第一章

第1話 出会い

 夕暮れが迫る夏の終わり、蝉の声が遠のき、田んぼを渡る風が少しずつ涼しさを増していく。


 俺、鈴木宗次郎は、築八十年になる実家の和室で一人、両親が遺した品々を片付けていた。正確には、四十九日の法要を終え、いよいよ本格的な整理に入ったところだ。壁にはまだ両親が飾ったままのカレンダーが掛かっている。


 七月十日、もう二ヶ月も前の日付だ。


 両親がいた頃は、カレンダーには予定がぎっしりと書き込まれていた。旅行の予定、病院の予約、近所の人との集まり。だが、今、俺が一人で向き合っているのは、その痕跡もない、ただ過ぎ去った日付の羅列だけだ。


 魔法袋に仕舞うべき「必要なもの」と、ゴミに出す「不要なもの」を仕分けする作業は、想像以上に心をすり減らす。人生のほとんどを仕事に費やし、必死に働いてきた俺は、今や両親の遺品という過去に縛られ、未来への道筋を見つけられずにいた。


 そもそもこの『魔法袋』というのが意味不明だ。遺品の中に20袋ほどあったのだが、一袋につき、一部屋分の荷物が入っていた。中身が入っていない、新品だと思われる魔法袋もあったが、片づけを早く終わらせることができそうなのは言うまでもない。


 ――だが、ここは日本だ。理解を超える理不尽なものがここにあることを、俺以外は知らないし、まして、説明してくれるものは誰もいない。


 片付けを始めて数時間、手のひらサイズの小さな木箱を見つけた。中には、古びた巻物が四本。埃を丁寧に払い、一番上の巻物を広げた。

 その瞬間、手に取った巻物から、冷たい熱のようなものが体内に流れ込んできた。視界が白く染まり、宗次郎は意識が遠のくのを感じた。

 俺は見た。鮮烈な夢、まるで現実のような光景だ。


 それは、旅商人たちが噂する「奇跡の街」。清潔な水路が完備され、百年の未来に存在するはずの街の姿。

 だが、その華やかな街の景色。そして、その街の酒場で、一人の女性が静かに笑っている。

 何度もこれまでにも見た夢だった。

 その涼やかな眼差しに宿る影は、なぜかいつも俺自身の「空虚な十年間」と、まったく同じ、深く冷たい空白の影に見えたのだ。


 すでに、手の中には二本目の巻物があった。


 光が収まると、巻物から放たれた文字が頭の中に直接流れ込んでくる。


【スキル【言語理解】を獲得しました。】


 ――理解不能だった。またかよ、と俺は内心つぶやいた。


 だが、この時、不思議な確信が胸に芽生えた。このスキルは、両親が最期を迎える時、俺に遺した贈り物なのではないか。単なる魔法の道具ではなく、俺がこれから歩むべき道を示す羅針盤なのだと。


 そう勝手に解釈することで、心が少しだけ軽くなった。


 さらに二つの巻物を広げると、再び光が放たれた。


【――スキル【互換性鑑定】を獲得しました。】

【――スキル【心身最適化】を獲得しました。】


【言語理解】を得た俺には、二つのスキルが持つ意味が、この巻物の持つ力と使用法を正確に伝えてきた。


 ただ、何故、早期退職してセカンドライフが始まった今なのか。――ああ、遅れてやってきたファンタジーというやつか。


 自分を――【鑑定】してみよう。


【互換性鑑定】


【鑑定結果】

 対象:本人

 名称:鈴木宗次郎

 年齢:55

 レベル:1

 スキル:【言語理解】【互換性鑑定】【心身最適化】

 状態:軽度の肥満、軽度の混乱

 特記事項:魔力保有1,000/1,000(有限)


 これは、心身を整え、何事にも動じず、前に進めという、両親からの最後の助言のように思えた。――いや、そう思うことにした。


 得体の知れないスキルを手にした俺は、混乱しながらも、何かを確かめるように片付けを再開した。


 両親の品々は、魔法袋に次々と収まっていった。この袋は両親が遺したもので、必要なものを必要な時に取り出せる、不思議な道具だ。黒い石ころ、竹のような不思議な木の枝。不思議素材のナイフ、それに今は使われていない玄関マット。鑑定スキルで、それらのアイテムが「今後必要なもの」であると判断できた。


