怒りと悲しみの篭った目で私を見ていた。

「……ごめんなさい。里奈。本当にすみませんでした」

 里奈に頭を下げるも、

「……無理だよ。赦せるはずがない」

 乾いた口調でそう言うと、里奈は教科書を投げつけてきた女子と共に教室に入って行った。

 里奈の怒りだって当然。

 教科書がぶつかって切れた頬から出る血を、手の甲で拭いながら、廊下に散らばった教科書を1冊づつ集める。

 教科書が戻ってきて、もう二宮くんから見せて貰う必要がなくなったことに、寂しさと安堵の溜息が出た。

 しかし、久々に受けた肉体的イジメは、結構ダメージが大きい。

 言葉の暴力もシカトも辛い。だけど、痛みの伴うイジメは恐い。

 さっき、飛んでくる教科書を避けることさえ出来なかった。数が多くて。

 思い出しては震える手で、教科書を拾い続けていると、

「冴木、大丈夫か?」

 廊下の様子に気付いた二宮くんが、教室から出てきて一緒に教科書を拾い出した。

「ちゃんと冷やせよ。腫れるぞ」

 二宮くんが、私の頬にそっと触れては軽く撫でた。

 生理的に無理なくせに。だったら、そんな勘違い起こしそうなことしないでよ。

「大丈夫だよ。教科書も戻ってきたし、もう見せてくれなくて大丈夫。今までありがとう。助かりました」

 自分の頬にある二宮くんの手をゆっくり下ろし、反対の手に持たれていた教科書を二宮くんから抜き取った。

「……何やってんだろ、俺」

 ボソっと呟いて、二宮くんは教室に戻って行った。

『何やってんだろ』……どういう意味だろう。

 何でヤリマンなんかに手を差し伸べているのだろう。と、いうことだろうか。

 そうだとしたら、本当に何してくれてるんだ、二宮くん。

 生理的に受け付けない人間の傍にきて、優しくされたと思ったら、次の瞬間には『お前、無理』とはっきり言われるこっちの気持ちを、少しだけでも汲んで欲しい。

 ビッチに気遣いなんて必要ないのかもしれないけれど、辛いんだ。痛いんだ。

 二宮くんのこと、それでも好きなんだから。

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