第一話 事実上の、国外追放①



「帝国皇太子の、婚約者になれとおっしゃるのですか? 王女殿下の代わりに?」

「代わりというか……王女殿下のフリをして嫁いで欲しいそうだ」

 執務室に呼び出されたユリアーナ・ロジエは、自身の父であるロジエ公爵アルフレートの返答に目を見開いた。

 ユリアーナの豊かなブロンドヘアは、丁寧に編み込みハーフアップにしていて、紫色のこうさいは強い輝きを放っている。シンプルな紫色のデイドレスを着こなす立ち姿は、気品に満ちあふれていた。

 ここ、シュヴラン王国は海神を祖とし、王族はその子孫とされている。海神の守護を受けているだけでなく、海神のすみとされている宝石泉から採れる宝石資源を他国へ輸出することで、国土は小さいながらも豊かに暮らしていた。シュヴラン産の宝石は通常の鉱山で採れるものとは異なり、自然と光を発することから、貴族たちの光源としても需要がある。また、サファイアは世界中でここでしか採れず希少価値が高い。

 王国民は労せずして豊かに暮らすことに慣れきっているのに、わざわざ他国と縁談とは、とユリアーナは驚きを隠すことができない。

 ロジエ公爵いわく、周辺諸国を併合することによって勢力を増してきた西隣のバルリング帝国が、いよいよシュヴランにも強大な軍事力をちらつかせ始めたことで、国境には緊張が走っているのだそうだ。

 力ずくでこられたら、シュヴランのような小国は一瞬でじゆうりんされるだろう。

 だが王国には、『海の至宝は海神の血を引く王族が守ってこそ』という言い伝えがある。他国から攻め入られ滅亡の危機にひんする度、宝石泉──原石が底にある深く透明な泉で、限られた者しか場所を知らない──が濁り、全く宝石が採れなくなる。その公的記録によって『絶対不可侵領域』として他国の支配から逃れ、生きながらえていた。

 今帝国からは、王女を嫁がせろと打診されているらしい。つまり、宝石泉を守る血筋を帝国へ取り込もうという魂胆だろう、とユリアーナは予想した。軍事力はうんでいの差であるからして、脅しに近いのだろうということも。

(それでも、この婚姻で帝国に利益があるかと問われれば、そうでもない気がするけれど。シュヴランを試しているのかしらね)

 ロジエ公爵家はシュヴラン王家の血筋をむ正統派と呼ばれる家柄だが、帝国がシュヴラン王家の血を入れたいのならば、適した人材ではない。

「王女殿下は、四歳です。わたくしは十八。フリだなんて無理ですわ」

「そんなことはわかっている」

 公爵を正面から否定することをはばかったユリアーナの主張は、無駄に終わった。

 シュヴラン王家には現在王子と王女が一人ずつ。第一王女は四歳で、金髪に紫の瞳である。王族の系譜といっても、髪と目の色が同じでしかない公爵令嬢が、王女の代わりになどなれるはずもない。顔立ちもっすら似てはいるが、あくまで遠戚の範囲であり、何より年齢は誤魔化せない。

 一体どうするつもりなのかとユリアーナが考えていると、アルフレートはまた驚きの言葉を吐き出した。

「時の魔女カステヘルミが、魔法でユリアーナを四歳にするそうだ。儀式は、次の満月の夜、海王神殿で」

「っそんな!」

 すでに決定事項として動いているということは、国王直々の命令だと察せる。ならば、一介の公爵令嬢に抗議ができるような余地はない。

「ユリアーナ。国を守るためだと言われてしまえばもう……私にできることはないよ」

「そう、ですわね」

 ユリアーナを絶望が襲うが、負けじと頭の中でさっとロジエ公爵の腹づもりを計算してみる。

 帝国に宝石泉を渡すわけにはいかない。海神の血脈を引き入れようと画策されたのならば、当座の逃げの手として、王族の系譜でも影響の少ない遠縁の者を引き渡すしかない。

 もちろん、誤魔化して先延ばししたところで、いつまで逃げられるか分からない。はかりごとがバレたら、帝国はそのプライドにかけて宝石泉など不要と判断し、あっさりと王国を滅ぼしてしまうだろう。たかが公爵令嬢の自分も、帝国をあなどったとして即時首をねられるに違いない。つまり、ユリアーナは捨て駒だ。だが今王国が打てる手は、それしかないように思われた。

 ユリアーナは、ゆっくりとまばたきをして、心を落ち着かせる努力をする。

「四歳に、なる……わたくしが?」

「ユリアーナ。記憶も何もかも変わらない。ただ見た目だけが変わるのだそうだ」

 ロジエ公爵の説明は、何の慰めにもならなかった。

「いっそ記憶ごと消された方が楽ですわ」

「……そうめいなユリにしかできない、難しい役目だよ」

「物は言いようですわね」

 現在の王国で王女と同じ髪や目の色を持つ未婚の令嬢は、ユリアーナの他にはいない。が、王女と同じ年頃の令嬢の色を変える方が、肉体の時を戻すよりよほど簡単だ。

「体のいい、国外追放。そう解釈いたしました」

 アルフレートは、開きかけた口を閉じた。その態度が、ユリアーナの発言を肯定していた。

 ユリアーナを国外へ排除したい動きは、前々から察知していたことだ。

 シュヴランは海神の至宝によって豊かに暮らし、絶対不可侵領域であることに疑問を持たず、慢心している。そのため引きこもり王国、とされるくらいにはあらゆる情報が滞り、小さな国土で旧態依然とした考え方や慣例だけが残っていた。外交には当然うとい。

 そんな中で、ユリアーナは自分なりに危機感を持ち、社交サロンを運営することで少しずつ周囲の意識改革を目指していた。良い評判も得ていたが、世間知らずでわがまま放題の王子と、その婚約者の侯爵令嬢から煙たがられた。それだけでなく、時勢に鈍感な国の中枢からは、何か良からぬことをたくらんでいるのではないかと無責任にうわさされる始末。

 海神の血統たる海王の治める土地に余計な情報を入れるなと、社交の場からユリアーナを排除しようとする動きもあり、今回の件は穏便かつ合法的に国から追い出すのに都合が良かったのだろう。

「まったく。マルセル王子殿下とイネス嬢には、人の足を引っ張るよりお勉強なさった方がよろしいと、以前からご忠告申し上げていたのに」

「ユリアーナ」

「ええ。これこそ舌禍、というものですわね。わたくしの、ごうとく

 イネスという名の薄い桃色髪でへきがんの侯爵令嬢を思い浮かべたユリアーナは、憂鬱な気分で眉根を寄せた。

 なにかにつけてマルセル王子の二の腕に豊かな胸を押し付けながら、頬を膨らませて突っかかってくるのに、いい加減我慢の限界だった。家格は当然ロジエが上だが、王子の婚約者という立場をかさに着て、何かと上から目線の難癖をつけてくるのだ。

(あんなのにはもう、うんざりしていたところだわ)

 ならば良い機会か、とユリアーナは気持ちを切り替えた。

「お父様。今まで育ててくださり、ありがとう存じます。王国資源のため、我が身をささげましょう」

「ユリ……すまないが、頼んだよ」

 申し訳なさそうに眉尻を下げる公爵のことも、ユリアーナは信用していない。実の父の腹の底には、常に損得勘定が渦巻いていることを知っているからだ。国王へ未来えいごうにわたる貸しを作るためなら、娘を犠牲にするなど平然とやってのける男である。

 そしてユリアーナは、その性質を色濃く引き継いでいると自認している。

「では、失礼いたします」

 丁寧にカーテシーをしてから退室し、自室へと戻った。

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