第26話 8年越しのタイムマシン
「「すいません遅くなりました」」
「主役の登場だー!」
ノリさんが言い、皆で拍手で迎えた。
「何頼む?ビール?」
タケルさんが聞く。
「いや、ウーロン茶で。だいぶ飲んできたので」
「私もそれで」
二人とも前の場所で相当飲んできたらしい。
友人が多いのも大変なものだ。
「さて、お待ちかねの時間だ。タツキ、出番だぞ。」
ノリさんが言う。
「えー。・・・お二人とも結婚おめでとうございます。ささやかではありますが、作ってます。いつものやつを。」
いつものと同じと思わせておく。
「やっぱり!楽しみなんですけど」
「なんか作ってたと聞いてはいたけど、何が出てくるのか怖いっすね。祝われる側になると。」
ショウがなぜか怯える。
式の前、最後に会った時にショウに聞かれていた。
「今回もいつもの作ってるの?」
「何を?」
「面白映像」
毎度恒例なので作らないはずはないと思われていた。
「そりゃあね。」
「どんなの作ってるの?」
それはもちろん
「教えられるわけないだろう。・・・でもヒントを一つだけ。今年から始まった企画だと思うなよ。」
「何が出てくるんだ!?」
こらえられずヒントを出してしまったが、まさか8年前から作っているとは思わないだろう。
「じゃあ飲み物が届いてから再生しましょうか」
しばらくして注文した飲み物が届く。
さあ、始めよう。
「乾杯は・・・やっぱりタツキだろ!」
ノリさんに振られた。
「・・・ショウ、サヤ、結婚おめでとう!乾杯!」
「シンプルだなおい!」
もはやそれどころではない。
今日一番の大役の時間だった。
「じゃあ再生しまーす」
なんでもないように装って再生する。
少しクオリティの上がったオープニング。
ドキュメント映画を意識したモノクロ加工の映像入りにしてみた。
ロケの合間で撮影したボツカットがドラマのワンシーンのようだった。
「始まった!・・・いつから作ったのこれ?」
サヤが言った。
字幕には撮影年月日『?~平成29年1月』と書かれている。
「見てのお楽しみだ」
リモコンを両手で持ちながら言う。
スキップのタイミングを計るためにBGMを聞くのに集中した。
(そろそろだ)
タイミングぴったりに飛ばす。
誤差は0.0数秒程度だろう。
映像はエルさん、タケルさん、ジロウ、ノリさん、ダイさん、モノさんの順番にした。
どれも面白い仕上がりだが、緩急つけたかったため、風俗街の案内をしているモノさんは最後にした。モノさんの映像で「いつものノリかい」ってなった後、本当のサプライズが待っている。
「エルさんの赤ちゃんかわいい!もちもちほっぺだー!」
「でも言ってることが鬼畜だぞ!?」
「ご褒美でしょ」
エルさんとダイさんのいつものやりとりから始まった。
「ってか寝室って・・・大丈夫なの?」
「まあ・・・大丈夫だったよ」
タケルさんが聞き、エルさんが歯切れ悪く答える。
本当にすいませんと心の中で謝った。
「タケルさん自分でやってるんですかこれ!?」
ショウが聞く。
「そうそう。まだ終わらなくてさ」
その映像の合間、過去にジロウがやらかしたタケルさんの元カノの名前を呼ぶシーンを入れている。
『チカイのチはチエのチ!』
「ジロウ!お前こんなの撮影していたのか!」
時効だったようで、タケルさんに大うけだった。
「タツキさんに封印されて悔しかったんすよ!渾身のネタでしょこれ!?」
「ジロウ!お前マジで最高だな!」
ノリさんにも大うけだった。
「ひどいなジロウ!こら!」
巨乳をあてつけだと言い放ったジロウにサヤが憤慨する。
「だってフラットじゃないすか」
「フラットじゃねえわ!」
よく飲み会で目にする光景だ。
「胸にモザイクかけなよせめて!」
エルさんが笑いながら言ってた。
「なんかめんどくさくて」
「ここに女いるでしょうが!」
リモコン片手に振り返らずに返す。
そろそろ切り替えタイミングだ。
「すげえ・・・・」
「ノリさんこれ、マジすか」
PVを流す。
歌詞が刺さったのかみんな真剣に聞いていた。
「このためにマイク買っちまったぜ」
「気合入れすぎでしょ!」
モノさんが突っ込む。
誰かが泣いている声が聞こえる。
あ、多分タケルさんだな。
早いってば。
俺も泣きそうだから人のこと言えないんだけど。
「ダイお前命知らず過ぎるだろ!」
ノリさん大うけ、中国はやばい。
「マジで命の危険感じたよ!さすがにここで中指立てられなかったわ。」
「すっごい危ないよねこれ」
ショウが言った。
「ただの不審者じゃないですか!」
サヤも大うけだった。
編集技術がうまい。
アフターエフェクトも完璧だ。
ダイさんにはかなわない。
「ダイさんが結婚することあったら作るプレッシャーやばいんですけど」
今回の映像作りでほぼ燃え尽きている。
この後何か作る気力は残っているだろうか?
