第11話 グリムヴァルダンジョン 一階層 二階層

 宗次郎は互換性鑑定や心身最適化を言語化、魔法袋や転移の仕組みを解析し、理論と運用の両面を検証する。

 ルーナと女将と共に異次元倉庫型収納リングや転移指輪を制作・安全性確認し、物流や情報伝達の実用化を進める。

 圧縮空間型リングの開発にも着手し、単体魔法を範囲魔法として商会全体で活用可能にする構想を固めた。



★ グリムヴァルダンジョンへ向かう前


 宗次郎は帳面を閉じ、ふと口にした。

「三人だけでダンジョンに入るのは、女将が不安だな」


 女将は肩をすくめて微笑む。


「心配しすぎよ。二階までは魔獣なんて出ないわ。子どもでも材料を取りに行くくらいだし、それに、結界魔法を人にも付与できるようになったのよ」


「おお、それはすごい」


 ルーナが頷き、指を折って説明を加える。

「それに、魔獣がいる階層では、転移魔法で入り口と出口の座標を調べるんでしょ?」


「ああ」


「じゃあ、グリムヴァルダンジョンについて、ルーナ先生が教えてあげるわ。二人とも、よく聞いてちょうだい」



★ グリムヴァルダンジョン概要


一階層:植物層

現在は、燃料となる炎蔓を農民たちが集めている。

 今回の調査目的は、製紙や巻物用の木材、および便所紙の代わりになる草や葉を探すこと。


二階層:石層

現在は、岩肌の階層で、黒炎石(火力媒体)や白霧石(冷却媒体)が採掘されている。

 今回の調査目的は、「ただの石ころ」とされている他の石の中に、生活資源として価値のあるものがないか確かめること。


「この二層までは安全だし、互換性鑑定を試すのにも最適よ」

 ルーナはそう締めくくった。


 宗次郎は腕を組み、納得したように頷く。

「なるほど。燃料や紙の原料、それに石材まで…確かに商会にとっての宝箱だ」


 女将も真剣な表情で続ける。

「物流や保管の仕組みを本当に役立てるには、実際に異次元倉庫型の魔法収納リングを使って、最大量を調査しましょう」


 ルーナは声をひそめ、補足する。

「ただし、三階から先は別世界よ。魔獣や毒草、ボス層がある。今回は一階と二階だけに絞りましょう」


 三人は顔を見合わせ、無言で頷き合った。宗次郎が結論を述べる。

「よし、まずは一階と二階で実証実験をしてみよう。その結果次第で、三階層以降を考えることにしよう」



★ グリムヴァルダンジョン下見の結果


 下見の結果、何種類もの紙を製造可能な木材を発見できた。


 しかし、木材をそのままカットして紙として使えるようなファンタジー素材は見つからなかった。

 結局、地道に木の皮や枝から繊維を取り出し、煮て柔らかくし、粉砕、パルプを再構成し、薄く広げて乾燥させる、という手順が必要となる。


 宗次郎は、伐採から紙製品になるまでの製紙加工工程を、数日かけてパソコンで印字した。


 それを受け、ルーナはこの工程を魔法で効率化した。粉砕と繊維再構成の工程に**ウォーター・トルネード**、広げて乾燥させる工程に**ドライ**の魔法を組み合わせ、大型機械を使わずに済むようにしたのだ。高炉の排水を大型釜に通し、それを製紙台まで短距離転移させる魔法の座標も作り、すべてを魔法で自動化した。


 さらに女将が、職人への聞き取りを行いながら、工場の配置図と設計図、そして発注までの流れを完成させた。


「二人とも、すごいな」


「何言ってんのよ、宗次郎。こんなに多品種の紙を作れることを知っている、あなたの世界の知識がすごいのよ!」

「便箋、契約書、ノート、革張りの手帳、帳簿、ティッシュ、トイレットペーパー、生理用品…。本当にすごいわ」


「作業台も一つしかないし、職人も少ないから、親方ともよく相談して、最初の商品は必ず一つずつ絞って始めること」

「わかったわ、あと弟子の子たちに、**ウォーター・トルネード**と**ドライ**が使える子を増やしておくね」

「私は、作業台をせめて3台にできるか、職人たちと相談をしておきます」


 この製紙事業は単なる生活支援にとどまらない。

 製鉄に次ぐ第二の核となる商品として、商会の未来を担う大きな可能性を秘めていた。


 彼らの挑戦は、やがてこの世界の暮らしそのものを一変させる、新たな時代の夜明けに、三人は心弾ませた。



★ ダンジョン二階の隠し部屋


「そういえば、宗次郎。この間、弟子たちと話していて、面白い疑問が出たのよ」


 ルーナはダンジョンの地図を広げながら、楽しげに続けた。


「このダンジョンの壁、ただの壁じゃないわよね?もしかしたら、この壁の奥にも、私たちには見えない、隠された鉱脈が眠っているんじゃないかって。だって、魔術師は鉱石の専門家じゃないもの。ねえ、鍛冶専門家のガルドと宗次郎の意見はどう?」


