第7話


 騎士学の授業に、イリシスはギリギリにやってきた。それまでアグドラと話していたからだろう。あちらも薬草学があるというのにそこまでイリシスの相手をするということは、離れがたいと思えたからだろうか。

「ユリシアさぁん。今日は模擬試合なので、よければペアになりませんかぁ?」

「やめとけ。こいつマルクに膝つかせたんだぞ」

「ええ? スウェインさんにですかぁ? 野蛮でこわぁい」

 噂以来、イリシスはあからさまにユリシアを嫌っている。何かをした記憶はないのだが、あからさまな態度に腹が立たないわけでもない。イリシスが女ながらに強いと知っていたために、ユリシアも一度打ち合いをしたいと思っていたところである。

「いいよ、ペアになろう」

「げ、マジかよ」

「ユーフェミリアさん、あなたは私といかがですか」

「きゃぁ、シオン様。心配してくださるんですかぁ? だけど大丈夫ですよぉ、私とっても強いので」

 ユリシアの背後から現れたシオンに、イリシスがすぐにハートを飛ばす。

「……殿下。私、売られた喧嘩は買うんです」

「やだぁ、喧嘩なんて売ってませんよぉ。ユリシアさんって本当、被害者ぶってて痛々しくて、悲劇のヒロイン気取りって感じぃ」

 言葉に踊らされることはない。ユリシアは冷静に模擬刀を握りしめる。イリシスは一度準備をするべくグラウンドの端に小走りに戻った。

「……大丈夫かよ、お前手加減できんの?」

「ウィシュア、私の実技の成績知ってるでしょ。手加減してる余裕なんかないよ」

「いや、お前はほら、スイッチ入ると危ないから」

「スイッチ……?」

「ユーフェミリアさんに誘いを断られるのは二度目ですね」

 何の話かとウィシュアに聞こうとしたユリシアを止めるように、シオンが会話に割って入る。表情も雰囲気もいつもと変わらなかった。

「そんなつもりはなかったのですが」

「どうでしょう」

 シオンはチラリと、離れたところからこちらを見ているセヴェリを確認する。セヴェリは渋い顔をしていた。

「私たちはまだ、最悪の事態には備えられていないのですが……」

「? セヴェリ先生がいるので、怪我をしても大丈夫です」

「ええ、怪我などという可愛らしい事態ならば、騎士学の実技には出席必須の救護教諭で間に合いますね」

 まったく噛み合わない会話に、ユリシアの頭には大量の疑問符が浮かぶ。

 どういう意味かとユリシアが聞こうと口を開いた直後、戻ってきたイリシスがユリシアの腕を掴んだ。

「お待たせしましたぁ。先生には許可取りましたよぉ」

 イリシスはなかなか強い力で、ユリシアをグラウンドの真ん中へと連れる。ユリシアが離れる際、シオンは珍しくその表情を固くしていたが、何かを言うことはなかった。


 広いグラウンドでは一度に四試合おこなうことができるため、ユリシアたちは待つ必要もないようだった。


 二人が構えると、判定をする教諭が開始のベルを鳴らす。


 途端、仕掛けたのはイリシスだった。

 素早く踏み出し、横に大きく振りかぶる。ユリシアはギリギリで見切って避けたが、追撃は避けきれず模擬刀で受けた。

 腕に衝撃が響く。少女の力は強くはない。弾き飛ばして体勢を整え、今度はユリシアから仕掛けた。

 しかし。

 イリシスがポケットから小さな瓶を取り出し、中身をユリシアの顔に散らす。ユリシアの視界は一気に奪われた。

「う、何、これ、」

「毒よ、遅効性のね。あんたは死ぬの」

 二人のやり取りは近すぎて、外野には気付かれなかった。

 イリシスが模擬刀を握り直し、ユリシアを強く打つ。けれどもユリシアは寸前で避けた。視界はしっかりと奪われているはずだ。それでもユリシアは目を閉じたまま、イリシスに反撃を始める。

「なるほど、私を殺すことが目的だったんだね」

「今更遅いのよ!」

 イリシスの強い一撃がユリシアの頭に直撃した。

 脳が揺れ、一瞬平衡感覚が失われる。なんとか倒れなかったユリシアに容赦無く、イリシスが二撃、三撃を打ち付けた。

「試合終了!」

 異変に気付いた教諭が駆け寄る。イリシスは自身が装備していた防具を脱ぎ捨てると、その内側に隠していた爆弾を晒した。

「近寄ったら爆発させるわ! このグラウンドに居る者はみんな死ぬ。王太子もね!」

 誰もが動けないその隙に、ユリシアはようやく目元を拭う。

 頭がぐらぐらと揺れている。身体中が痛い。気分も悪い。毒が回ってきたのかもしれない。ユリシアの異変にウィシュアも気がついたが、イリシスが危険で近づけないようだった。

