最終章
第1話
*
イリシスの刀がユリシアの喉に到達する直前。ユリシアの目が開き、とっさにぐるりとそれをかわした。
「チッ、しぶといわね!」
立ち上がることもしないユリシア目掛けて、イリシスが再び刀を叩きつける。
模擬刀がユリシアに触れる寸前で、今度はイリシスの体ごと弾かれた。
「っ……何!?」
間違いなく当たっていた。けれども感触はなかった。
どうして弾かれたのかは分からなかったが、イリシスはひとまず刀を構える。
ユリシアが立ち上がる。ふらりと揺れるその姿は、どこか不気味だった。
「ちょ、ちょっと……こっちには爆弾があるのよ。止まりなさい」
「爆弾? 危ない……それ、みんな死んじゃうよね」
「ちょっと、聞いてるの!?」
フラフラと向かってくるユリシアに、イリシスも立ち向かってはいけないようだ。
毒がどうして効いていないのか。イリシスは平静を装いながらも、情報の整理に忙しい。
「シウォンくんも、アックスフォードさんも、ウィシュアも、クランも、サリハくんも、スウェインくんも、みんな爆弾で死んじゃう……殺される……危ない人は殺さないと……殺す……殺しておかないといけない……」
「……あんた、まさか、」
ユリシアが踏み込んだ。目視では追いつけず、気がつけばイリシスの目の前に現れる。
「黒魔法が、」
殺さないといけない。
ユリシアが呟くと同時、イリシスが弾き飛ばされた。
「何が起きてる……?」
会話の届かないところで見ている生徒たちには、その状況がまったく掴めなかった。
先ほどまではユリシアが劣勢だった。思わず飛び出しそうになったウィシュアをシオンが捕まえて、言い合っているうちに状況がひっくり返っていた。
イリシスは立ち上がることなく、弾き飛ばされて倒れたままである。
「……アクラウド先生、あのようなときはどうすれば良いのですか?」
「俺も文献でしか知らないが、かつては白魔法と相殺させて沈静化を図ったと見た。どうするのかは分からん」
「まったく。……爆弾を送り込むのなら、その辺りも考えておいてください」
「殿下!?」
セヴェリの言葉を聞き、シオンがすぐにユリシアのもとに向かう。とっさについて行こうとしたウィシュアを、今度はセヴェリが引き止めた。
「離してください!」
「全員避難しろ! 緊急事態だ! 教師は校舎に居る生徒を全員家に帰せ!」
「アクラウド先生、どういうことですか!」
「どうもこうも、ハウンド・ラックが爆弾を所持していただろ。誤爆でもしたらどうする。ハウンド・ラックが気絶してる今のうちに避難すんだよ」
そういえば、イリシスが爆弾を所持していた。
ユリシアとイリシスの剣幕にたじろいでいた教師たちは、慌ててその場にいた生徒たちの誘導を始めた。
ウィシュアは動かなかった。もちろん、セヴェリもその場で待機している。
「……お前も行け」
「あいつ、何者なんですか」
「どうせ後で分かる。今は避難しろ。俺は忙しいんだよ」
ウィシュアの背を押し、セヴェリはすぐに端末を取り出した。
ウィシュアに納得した様子はなかった。しかしセヴェリが何も話さないと分かったのか、渋々ながらに避難へ向かう。
「閣下、緊急事態です。黒魔法が暴走を」
『そうか。間に合わなかったか……』
「現在、王太子が白魔法で抑えています。いつまで保つか」
『ルセフとシルヴィアネも呼んで、万が一に備えなさい。その身を賭してあの子を止めろ。……絶対にあの子を殺すんじゃない。あの子は希望だ』
「もちろんです」
セヴェリの視線の先では、ユリシアとシオンが同格でやり合っていた。
セヴェリがあの場には入れない。入ったなら一瞬で肉塊にされるだろう。
セヴェリには祈ることしかできなかった。
ユリシアの鋭い拳が、シオンの頬をかすめた。しかしそれもすぐに治癒される。逆にシオンの拳がユリシアの腹にめり込むと、ユリシアはそれを反発させて自身の体を弾くことで痛みを回避する。
永遠に決着がつかないというのに、かつてはどうやって相殺させたというのか。
「情報が少ない段階で、あなたという人は……!」
どうやっても沈静化などのぞめない。
ひとまずイリシスから意識をそらせることができたから良かったが、その代償が持久戦である。シオンはせめて生徒たちの避難が終わるまではと、必死にユリシアの攻撃をかわしていた。
「ユーフェミリアさん! もうすぐであなたの恋人が来ますので、それまで休戦しませんか!」
ユリシアの動きが止まる。キョトンとした顔で振り向いた。
「? シウォンくんにはハウンド・ラックさんが居る」
「ああ……監視をするための行動が裏目に出ましたね。まさかユーフェミリアさんも噂を信じたとは……あのお方も報われない……!」
言い終わるより早く、ユリシアが再び動き出す。シオンには見切ることで精一杯だ。
なにせ白魔法は人を害するためのものではない。シオンは騎士学の実技の成績は良いが、所詮はその程度の実力である。暴走した黒魔法を相手に渡り合える実力ではない。
「ねえあなた今どんな感覚なんですか? ユーフェミリアさんの意識はあります?」