 ルーナの言葉に、鍛冶ギルドの親方であるガルドが腕を組んで頷いた。


「面白いことを考える。俺たち職人は、石を叩き、色や手触りで鉱脈のありかを探る。だが、ダンジョンは普通の鉱山とは違う。魔力という力が、鉱脈のあり方を歪めている可能性は否定できねえな」


 ガルドは、空間魔法の使い手に壁の奥を調べてもらうことや、地脈や磁気の流れを感知する方法を提案した。職人としての経験と直感が、壁の奥に隠された可能性を感じ取っているようだった。


 次に宗次郎が口を開いた。彼の意見は、科学的な知識とこの世界の魔法を融合させたものだった。


「俺たちの世界では、鉱脈は岩盤の亀裂に、熱水や火山活動によって形成される。このダンジョンも、同じような地質学的プロセスに、魔力が加わってできているのかもしれない」


 彼は、弟子たちの「目に見えない存在」という言葉に感銘を受けていた。


「赤外線や超音波のように、魔力を応用して壁の内部を可視化する魔法はないか。そういえば、地図魔法が生えた娘がいたよな」


 二人の異なる視点から、ダンジョンの隠された可能性が明らかになっていく。そして、彼らの探求心は、やがて思いがけない大発見へと繋がっていくことになる。



★ 隠し空間の発見


 彼らの議論から数日後、驚くべき報告がもたらされた。


「地下二階層で隠し部屋を発見しました。その数、なんと三つです!」


 宗次郎が驚いて尋ねると、それは、新しく書記係となった少女、――リラリーラーが持っていた「地図魔法(転移スキル)」――の偶然の産物だったという。壁の奥に存在する「空白」を、彼女のスキルが感知したのだ。


 その隠し部屋には、順に金鉱脈、銀鉱脈、銅鉱脈が眠っていた。


「それは……国の採掘権にかかるのか。面倒で厄介だ」


 宗次郎の言葉に、女将も顔色を変える。この世界の鉱脈は、国の所有物だ。採掘権を放棄しても手数料は領地に入る仕組みだが、商会には一銭も入らない。この大発見を安易に手放すわけにはいかなかった。


「今は報告だけ済ませて保留にしましょう」


 女将の判断に宗次郎も頷いた。


「掘らないの?」というルーナの問いに対し、宗次郎は製鉄事業を優先することを説明する。金や銀は使い道が限定的であり、まずは銅を少しだけ掘り、酒造用の蒸留器の練習に使わせることにした。


「リラリーラの功績も忘れずにな。彼女は上級職員に配置換えし、給与体系の変更も事務管理部門へ通達を。ああそうだ。商会じゃなくて、あの娘は館の所属だったよな?報奨金を出しておいて」


 宗次郎の言葉に、女将は呆れたような表情でため息をついた。


「旦那様は、商会と館の職員を混同しておいでです。リラリーラは館の子で、給金も商業ギルドから、月銀貨二枚です。商会の職員とは組織も給与体系も全く違います」


「え、そんなに安いの?俺なら銀貨20枚でも手放さないけどな」


 宗次郎が思わず漏らした言葉に、女将は彼の本心を見抜いた。


「旦那様、そのお考えであれば、ギルドとの契約を見直し、彼女を直接雇用に切り替えることを検討してはいかがでしょうか?」


 女将の提案に、宗次郎は目を輝かせた。


「直接雇用か!その手があったな。商会で正式に迎え入れれば、彼女の才能を最大限に活かせるし、何よりギルドの都合で手放す必要がなくなる」


「はい。彼女のスキルは、今回のような鉱脈探査だけでなく、物流や保管、あらゆる部門で革命を起こす可能性があります。彼女にふさわしい報酬と待遇を与えることが、商会にとって最大の利益となります」


 宗次郎は大きく頷いた。


「よし、女将。早速手続きを頼む。報酬は…そうだな、まずは銀貨20枚からだ。彼女の才能には、それくらいの投資をする価値がある」


「一度、館と商会の組織図を作り、お出ししますので、支給予定額も再度確認しておいてください」


「ああ、すまん。任せっぱなしだったな。確認しておこう。そうだ、ルーナ、三層から五層までの特徴をこのあと教えてくれ」


 リラリーラの発見は、新たな事業の種をもたらしただけでなく、宗次郎に商会の組織そのものを見つめ直すきっかけを与えることになった。

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