ブラックパープルメンソール 第10話
『至福の一服〜ブラックパープルメンソール』
高校の屋上。
いつものわたしの特等席。
天気の良い日中の一服は格別だ。
タバコスティックを吸い込み、空に向かって盛大に煙を吐き出した。
アイコスの煙で雲を作ろうと思った。
でも、無理だった。
スマホにメッセージが入った。
細山田のオッサンの予約。
メッセージを返信した。
ただ一言。
『···だる』
すぐに、スマホに着信があった。
店からだ。
わたしは電話に出た。
「どうしたの、サクラちゃん?」
顔見知りの電話番が言った。
わたしはサクラじゃなくて、美桜だ。
「バ〜カ!」
送話口にそう告げて、屋上から下に向かって、スマホを放り投げた。
予想以上のクラッシュ音。
続けて、罵声が聞こえた。
「誰だ! こんな物投げたのは!」
あの声は、不自然な髪型の教頭だ。
おそらく、ヅラ。
わたしは屋上の手すりから顔を出すと、教頭と目が合った。
「2年B組、坂本 美桜で〜す!」
ありったけの大声で自己紹介した。
「きみは授業中に屋上で何やってるんだ!」
大声に対する大声。
校舎から、教師、生徒がモグラ叩きみたいに顔を出す。
わたしは手すりから顔を出したまま、タバコスティックを吸い込み、盛大に煙を吐いた。
教頭がワ〜ワ〜と下から叫んでいる。
モグラたちもザワザワ騒いでいる。
「うっせぇ〜ぞ! ヅラ!!」
わたしがそう叫ぶと、一瞬、完全に静まり返った。
教頭が逆上した。
ヒステリーを起こしている。
メッチャウケる。
タバコスティックを吸い込んだ。
煙を一度口の中にとどめて、外の空気を吸いつつ、ゆっくり煙を飲み込むように肺に入れた。
至福の一服だ。
ん?
何か、味が変。
美味しくないぞ。
デバイスからスティックを外す。
ポイとそこら辺にスティックを捨てた。
全然メンテしてないからな。
ヒーター壊れたかな?
デバイスのキャップを外して、ホルダーを指でトントンする。
黒いカスか出てくる、出てくる。
いくらトントンしても、カスが止まらず出てくる。
ホルダー内部を覗く。
黒いカスで真っ黒。
「···クソが!!!」
わたしはキレて、屋上から下に向かって、デバイスを放り投げた。
ふてくされて、屋上の地面に寝転んだ。
空を見上げる。
真っ青な空。
アオハルかよ。
空が青すぎて、わたしはため息をついた。
これから、どうしよっかな?
ここまで騒いだことだし、ガッコは辞めなきゃな。
ウチでまた怒られるな。
うん、絶対に怒られる。
あのクソ親父、うるさそ〜だな。
パパか···
ふと思い出した。
中2の頃。
床屋帰りのパパ。
何か変。
「ね、パパ、チョイ来て」
わたしはパパの手を引いて、洗面所に行った。
パパを鏡の前に立たせる。
わたしは背後から、パパのもみあげの先端を左右から、人さし指で指した。
「もみあげの左右の長さ、違うよ」
わたしが指摘すると、パパが不機嫌そうに答えた。
「今日、マスターに頼み込まれて、見習いの若い子にカットしてもらったんだ。
あの若造め!」
わたしは洗面所の鏡を開き、収納スペースに入れていた髪切りハサミを取り出した。
「直してあげるよ」
わたしはチョイチョイと、もみあげを左右バランスよく切り揃えた。
「できた! どう?」
「うん、完ぺきだ。
ありがとう。
美桜は手先が器用だな。
将来は美容師さんかな?」
あの時、褒められたの、うれしかったな。
セルフカットはよくするし、妹にも、前髪カットはよく頼まれる。
手を伸ばす。
右手のチョキをハサミに見立てて、青空をチョキチョキチョキ。
青空の床屋さん。
うん。
決めた。
わたし、髪を切る仕事に就こう。
屋上の出入り口のドア。
ドアの向こうから人の気配がする。ドアがガチャガチャうるさい。
年貢の納め時。
でも、何か、気が楽だ。
どうしてだろ?
まぶしいお日様に向かって、
右の手のひらを広げた。
わたしの手のひらは、日の光をさえぎっていた。透けやしない。
自分の存在なんて、
今まで、意識したことなかった。
けど、わたしはしっかりと存在している。
アイコスの煙じゃなく、
目の前の空気を思い切り吸い込み、そして、吐き出した。
「···わたし、生きてる」
第一部 ブラックパープルメンソール 了
公式ガイドブックに続く
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