第2話


「うわ、あいつも騎士学だ」

 ウィシュアのやや嫌そうな声を聞いて、ユリシアもそちらに目を向ける。

 専攻科目のオリエンテーションが始まった。グラウンドに集まった生徒の中に、イリシスの姿もある。

 女子生徒は今年は同学年から二人。どうやらユリシアとイリシスのみのようだ。

「……あんな腕で剣が持てるのかよ」

「私でも持てるよ」

「お前はまぁ……」

 ユリシアの呑気な言葉に、ウィシュアも肩が落ちる。

「あ! ユリシアさぁん」

 ユリシアに気付いたイリシスが嬉しげにユリシアの元にやってきた。

「騎士学一緒なんですね、嬉しいですぅ」

「う、うん……」

「今朝もストレイグさんと居ましたけど……お二人はお付き合いされているんですかぁ? ストレイグさん人気ありますし、騎士みたいで羨ましいです!」

「あ、ウィシュアとはそういうのではなくて、」

「こいつの恋人は別にいる。けど、オレも恋人みたいなもんか」

「絶対適当なこと言わないで。違うのハウンド・ラックさん、私の恋人は一人です!」

 まだ返事をしていないツケが回ってきたのか、ウィシュアはフォローすることもなくニヤニヤとしながらユリシアを見るだけだった。

 イリシスはじっとやり取りを観察していたが、すぐにいつもの甘えた笑みを浮かべる。

「そうなんですねぇ! ふふ、どちらにしても羨ましいですよぉ! 騎士みたいにそばに居てくれる人もいて、人気もあって強くて恋人も居て、いつも誰かから見てもらえているなんて……本当、幸せそうで羨ましい」

 声のトーンは甘やかなのに、どこかトゲが見え隠れしていた。気付いたユリシアは返す言葉を見つけるのに必死だったが、イリシスは返事を聞くつもりもなかったのかくるりと背を向けて二人から離れていく。