「モノ!怒られる!」
エルさんが心配していた。
「あー。あの店この前行きましたよ。チョイスが流石ですね」
風俗マスターと仲間内で言われていたクニエイが関心した。
稼いだパチンコ代のほとんどをつぎ込んでいた男だ。学生時代からずっと。
「夜のK点超えなんて看板あったんだ」
「みんな攻めてますね!」
新郎新婦にもうけていた。
そしていよいよだった。
「あれ?真っ暗になった。・・・わかったぞタツキ、ここからいつもの裏DVD開始になるんでしょ。」
ショウが尋ねた。
「・・・」
何も言わず、振り返りもしなかった。
少しだけ涙が流れてしまってる。
『昨日飲み会飲みすぎたな』
『全くだ。いつものようにカラオケに行って。』
『変わんないよな。』
画面には平成28年12月年末と表示される。
「これってこの前の忘年会の後?」
サヤが言った。
「・・・」
何も言えなかった。
頼む。終わるまでもってくれ。
「タイムマシン?」
ショウが注目する。
場面が平成24年に切り替わる。
「え!?嘘でしょ!?」
サヤの驚いた声が聞こえた。
そりゃ驚くだろう。
服を変えただけじゃない。
映像のみんな今より若いだろう?
ずっとこの日を待ってた。
それは言葉だけじゃないんだ。
これが証拠だ。
「やばすぎだろ・・・」
多分ショウの声だ。
やった。
この瞬間のために映像を作っていた。
サプライズは成功したようだ。
途中から誰かが泣いている声が聞こえる。
後ろは振り向けない。
リモコンを握りしめたままずっと泣きそうだった。
二人が結婚してくれてありがとうとか、みんな信じて協力してくれてありがとうとか、仲間でいさせてくれてありがとうとか、いろんな言葉が頭を巡った。
場面は次々と流れてく。
暗転した場面が少しずつ明るくなってくる。
その時、誰かの驚く声が聞こえた。
「・・・嘘だろ」
『えー。2008年10月。ロケ初日。なんとか隣町まで来たけどさ・・・見つからないし、あっついなクニエイ!』
誰かが泣いている。
一人じゃない。
何人か泣いているみたいだ。
誰か後ろから抱きついてきたが、多分ショウだ。
俺はその腕を軽くたたくしか返事出来なかった。
声は出さず、涙だけ流れる。
頬の内側を噛んでこらえる。
ここで声を出したら、いろんなタガが外れる。
多分泣き崩れて映像を楽しんでもらうどころじゃない。
俺の役割は最高の瞬間を映像で届けることだ。
今はただ耐えろ。
それがお前の役割だ。
タイムマシンが終わった後、手紙のようなスタッフロールを流す。
全て無事にスキップ操作して流し終えることが出来た。
もうリモコンを手放してもいい。
終わった時放心状態に近いものがあった。
本当に終わったんだ。
全てをかけた8年と3か月が終わった。
伝えることは全て映像で伝えた。
放心状態と満足感なのか、涙は止まっていた。
ようやく後ろを振り返る。
振り返ると二人とも泣いていた。
大成功だ。
二人の友人として、しっかりと伝えることができてうれしかった。
結婚おめでとう。俺達こんなにうれしいんだと。
そして、みんなありがとう。
最後までやり切らせてくれて。
タイムマシンがあったから、今まで生きて来られた。
何度もどん底から救われた。
こんなにも良い仲間に巡り合えた。
これは2人のためだけじゃない。
本当は自分のために作っていたんだ。
何も成せなかった自分が作り上げた究極の自己満足だ。
礼を言うのはこちらの方だ。
本当にありがとう。
弓道部の一員でいられて幸せでした。
そう思っていたのに、これ以上何か言おうとすると決壊する。
だから何も言えなかった。
「ショウがさっきトイレでめちゃ泣いてたよ」
タケルさんから聞いた。
だがそこには行けない。
余計な8年分の背景まで語り出してしまいそうだったから。
少なくとも今日言うことではない。
ぐしゃぐしゃになったタバコの箱から一本取り出して火をつける。
「そうっすか。大成功っすね。」
本当は一緒に泣きたかった。
でも、今の俺は裏方だ。
裏方はこれでいい。
このくらいがちょうどいいはずだ。
その後、いつもの曲を少し歌って三次会は終わった。
なぜかママレードボーイの主題歌がいつも歌われていた。
最後に店員に頼んで写真を撮ってもらう。
みんなでこのときに撮った写真は忘れられない。
三次会でワイシャツは出てるわ、ネクタイぐしゃぐしゃだし、泣いて目が赤い。
みんなの反応は一生の宝だった。
自分の人生をかけて2人の結婚式に出ることができて良かった。
この後、どうやって家に帰ったか覚えていない。
完全に燃え尽きていた。
何も考えられなかった。
人生で最も忘れられない1日だと、今でも思う。
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