「今日はよく喋るんですね、殿下」
「どうやら意識はあるようですね」
それならどうして、殺しそうな勢いでシオンを狙っているのか。
これが暴走なのだろうか。自我を失ってくれていたほうがまだ安心ができる。このまま平行線で戦い続け、合間に策を考えるしか……そう思った矢先、ユリシアの足元がビシリと割れた。
「……ユーフェミリアさん?」
「キリがないので、壊すことにしました」
「待っ、」
亀裂は一気に、グラウンドすべてに広がった。
シオンの足元が揺らぐ。ボコボコと変形する地面に立っているのがやっとである。体勢をわずかに崩した一瞬、追撃されたシオンの体が吹き飛ばされた。
白魔法を宿していることが幸いして肉塊になることはなかったが、後頭部を強打したためにすぐには立ち上がれない。
ユリシアが静かに歩み寄る。シオンはなんとか起き上がった。
「……本当に厄介ですね、私とあなたでは決着がつきません」
「そうですね。だから壊すんです」
「いいえ、手段はあります。時代は変わりましたよ」
「ユリシア!」
走り難いグラウンドを突っ切り、やってきたのはアグドラだった。久しぶりに顔を見たような気がする。声を聞いたのも随分と前が最後だった。
アグドラの背後には、魔術師学の教諭が複数立っていた。ユリシアを取り囲むように移動し、魔術書を開く。
「……シウォンくん……?」
「少し我慢をしてくれ。可能性がこれしか見つからないんだ」
「遅いんですよあなた! この私が殺されかけましたよ!」
「仕方ないだろ、校舎内は大混乱なんだよ。これでも最速だった」
ユリシアはぼんやりとアグドラを見ていた。しかしすぐに少し離れたところに目を向ける。そこにはセヴェリと、なぜかユリシアのアパートの両隣に住む夫婦が立っていた。
(どうしてあの人たちが……)
「これから、俺とお前の魔法でユリシアの動きを完全に止める。後は先生に任せるしかない」
「はいはい、分かりましたよ。……まったく、あなたはいつも無茶ばかりを」
「できる手段はすべて試すしかないだろ」
アグドラがユリシアに歩み寄る。しかし途中で弾かれ、一定の距離からはまったく近づけなかった。
「シウォンくん、ちょっと今はこないで、殺しちゃうかもしれないの」
「……何を言ってる。お前はそんなことをしない」
「ううん、たぶんするよ。簡単にできる。今、私おかしいの。気持ちが悪い」
感情がおかしい。感覚がつかめない。シオン相手でなければきっと、触れただけで殺してしまっていただろう。
アグドラを殺したくはない。ユリシアは必死に理性を振り絞り、アグドラが近づかないようにと弾いて返す。
「来ないで。死ぬよ」
「大丈夫だ。……俺はお前の恋人だろ。こんなときに側にいなくてどうする」
「……違うよ。シウォンくんには、ハウンド・ラックさんが居る」
「あ、すみません。なんか勘違いをしていたみたいで」
「頭が痛いな。だからあの女の監視はおまえに任せると言ったんだ」
「無理ですよ。私には立場がありますし、そんなことをすればリナリィがどうなるか」
「知るか」
アグドラが一歩踏み込んだ。同時に地が揺れ、亀裂が深まる。
「落ち着けといつも言ってるだろ」
「シウォンくんにはハウンド・ラックさんが居るから……もう、私はいらないの。邪魔になったから。ハウンド・ラックさんもシウォンくんが好きだって、言ってたから、だからもう、」
「ぐあ!」
ユリシアの背後に立っていた教諭が、突然膝をついた。苦しげに胸のあたりを握りしめ、必死に酸素を吸い込んでいる。
「殺そう」
ユリシアが苦しむ教諭を振り返る。
アグドラは自身からユリシアの意識がそれた一瞬の隙に、ユリシアの体を魔力で固定した。
「援護しろ! 俺だけじゃもたない!」
「分かってますよ! まったく、勝手に自分のタイミングで動いておいて……!」
ユリシアは、自身がなぜ動けないのかが分からなかった。
苦しんでいた教諭がふらりと立ち上がる。どうやら解放されたらしい。教諭がそれぞれの配置につくと、同じ口上を口にした。
ユリシアの足元が光る。ユリシアの体を光が包むと、気分の悪さも和らいでいくようだ。
「……何、これ……」
いや、気分の悪さが和らいでいるのではない。ユリシアを襲う強烈な眠気が、気分の悪さを遠ざけている。
「ユリシア様!」
「近づくな! まだ終わってない!」
駆け寄ろうとしたのは、セヴェリと共にいたお隣の夫婦だった。なぜか全員がオロオロと見守っている。ユリシアを監視していたはずなのに、その弱々しい様子がどこか可笑しかった。
――ああ、ユリシアは死ぬのだ。
唐突に、そんなことを理解した。
ユリシアはこれまでたくさんの人を殺した。きっとその報いなのだろう。
アグドラが見届けてくれるなら悪くはない。アグドラは同志だった。ユリシアも、彼のことは信用していた。
「シウォンくん……」
アグドラは、見たこともないような優しい顔で笑っていた。
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