「……お前、あんまりあいつに近づくなよ」

「やっぱり変だと思った?」

「思った」

 何かをした記憶はない。イリシスとは間違いなく初対面である。

「やあウィシュア、ユーフェミリアさん」

「殿下」

 突然やってきたシオンに、ウィシュアの背筋がピンと伸びた。

「ユーフェミリアさんはまた騎士学ですか。彼が薬草学なので同じにされるかと思っていましたが」

「……シウォンくんに合わせて学園生活を送らなければならないわけではないので」

「……彼も苦労をしますねぇ」

 シオンの笑みが陰る。ウィシュアはさらに緊張したようだったが、ユリシアには少し不思議だった。

 思えば、ユリシアはシオンからあまりよく思われていない。深く関わった記憶もないし、当然何かをした記憶もない。

 ユリシアがシオンを伺うように見ていたからか、シオンは貼り付けた笑みを返す。その笑みもまた、ユリシア以外には見せない薄っぺらなものだ。

「ユーフェミリアさん! 今期も騎士学にしたのか!」

 やや固い空気を裂くように、マルクがやけに嬉しそうに駆け寄った。

「うん。今期からもよろしくね」

「ああ。またぜひ模擬試合をしよう。楽しみにしている」

「…………うん」

 ウィシュアが不意に、ユリシアとの距離を詰める。同時に視線を感じた。ちらりとそちらを伺うと、一瞬、睨むようなイリシスと視線がぶつかり、しかしすぐににこりと微笑む。

 イリシスにも何かをした記憶はない。ユリシアはどうしてこうも敵ばかりなのかと、深いため息を吐き出した。


   *


 セヴェリはその日、仕事の休みを利用して国境付近に来ていた。

 本国との連携が必要なことが多くあるため、時折本国の役員と落ち合うのだ。

 お気に入りのタバコをふかし、ぼんやりと空を見上げる。突然、隣から携帯灰皿が差し出された。

「やあセヴェリ。ここは喫煙禁止だよ」

 すこぶる顔の良い男が、微笑みながらたしなめる。セヴェリは少し考える素振りを見せたが、一度大きくタバコを吸い込み、携帯灰皿にすぐに押し付けた。

「俺をつけてたのか?」

「まさか。僕も定期報告があるだけ」

 男は可笑しいと言わんばかりに笑う。

「シルヴィアネから聞いたよ。学園祭では散々だったらしいね。おかげで閣下がお怒りだ」

「ヤツは何かを喋ったのか」

「その報告が今日だね」

 男が小型器機をポケットから取り出した。

「面倒くせぇよなぁ。国籍やらなんやらで、あいつを秘密裏に引き渡すこともできやしねぇ」

「おかげでシルヴィアネとルセフがはりきっちゃってね。殺さないように止めるのが大変だった」

「それで? どこに雇われてたんだ」

「ハリウスだよ。分かってるくせに」

 セヴェリも見当はつけていたが、男の言葉で確信に変わる。

「……まだ折り合いはつかねぇのか」

「ということだろうね。閣下も頑張っているようだけど……」

「はぁ。……手っ取り早いのは脅すことなんだろうが……溝が深まるだけだからなぁ」

「学園内の様子はどう? 学園祭での一件から、手段を選ばない傾向にあると思うんだけど」

「転入生がきた。イリシス・ハウンド・ラック。調べられるか」

「……イリシス?」

 男は眉を寄せ、考えるように腕を組む。

「珍しい響きだな。それに、ハウンド・ラックなんて、アルシリウスでは聞かない性だ」

「だよなぁ。俺も警戒はしているんだが、学園内では動きにくい。邪魔者を消すのにもひと苦労だよ」

「そうだろうね。ましてや今のあの学園なら余計に。……転入生の件、ルセフたちにも伝えてあるかい?」

「いや、まだだな。閣下には報告した」

「閣下は何と?」

「返事待ちだ。あちらも忙しいらしい」

「他には何かありそう? こちらで調べられることならなんでも言ってよ」

「……アグドラ・シウォンという生徒がいるんだが……アルシリウスの王太子とも仲が良くてな、少し妙なんだよ」

 アグドラ、という名に反応したのか、男の眉が揺れる。

「どう調べても何も出てこない。俺が赴任した二年期の初めから調べてはいるが、いまだに何者かが分からないんだ」

「なるほどね。そういえば実際に接触したシルヴィアネも怪しんでたな。……意図的に隠されていないと、そこまで足がつかないなんてことはない」

「そういうことだ。今のところ目立って怪しい動きはないが、目的も分からないんじゃあこちらも手の打ちようがない。俺の情報網で限界があったから、お前に頼むよ」

「了解」

 会話もひと段落ついたところで、ちょうどセヴェリの待ち人がやってきた。見た目には普通の、どこにでも居る風貌の男だった。


 一つ仕事を終えたセヴェリはようやく自身の家に戻る。家といっても本国から与えられているものだから、質素なワンルームである。

 やけに音の響く外階段を上り、二階の奥の部屋へと向かう。ドアノブに手をかけたところで、セヴェリは一度動きを止めた。

(……“遊び”がねぇ。誰か入ったか)

 セヴェリはドアノブに細工をし、“遊び”と呼ばれる緩みを微かに設けている。その遊びがまったく無くなっているということは、誰かがノブに触れ、侵入もしくは侵入をしようとしたということである。

 セヴェリはまたかと呆れ気味に扉を開けた。実は侵入者は二度目の来訪だ。一度目はセヴェリがやってきて少し経った頃だった。

 そのときには盗聴器やカメラなどが仕掛けられた形跡もなく、荒らされてもいなかったから何が目的かも分からなかった。今回はどうだろうかと、セヴェリはまず家中を確認する。

 同じ人物が仕掛けた可能性は低いが、もしかしたら同じという可能性もある。

 なにせ、一度目の侵入はセヴェリが来た直後、そして今は学園祭で事件があった直後である。セヴェリを怪しいと思っているとするのなら、同じ人物がセヴェリの身辺を改めて調べるという理由も分かる。

 しかし今回も荒らされた形跡はない。どこを調べても盗聴器の類は見つからないし、盗まれたものもなかった。

 プロの犯行だから痕跡がないと言えばそれまでだが、そこまでしてセヴェリを調べるというのなら、相手はかなり大物ということになる。そのほうが大いに厄介だ。

 セヴェリは手に持った端末のボタンを押した。

「……閣下、ご報告が、」

 セヴェリがそこまで言ったところで、相手が「少し待て」と言葉を遮る。

『――アルシリウスが我々の動きに気付いている。王家から私へ直接接触があった』

「それは……」

『王太子に動きはないか』

「はい。変わりなく」

『そうか。……王太子を警戒しろ。今後、大きな動きがあるはずだ』

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