第1話 勇者様、お断りします!
「嫌です。なんで見ず知らずのあなたたちに、聖剣の場所を教えないといけないんですか? お断りします!」
「……は?」
黒髪の青年──勇者を名乗る男が、驚きに目を見開いた。
仲間の金髪の女も、背の高い騎士も、信じられないという顔で立ち尽くす。
だが少女はきっぱりと首を振った。
その顔には、迷いの影さえない。
──ことの始まりは、数刻前のことだった。
セレス王国の北側──聖なる湖に面したミリア町は、これから訪れる重要な来訪者を待ちわびて、いつも以上の賑わいを見せていた。
「いらっしゃい!もうすぐだな、いっぱい食べて体力つけとけ!今日はおまけしておくよ。そこの柘榴なんてどうだい?」
八百屋の主人が声をかけたのは、秋の落ち葉を思わせる、暗い金色の髪をした少女だった。
「本当ですか?嬉しい!それじゃ……あの珍しい色の柘榴と、この芋とキャベツをください」
「はいよ!案内人さんは特別だからな」
主人は真紅に輝く柘榴と野菜を袋に詰め、笑顔で手渡した。
「今日はロールキャベツと、この柘榴でジュースを作ろう!」
「案内人さーん!こっちも寄ってって!新鮮な魚が届いたよ!」
「魚屋さん、ごめんなさい!もう持てないので明日!」
市場を抜け、少女は町外れの自宅へと足を急がせる。重要な来訪者はいつ現れるか分からない。長く家を空けるわけにはいかなかった。
家に戻ると、彼女はすぐに昼食の準備を始めた。
ひき肉をキャベツで包んで、使い古した鍋にあらかじめ準備してあったスープに入れる。
出来上がるのを待つ間に、柘榴を絞ってグラスに注ぐ。
やがて煮立つ音と香ばしい匂いが部屋を満たした、そのとき──
コン、コン
玄関の扉が叩かれる音が響いた。
「はーい!今、開けます!」
瞳を輝かせ、少女は慌てて扉を開く。そこには黒髪の青年と、数人の若者が立っていた。
「……聖剣の案内人とは、君のことかな?」
青年の問いかけに、少女は待ちに待った瞬間とばかりに胸を張って答えた。
「はい!私が聖剣の案内人です。勇者様、お待ちしておりました!」
「……あぁ、昼時に来てしまってすまない」
漂う香りに気づいたのか、勇者は申し訳なさそうに目を伏せる。
「もしよろしければ、皆さんも少しお休みになっていかれませんか?長旅でお疲れでしょう?」
「昼食は済ませたが……水を一杯いただけるかな」
黒髪の青年がそう言って家へ入り、続いて金髪の女と背の高い濃い茶色の髪色の騎士も室内に足を踏み入れた。
勇者たちを迎え入れると、少女は鍋の中のロールキャベツをお皿に移すと急いで口に運び、真紅の柘榴果汁で流し込んだ。
その瞬間、頭の奥に張りついていた靄がふっと晴れ、視界が一段と鮮やかに開けるような感覚が走った。
(……どうして私は、こんな知らない人たちを笑顔で迎えようとしていたんだろう?)
胸の奥に小さな違和感が芽生え、少女はグラスを見下ろした。
だがすぐに勇者たちの視線に気づき、慌てて取り繕うように笑みを浮かべる。
「あの……本当にお水だけでよろしいのですか? さっき絞ったばかりの柘榴の果汁もあります。もしよろしければ……」
黒髪の勇者と金髪の女は顔を見合わせただけで、特に反応を示さなかった。
しかし、背の高い騎士だけが、柘榴色に透き通る液体をじっと見つめる。
「……俺がいただこう」
そう短く告げると、グラスを受け取り、一息に飲み干した。
ゴクリ、と喉が鳴る音。
騎士の眉がわずかに寄り、目の奥に一瞬だけ揺らぎが走った。
しかし彼は何も言わず、静かにグラスを置く。
「……ありがとう。美味かった」
焦るように勇者の声がすぐにそれを遮った。
「……案内人。君に頼みがある」
その声音は柔らかくも、揺るぎない。
「俺たちは聖剣を探している。この王国を脅かす魔王を倒すために、どうしても必要なんだ。だから──」
真っ直ぐに向けられた視線。
「聖剣の眠る場所へ、俺たちを案内してほしい」
当然のように告げられたその言葉に、少女の胸が強くざわめいた。
(……そうだ。私は案内人。聖剣を勇者様へ……そうするはずで……)
思考がそこでつまずく。
(……でも、どうして? どうして私がそんなことを?この王国を脅かす魔王?今すごく平和だからそんなの聞いたことないし……)
自分の中の声が、“当たり前”を静かに崩していく。
知らない人たち。たった今会ったばかり。
彼らに、なぜ自分が大切なものを教えなければならない?
拳を握りしめた少女は、はっきりと告げた。
「嫌です」
勇者の眉がわずかに跳ねる。
少女はもう一度、言葉を重ねた。
「なんで見ず知らずのあなたたちに、聖剣の場所を教えないといけないんですか? お断りします!」
部屋の空気が凍りつく。
勇者も仲間たちも、信じられないという顔で彼女を見つめていた。
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