 片付けを続けていくうちに、両親がコレクションしていた骨董品や、美術品、宝石、貴金属、そして古い家具や『コンセントのない電化製品のようなもの』が、それぞれの袋に入っていた。


 俺は【互換性鑑定】スキルで、それらが現代の市場で売却可能なものか、また、その価値までも識別していった。ただ、日本で売るよりも、――ヴァルディア王国――で売ったほうがよい、と鑑定結果が俺に知らせる。


「――どこだよ、それは」


 両親の遺したものが、俺の残りの人生を支えてくれるかもしれない。そう考えると、不思議と心が温かくなり胸の内で両親に礼を伝えた。




 そんな感傷的な時間を破ったのは、唐突な来訪者だった。


 森の奥深く、人里離れた宗次郎の家の庭先で、二つの影が歩み寄ってくるのを凝視した。夕闇に溶けそうなシルエットは、その奇妙な装いから異様さを放っている。


 近づくにつれ、それが若い女性の二人組だとわかる。一人は鈍く光る剣を、もう一人は古びた杖を携えていた。


 その装束は、埃と土にまみれ、見るも無残にボロボロだった。


 彼女たちは、今にも倒れそうなほど姿勢を丸め、空腹に耐えているのがありありと見てとれる。宗次郎の脳裏に、かつて読んだ冒険譚の挿絵が過った。


 こんな場所に、まるで異世界から迷い込んできたかのような、奇妙な格好をした人間がいるはずがない。


 注意深く見ていると、鑑定スキルが勝手に起動し、情報の一部が脳内に流れ込んできた。


【鑑定結果】

 名称:レティーシア・ドランファル

 所属:ヴァルディア王国 エルダルフェーン領 騎士

 年齢:22

 レベル:35

 状態:極度の疲労、軽度の脱水症状、栄養失調、皮膚炎(足白癬菌感染)

 特記事項:…スキルレベルが足りません…


【鑑定結果】

 名称:ルーナ・モルヴェイン

 所属:ヴァルディア王国 エルダルフェーン領 魔法使い

 年齢:26

 レベル:38

 状態:極度の疲労、軽度の脱水症状、栄養失調

 特記事項:…スキルレベルが足りません…


 ――異世界人かよ。しかも、レベル30台というのは、ただの村人ではないのだろう。なんだこれ、桁が違うじゃないか。やっぱりただの人間じゃないな。何らかのトラブルか、罠にかかって転移してきたのか、と鑑定結果に納得した。


 俺はすぐに立ち上がり、玄関へ向かった。二人が地面に倒れ込む前に、何とか体を支える。


「大丈夫か?」


【言語理解】スキルが発動し、俺の日本語は彼女たちの母語に変換され、彼女たちの言葉もまた、俺には日本語として聞こえる――と思っていた。


「ハフ……ハフ……?」


 宗次郎は、ドアを開け、警戒心を隠そうともせず尋ねた。「どうした、迷ったのか」


 杖を持つ少女が、力なく答えた。「ハフ……ハフ……」玄関前で光を放つ、蛍光灯を指さして何かを言っている。


「はい……明かりが見えて……」とでも言っているのかもしれない。


 宗次郎は、二人の瞳に宿る恐怖心と警戒心、しかしそれ以上に深く刻まれた疲弊の色を読み取った。言葉の壁は明らかだったが、命を削るような飢えと渇きは、万国共通のサインだ。無言で奥へ引っ込むと、すぐに戻った。手には、飲み口にキャップが付いたパウチ容器と、ゼリー状の食品がいくつか握られている。


「飲んでから、食べろ」


 宗次郎が差し出したスポーツドリンクを、二人の少女――ルーナとレティーシアは、警戒しながらも受け取った。頭の先から足元までを見て、盗賊ではないと判断したのだろう。


 ルーナはパッケージの開け方が分からず、困惑した表情で宗次郎を見る。宗次郎はキャップをひねり、開け口を指し示した。ごくごくと音を立てて喉を鳴らすルーナの横で、レティーシアもまた、震える手でスポーツドリンクを飲み干した。


