第48話 夢と記憶
❁❁❁
魔法の使い過ぎ、戦闘での疲労によって気を失った。その末に眠ってしまったのだとわかったのは、今自分が夢の中にいるのだということに気付いたから。
――姫様、お目覚めになりましたか?
瞼を上げたわたしを見下ろすのは、シャリオちゃん。だけど、何となく知っている彼女と違う気がする。
――今日は、月の王国の王子様とのお茶会があるのですよね? それまでに、お勉強など終わらせるのでしょう?
月の国の王子、それは夢月の前世なのだと知識でわかっている。
そして今見ている光景は、星の王国の姫であった自分の確かな記憶なのだとわかる。地の王国の二人との戦いを繰り返す中で、自分の中に眠っていた箱の鍵が開き始めているのだと感覚で理解した。
(わたしは、星の王国のお姫様だったんだ)
王国の名も、自分の名も、人生で何が起きたのかも。現世のわたしが発音出来ない言語が、夢の中のわたしの口から流ちょうに流れ出す。ようやく実感を持った。
――姫様。王子様がいらっしゃいましたよ。
夢の中の時間は流れ、わたしはシャリオちゃんに言われてハッと顔を上げる。顔を上げると同時に立ち上がって、胸がドキドキと大きく拍動しているのがわかった。
(ああ……夢月だ)
現れたのは、夢月にそっくりだけど違う人。だけど、彼は前世の夢月だ。彼と同じ魂を持つ、姫君の大好きな人。
王子様の両隣に立つのは、慧依さんと優依さんにそっくりな側近たち。彼らもまた、ツインスターの二人の前世の姿だ。
(記憶が蘇っていく。わたしの周りにいてくれた、かけがえのない大切な人たち。……あの戦いで、もう会えなくなったけれど)
生まれ変わって、また会える。あの当時それを知ったら、前世のわたしは信じただろうか。
――姫様。
夢の場面の移り変わりは激しい。いつの間にかわたしは、城の一角に造られた庭園のベンチに座っていた。そこへやって来たのは、一人の同年代の女の子。
(……あれ?)
顔は何故かよく見えない。不思議だけど、彼女から発せられる声には聞き覚えがある気がした。
それでも、彼女が誰かはわかる。遊び相手だった幼い頃から仕えてくれている女官で、親友の
――王子様が、ご友人とまたこちらにいらっしゃるそうですね。わたくしも、お三方にお会いするのが楽しみです。
ああ、また敬語になっている。そう自然に思った。彼女には、二人きりの時はもっと砕けた物言いで接して欲しいと言っているのに。それを伝えると、彼女は困り顔で微笑んだ。
――姫様が望むなら。……姫様も楽しみでしょう? あの方と過ごされるのを、いつも顔を赤くして待っているんだから。あちらの方々にもバレバレだよ?
彼女の言う、王子様のご友人。彼らのことも覚えている。それなのに何故か、顔が思い出せない。
一人は、月の王国の図書寮に勤める役人だったはず。もう一人は、武官。二人共、幼い頃から王子様と共に過ごしてきたとか。
(それだけの情報を思い出すのに、どうして顔が思い出せないんだろう?)
謎の答えはわからないまま、わたしは女官の少女と和やかな時間を過ごした。
――かはっ。
そして時間は急速に流れ、気付いた時にはわたしは血を吐いていた。体の傷が原因だとわかったけれど、わかるからどうにか出来るものでもない。
血だまりの中に倒れ、寒くなっていく。震える力も残されていない中、わたしは「目覚めなければ」と強く思った。このままでは引きずられる。
見上げれば、青くも赤くもない、白夜の空が広がっていた。その空に呑まれてしまう。
(わたしは星の王国の姫だけど、宿姫美星でもあるから)
会いたい人は、会いたい人たちは、夢の中にはいない。わたしは現実に戻ることを強く望み、やがて再び訪れた眠気に素直に従った。
❁❁❁
夢から覚めて、わたしはのろのろと瞼を上げた。まだぼんやりとしているけれど、わたしの顔を覗き込む誰かの影が見えて、瞬きする。
「……あ」
「よかった。目を覚ましたか、美星」
「……むつ、き?」
「そうだ。慧依さんたちを呼んで来る。待っててくれ」
立ち上がり、夢月は何処かへ行ってしまう。それを追おうとして上半身を起こし、わたしはふと動きを止めた。見えた景色が見慣れないものだったから。
(ここ、何処……?)
わたしが眠っていたのは、所謂ソファベッドというもの。傍に背丈の低いテーブルがあり、大きなテレビや本棚が置かれている。色は白やグレー、黒など落ち着いた色目のものばかりだ。
誰かの家だろうか。夢月の部屋でも自分の部屋でもない。起き切らない頭で、わたしは自分が気絶する前のことを思い出す。
(ああ、そっか。ここはツインスターのお二人の……)
そこまで思い出した時、広いリビングに夢月と共に二人が入って来た。慧依さんと優依さんだ。そして、夢月の肩に乗って、シャリオちゃんもいる。
「美星様!」
「美星ちゃん、具合はどう?」
「あ……大丈夫、です」
「帰ったら、早めに寝ろよ。とりあえず、茶でも飲んでくれ」
優依さんに渡されたコップには、麦茶が入っていた。私はそれを有り難く飲んで、ほっと息をつく。それから、目を覚ましたら言わなければと思っていたことを口にした。
コップをテーブルに置いて、深々と頭を下げる。
「……皆さん、この度はわたしの無茶でご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」
「……無茶したことは叱るけど、治してくれたことは感謝してる。頼むから、自分のことも大事にしてくれ、美星」
傍に腰掛けた夢月に切なげに顔をしかめて言われてしまうと、わたしの胸が痛んだ。心配かけてしまったんだ。
手を伸ばして、夢月の手を取る。夢月は目を丸くしていたけど、わたしは気付かず彼の手を握った。
「夢月……。うん、ごめんね」
「わかってくれたら、それで良い」
どうして彼の顔が赤いのかわからないまま、わたしは慧依さんと優依さんにも謝ってお礼を言った。すると二人からも、夢月と同様のことを言われてしまった。
最後に、シャリオちゃんにも。
「心配しましたよ、姫様」
「うん、ごめんね。それと、ありがとう」
「はい」
それからわたしたちは、遊園地での出来事を共有した。話し合いが終わろうとした時、わたしはあの夢の話をしておくべきだと思って口を開いた。
「あの、わたし……前世の記憶を思い出したかもしれません」
結果わたしは、その場にいる全員の視線を集めてしまった。
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