「……周りくどいことせずに、最初からこうしてれば良かったのに」

「あんたから全部を奪いたかったの」

「私、何かした?」

「……そうね。あんたが生まれたことで、わたしは全部奪われた!」

 イリシスは感情のままに模擬刀を振りかぶる。それはユリシアには当たらなかった。ユリシアも目元の毒を拭い、ようやく視界が開けたようだ。

「お父様もお母様も、お兄様だってあんたのことばかり! 何が脅威よ、何が破滅よ! 目の前のわたしには何の興味も持ってくれない!」

 先ほどまでよりもうんと強い力で追撃を繰り返す。ユリシアは状態も悪く、それをいなすことに精一杯だった。

「あんたを殺せばすべてが終わる! この世界も平和になる、わたしも家族もみんな救われるの!」

 ――どうして産んだんだ、こんな子ども! 早く殺せ!

 連撃される中、ユリシアはイリシスの目を見て息をのんだ。

 その目を見たことがある。その憎悪を感じたことがある。ユリシアの記憶の奥の奥、深く閉ざされていた両親との記憶の中に、同じものが確かにあった。


「ユリシア! くそ、どうすりゃいいんだよ……」

「やはり仕掛けられましたね。想定より随分と早いようですが」

「殿下、落ち着いている場合では、」

「大丈夫ですよウィシュア。想定より早かったというだけで、想定はしていたので」

 現状に見合わず、シオンはいたく落ち着いている。

「……こうなることが分かっていたということですか」

「ええ、まあ。そもそもイリシス・ハウンド・ラックはハリウス国の第二王女です。ハウンド・ラックという姓は、ハリウス王家の母方の遠戚のものですね。第二王女はあの容姿ですから、国王である父に大切にされていたのでしょう。公務はほとんど第一王女がおこなっていたため、国内でしかその顔を知る者はいません」

「ま、待ってください、追いつけないのですが」

「家族が過保護だったおかげで、突然その関心が失われてあのようになってしまったんですね。……はぁ、厄介です。アクラウド先生、連絡は」

「とってるよ。あの小娘、やりやがったな」

 いつの間にいたのか、シオンの隣に現れたセヴェリを見て、ウィシュアは驚きながらも軽く頭を下げた。

「アルシリウス国内で私の命を脅かすこの行為……ふふ、ハリウスに重圧をかけるにはもってこいの状況ですね」

 二人が焦る様子はない。ウィシュアからすればそれがひどく不気味ではあったが、それよりもユリシアが心配ですぐに視線をそちらに戻す。

 ユリシアはもうギリギリだった。いつとどめを刺されてもおかしくはない。イリシスは本気だ。模擬刀であっても、強く打ち付ければ打ち所によっては死に至るだろう。

 ユリシアの足取りはおぼつかない。フラフラとしていて、イリシスの追撃を受ける頻度も上がっていた。

「世界のために死んでよ! あんたが死ねばみんな幸せになれるの!」

 ――生まなければ良かったんだ! 早く殺せ!

 ガッ! と、一際強く模擬刀がユリシアの頭を強打した。ユリシアは軽く吹き飛ばされ、イリシスがすかさずそれを追う。

 ユリシアは動かなかった。毒が回ったのかもしれない。あるいは生きることを諦めたのか。

(そうだった。私、両親を壊しちゃったんだ)

 ユリシアの両親は、子どもへの愛と憎悪に苛まれておかしくなった。どちらが本当の気持ちなのか、何が正しいのかを日々悩み、殺したいと思うのに愛が引き止め、そしてやはり殺すべきだと手に掛ける。

 だから殺してあげたのだ。

 ユリシアは両親がかわいそうだった。ずっとユリシアのことで苦しんでいた。心を病み、喧嘩ばかりを繰り返す。生きていて何が楽しいのかと思えたからこそ、また笑ってほしくて、楽になってほしくて殺した。ユリシアはまだ五歳だったけれど、寝ているところを襲えば造作もない。

 ユリシアは両親を殺した。身寄りをなくして逃げ出したユリシアは、それから偶然にも不穏な施設に拾われた。

「あんた一人を殺すことに何度も何度も失敗した。何人送り込んでも返り討ちにされるの。だからわたしが来てやったのよ。……ねえ、どんな気持ちなの? 大好きな恋人を奪われて、こうやって惨めに殺されるの。お似合いだわ、あんたには」

 動かないユリシアの真上で刀を構え、勝ち誇った笑みを漏らす。イリシスは容赦無く、その刀をユリシアの喉に目掛けて振り下ろした。

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