 その勢いは、数日の渇きを物語っていた。


 次に、高カロリーゼリー、そして高カロリーバー。二本目のスポーツドリンク。玄関前の地べたに座り込み、無言で間食した。


「ボロボロだな……シャワーを使うか?」いや、初対面で服を脱ぐわけがないか。


 宗次郎が身振り手振りでシャワーを使うかと聞くが、二人は戸惑った。日本の「風呂」という概念も、シャワーの出し方も、石鹸の使い方も、彼女たちの知る世界にはない。


 宗次郎はバスタオルを渡して尋ねた。「水浴びはわかるか?」


 宗次郎が尋ねると、ルーナは杖を軽く持ち上げた。杖の先に淡い光が灯り、彼女のボロボロのローブから、みるみるうちに泥と埃が弾き飛んでいく。シワは残り、布地の劣化は隠せないものの、まるで新品のように清潔な状態へと変化した。レティーシアも同じように、騎士服に魔法をかけた。


「ああ、なるほどな……」


 宗次郎は感心したように呟いた。魔法。やはり、ただのコスプレイヤーではなかった。


 二人に家の中で休むかと、玄関の奥を指さし尋ねた。おそらく意味は理解できたのか、小さく頷き後をついてきた。


 玄関で、靴を脱ぐように自分の足元を指さし、彼女たちも戸惑いながら理解し、靴を脱いでから上がった。


 リビングにあるテーブル越しに、二人を座らせたあと、いくつか言葉を交わしたが、わかったのは自分を指さしルーナ、レティーシアということだけだった。


 ――埒があかない。食事の用意をすることにしよう。


 宗次郎が立ち上がると、二人も同じように立ち上がろうとしたのでそれを手で制し、座らせた。


 宗次郎は温かいスープと焼きたてのパンをテーブルに並べた。湯気を立てるスープと、香ばしい焼きたてのパンは、疲れ果てた二人の少女にとって、この上ないご馳走だった。ルーナとレティーシアは言葉少なに、しかし、むさぼるようにそれを口にする。数日の空腹が満たされたんだろう、二人の顔色にはようやく血の気が戻り、瞳に光が宿った。


 食後、二人は宗次郎に深く頭を下げ、感謝の意を伝えた。言葉は通じなくとも、その思いは伝わる。その様子を見て、宗次郎は静かに切り出した。


「事情を何か、説明できるか?」


 二人は互いに目配せをして、テーブルの上に、懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。宗次郎はそれを受け取ると、羊皮紙に刻まれた複雑な魔法陣と文字を目で追った。


 それは、この世界には存在しない文字と、歪んだ青白い魔力の流れを示していた。


「……これは、君たちの世界に帰るための、魔法陣か、使えなかったのか?」レティーシアが頷く。宗次郎は、その羊皮紙を改めて見つめ呟いた。


「俺にも、この世界のものを鑑定する力がある。それを試させてもらうぞ」


【互換性鑑定】


 鑑定結果が、テーブルの上にクリスタルボードのように展開した。読めない文字だ。スキルが役に立たない。どうする?使えるスキルは3つだけ。そのうちの一つを使った。


【言語理解】


 宗次郎がそっと羊皮紙に触れると、彼の瞳から淡い光がこぼれ、羊皮紙の上に、日本語に変換された文字が浮かび上がった。魔法陣の構成要素、発動に必要な魔力量、そして、その魔法が示す「帰還」という言葉。すべてが、宗次郎の頭の中に流れ込んでくる。


「……座標が一部文字化けしてる。出発地点が日本のこの場所を指定しなければ、使えないのだろう。なんとなく、『from x to y』そんな風に理解できた y=『Ψ56-Λ78』」


 できることを試してみよう。二人が心配そうに、それでいて期待を込めた目で宗次郎を見る。


 この部屋の床を鑑定して、座標が出てくればいいのだが……。そう祈るような気持ちで鑑定を試みると、果たして、結果は出てきた。その座標『Ω12-Δ34』


 つまり、x=『Ω12-Δ34』


 それをメモ書きにしてルーナに渡し、先ほどの文字化けの場所を指さした。ルーナはその意図を組んだようだ。杖を取り出し羊皮紙の上に魔力を流し始めた。青白い光が彼女の手と杖を纏う。


「言葉や情報は、次元の狭間にある異次元倉庫に座標として保存されるのよ。Ω12-Δ34の原点座標から、瞬時にΨ56-Λ78の響域座標へ呼び出す。手紙や冊子が同じ法則で転送できるなら、帰還石もアーカイブにアクセスできるはず」


 突然、ルーナの言葉が翻訳された。この世界に存在する言語の概念が、頭の中に流れ込んでくる……!


