第18話《同質の感覚》

「さぁて、お二人には"お気持ちご褒美"を頂きましょうかね。約束だし~♡」


 母で世界的デザイナーの塒ケ森 郁(とやもり・かおる)が、藍坂 祐奏(あいさか・ゆうか)の衣装の基本計画を作ると、席を外した工房。鼻の下を伸ばし、綴 冬燎(つづり・ふゆあき)は、藍坂姉妹に宣言した。


「お手柔らかに、お願いします」と祐奏。


「なに着せられるの? わたしはともかく、お姉ちゃんに変な服着せたら、怒るよ」


 警戒しつつ、藍坂 歩奏(あいさか・ほのか)が言った。


「『わたしはともかく?』 ──そんなこと言ったら、昭和仕様の体操着とか、着せちゃいますけど、いいんですかねぇ」


「ふゆっ、この変態!」


 歩奏に罵られ(ある意味、ご褒美、もう貰ったけど。だが、僕は貪欲なのだ)と、より変態的なことを考えつつも、冬燎はニヤリとした。


「一つの時代の文化を変態呼ばわりとか──ぼかぁ、困るなぁ。これだから最近の若者は」


「アンタも同い年でしょ!」


 歩奏に突っ込まれつつも、冬燎は洋服ダンスから掛けてあった衣装を取り出した。


「何これ」


 それは闇夜に咲く一輪の毒花のような、ゴシックパンクの衣装だった。


 首元にレースとクロスモチーフの飾りが付いた、黒いチョーカー。上半身はコルセット風のタイトな黒のビスチェに、レースとフリルが重ねられたオフショルダーの袖が取り付けられ、華奢なデコルテと肩が覗くように作られていた。


 ビスチェの正面は編み上げで体にフィットし、ウェストの細さが強調されるところが、冬燎の性癖である。背中には光沢のあるリボンが飾られる。

 

 両腕はバックルとチェーンが飾られたロンググローブ。下半身はビスチェと一体化した黒のプリーツスカート。その裾にもレースとチェーンの飾りがあった。


 特筆すべきはレッグウェアで、太ももには複数のベルトとガーターが取り付けられたハーネスが巻かれている。その下には繊細なレースの入った黒い網タイツ。


 足元は重厚な厚底の編み上げブーツであり、チェーンや黒いリボンが飾られた。可愛らしさと退廃感を高いレベルで両立させた衣服と言えた。


「くっ、"あき"の仕事だね。──悔しいけど、カッコいい。変態だけど」


 中二病の感性が強い歩奏に、ゴシックパンク服が刺さるのを見つつ、祐奏は(確かに綴くん、天才だけど、採寸もしないで、こんな体にぴったりの服が作れる関係性って……)と、怪訝な顔をした。


「で、釉さん様には、これしかないと思った」


 それはVtuber《歌内 釉(うたない・ゆう)》のアバターが着ている、スチームパンク魔法少女の衣装だった。祐奏は目を輝かせた。


「綴くん、すごいっ! これっ、ご褒美なの……僕の方じゃない!!」


 《魔法銃》などの小物類まで再現しているこだわりぶりに、祐奏は感心する。


「いつか必要だと思って、デザインを依頼された時に作ったんだよね。サイズは、最近の歩奏に貰った写真からの推測。布が柔らかいから、多分着られると思う」


「"あき"、作家目指さずに、服飾デザイナーになってもいいんじゃないの?」


 歩奏が真顔をして言った。


「母さんと仕事で競うのはちょっと……歩奏の憧れの遠野先生は、僕の打倒目標だし、"眞白"から、続き書けと催促されているからな。で、なにより、僕は歩奏との約束を果たしたい。歩奏にはアニメ化された僕の作品の声優をしてもらう。どんなセリフを言わせそうか、だけでご飯何杯も行けるぜ」


 ジト目を向ける歩奏を無視し、妄想全開で冬燎はヘラヘラした。


「……まぁいいわ。約束だし。着替えて来るね」


 藍坂姉妹が試着室に入る。「サイズぴったり。キモっ」と歩奏が言い、祐奏が「ええと……これは……」と当惑の声を上げた。


「どうかな。早く姿を見せておくれよ♡」


 キモさ全開で冬燎が鼻の下を伸ばす。祐奏が両手でスカートを抑えて、出て来た。


「綴くん。……設定より、多分1cmくらいスカートが短いです。わざとでしょ?」


 真っ赤になって、頬を膨らまし、祐奏は抗議した。


「……くっ、さすが釉さん様。我が深淵な計略を見抜くとは。で、アバターよりずっと可愛い。素顔の祐奏姉さん、ヤバすぎる! ……って、あれ」


 おどけた冬燎の首に、するするとチェーンが巻き付いた。


「飾りのチェーンで首絞めようかしら。というか手が勝手に動いて……ごめんなさいね。もう締めてる!」


 ゴシックパンク服の歩奏が、チェーンを冬燎の首に巻いていた。


「ちょ……歩奏。話せばわかる。ストップ、タンマ、停下来!」

 

 中国語の「やめて」まで交えたが、歩奏は止まらない。


 冬燎が絞められているところに、塒ケ森 郁が現れて、静かにタブレットを指さしたので、全員が動きを止め、そちらを向いた。


「ごめんなさいね。愚息が変態で。こっちは仕事したから、後は分担して作るだけ」


「母さん、仕事はやっ」


 祐奏の考えた服を、世界的デザイナーがリデザインした衣装だった。小物類が追加されており、首元のリボンのついた、クリスマスツリーの鈴のような飾りや、腰への大きな藍色リボンの追加など、よりインパクトのあるシルエットになっていた。


「祐奏さん。わたくしに約束した以上は、世界的クリエイターになってもらうわ。代表作のつもりで臨んだ仕事よ。サブカルの服、作ってみたかったしね。素材も高いから料金も高いけど、成功して出世払いして」


 そう言って、祐奏に料金を耳打ちする。祐奏は「ええっ」と呟く。


「……わかりました。ちゃんとお支払いしますから」


「『冬に料金支払っているのに押し売りされた』、と怒らないのはさすがね」


 郁は祐奏の覚悟を試したのだけど、 期待通りの反応を見て、微笑んだ。


「他のクリエイターへのリスペクトとしても、塒ケ森 郁先生への憧れとしても、ただ『ありがとうございます』以外ないですよ。それに、先生への相場って、そんな金額じゃないですよね。1/10くらいじゃないですか?」


「だってぇ、わたくしが見たいんですもの」


 "あき"が美しいものに逆らえないのは血筋だと、歩奏は確信した。


  * * *


「明日は……お館様がっ、成田空港に来るんだ。この衣装、驚くだろうなっ」


 祐奏は自分の一人暮らしするアパートで、ベッドに完成した衣装を置いて、ご機嫌だった。郁や冬燎の協力で完成した服を見て、笑みがこぼれてしまう。


 祐奏や歩奏も、葦原家のメイド長・駒生 仍(こまおい・なお)に指導されたので、簡単なコスプレ衣装くらいなら自作できるが、綴親子の技術は神業レベルで、ただ感心されられたのを思い出す。


 楽しみで、カレンダーを見た時、祐奏は違和感を覚えた。翌日の日付のところが、まるで靄がかかっているように感じられ、16:44の数字が見えた。


 渦巻くような違和感と、禍々しい直観。それは、6年前の炎に包まれたあの日に感じたものと、全く同質の感覚だった。 

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