 ルーナは、その文字の羅列『Ω12-Δ34』を見た瞬間、意識を自分の内側へと集中させた。彼女の持つすべての魔法のスキルが、まるで図書館の本のように収められている場所。その書架の一角に、見慣れない「異次元倉庫」が開かれた。そこには、彼女がこれまで知り得なかった言語の知識が、まるで誰かが翻訳したかのように、体系立てて収められている。


「この文字……私たちの世界の言語ではない」


 ルーナは、その異世界文字に触れたことで、この世界が自分たちの世界と異なることを認識した。同時に、彼女の頭の中に、アナウンスが響き渡った。


『異世界言語(日本語)へのアクセスを許可しました。スキル:【言語理解】を習得しました。』


「……すごい」とルーナが呟く。


「宗次郎殿、あなたの言葉が、分かりました」


 宗次郎は驚き、レティーシアは信じられないといった表情でルーナを見つめた。レティーシアもまた、ルーナと同じ手順で【言語理解】を習得することができたのだった。


 

「さて、ここは日本という国の辺境にある我が家だ。俺は、宗次郎。とりあえず、見ず知らずの家を若い女二人が訪ねようと思った理由はなんだ?盗賊の館だったらどうしたんだ」

 宗次郎は笑って二人に問うた。


「家も庭も荒れていなかった。あと、あなたの身なりが盗賊ではないと理解できたから」

 レティーシアの回答に、「うんうん」と頷くルーナ。


 彼女たちの綺麗になった古びた服と、肌荒れの顔が目に入る。


「まずはこれを」


 俺は再度【互換性鑑定】スキルを発動し、二人の状態をより注意深く見せた。今度は、日本語で開かれたクリスタルボードの文字を二人が目で追う。


 最初は単なる疲労だけでなく、栄養と水分の不足、そして不衛生な環境による体力の低下が顕著だった。現在は、疲労だけが残っている状態だった。日本のドリンクと栄養剤はすごいな、と感心した。


 ルーナ:軽度の疲労 NEW(言語理解)

 レティーシア:中度の疲労 NEW(言語理解)


 ルーナは俺の言葉と、目のまえの状況に驚いた表情を見せた。


「宗次郎殿、貴方も、魔術師なの?」

「まあ、似たようなもの、と言えるか。詳しい話は落ち着いて、その警戒心がすべて解けてからでいい」


 宗次郎は、二人の前に、【心身最適化】のスキルの詳細を表示した。


「このスキルで、疲労を取り去ることが出来るはずだ、試してみるか?」


【心身最適化】…魔力使用スキル

 効用:疲弊した精神・生命力・体力・見た目年齢を最適化させる魔法。若返りはその副産物で、効果は期間限定。

 効果(限定):施術を受けた人の若返った歳数(X)が、宗次郎のレベルを上昇させる 

 ※若返らせた歳数(X)は、対象の元の年齢の25%カット


【Level(New)=Level(Old)+X】


 効果の持続日数は、発動時のレベルと同じ日数【Day=Level(use)】。


「宗次郎殿、私たちの身体を癒やしてくれる、最高の魔法だと思う」

 レティーシアは、宗次郎に笑顔を向け、魔法の使用を許可した。

 ルーナも同意し、疲労度の高いレティーシア、ルーナ、そして自分の順にかけた。


【心身最適化】


 魔法が発動すると、二人の肌にツヤが戻り、髪が輝きを取り戻した。その顔から、疲労の痕跡が消えていく。


 レティーシア:若返った歳数(x)= 5歳

 宗次郎のレベル = 1

 結果: 新しいレベル = 1+5=6

 効果持続日数: D=1日

 残存魔力 995/1,000


 ルーナへ:若返った歳数(x)= 6歳

 宗次郎のレベル = 6

 結果: 新しいレベル = 6+6=12

 効果持続日数: D=6日

 残存魔力 989/1,000


 宗次郎:若返った歳数(x)= 14歳

 宗次郎のレベル = 12

 結果: 新しいレベル=12+14=26

 効果持続日数: D=12日

 残存魔力 975/1,000


「効果持続日数が、レベルに連動…宗次郎殿、順番がズルいと思う」

 レティーシアが、可愛く抗議してきた。


「許せ、ずいぶんと髪も顔色もよくなった。鏡を見てみろ」

 すでにルーナは、姿見で自分を見ていた。そこへレティーシアも駆けていく。


「……ありがとう、宗次郎殿。貴方のおかげで、私たちは生き延びた」

「ああ、互いに聞きたいこともあるだろうが、明日にしよう」


 翌朝、二人は心身ともに健康な状態で目覚めた。

 二人は「エルダルフェーン領にあるグリムヴァルダンジョンの最下層で、宝箱の開封のため魔力を流したところ、トラップが発動し、この世界に飛ばされた」と、宗次郎に説明した。


「……これから、どうすればいいだろうか?」

 レティーシアが不安げに尋ねる。


「まずは、帰る方法を探すのが現実的だ。何かヒントは?」

 俺が尋ねると、ルーナは自分の魔法袋から、待ってましたとばかりに小さな巻物を取り出した。


「これこれ!転移用の魔法陣の巻物!ダンジョンに行く前に、ちゃんと用意しておいたの!ただ、座標をロストして発動しなくて」


 俺は巻物を鑑定した。


【鑑定結果】

 対象:転移魔法陣

 状態:起動可能

 座標:『ヴァルディア王国 王都南門』近郊

 特記事項:出発地点の座標『Ω12-Δ34』を記録し、魔力を注ぐことで起動可能。


「使えるみたいだ。それに、ヴァルディア王国王都南門の近くに繋がっている」

【言語理解】スキルがあるからこそ、鑑定結果の固有名詞も理解できる。


「本当!?あなた、ヴァルディア語の魔法陣が読めるの?」

 二人は希望に満ちた表情で声を上げた。


「もし俺が君たちを送り届けたなら、戻ってくるためには、この場所の座標が必要になる。だから、先ほどのメモを君たちの魔法陣に記録しておいてほしい」

「お任せください」

 二人は真剣な表情で頷いた。


「わかりました。宗次郎殿……もしよろしければ……いえ、ぜひ私たちと共に来ていただけませんか」

 レティーシアが懇願するように言った。


 レティーシアは、謀殺された前領主の娘であるアリアが治めるエルダルフェーン領の再建を宗次郎に依頼した。

 その内容は、秋の終わりまでに納税資金を確保し、冬を越すための食料を確保すること。そして翌年以降の経済基盤を確立することだった。


 対価は、手付として館の手配、晩秋、初春、そして商会設立の1年後に成果報酬とした。

 ただし、晩秋以降の対価は、次期領主のルーカスに相談後とした。


「……わかった。三日だ。準備が必要だからな」

 俺はそう提案した。


 これから始まる三日間は、異世界人との生活であり、同時に俺にとって、両親を亡くした空っぽの家で初めて誰かと共に過ごす時間になるだろう。


 そして、レティーシアの「大切な人を救いたい」という言葉が、何故か俺の心に強く響いていた。


 俺は、今まで人生の「必要なもの」と「不要なもの」を仕分けし、効率を重視することに必死だった。その結果、両親という大切な存在を失ったのち、空っぽになったこの家と、空っぽだった過去10年を抱えた自分自身だけが残った。


 しかし、この目の前にいる異世界から迷い込んできた二人は、俺に「救いを求める」という、人生における新たな「必要なもの」を提示してくれた。


 スキルは、両親から受け継いだ「生き方」そのものだ。このスキルを、両親がそうであったように、誰かのために使う。それが、無機質だった過去10年を、鮮やかな記憶で上書きできれば、もう一度、胸を張って生きられるだろう。

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