最強の殺し屋を殺す殺し屋

関川 二尋

1st The killer's name is GateRiver~殺し屋の名はゲートリバー~

   🔫


 始まりは一本の電話だった。

 オレの番号を知るものは少ない。

 その少ない奴からかかってくる電話となれば、仕事の依頼くらいだ。


「ゲートリバー、あんたに依頼がある」

 相手は池袋を拠点にしている中国マフィアのドン『ク・リーリン』。

 この国で生きていたければ、もっとも敵に回してはいけない男の一人だ。


か?」

 まずはそう聞く。オレの仕事は基本殺しだからだ。

 勘違いしないでほしいのはオレは快楽のために殺しをしているわけではない。あくまで職業として、ビジネスとして殺し屋をやっている。この違いは結構大事なのだ。ついでに言えばオレは職人としてこの業界では結構名が通っている。


「いや、正確には回収の依頼だ。組織の『カノン』が裏切って、わたしの大事なブツを奪って逃げた。そいつを何としても取り戻してほしい」


   🔫


 回収業務か……そのブツがなんであるかは聞かない方がいいのだろう。半端に関わるとロクなことがないのは、この世界の常識だ。まぁどうせヤクやチャカかゾーキ、そんなところだろう。まぁその手の仕事もかなりこなしてきたから問題はない。


「報酬は?」

「成功報酬で二億を用意している」

 ヒュー、っと口笛を鳴らしたいところだ。あまり気乗りのしない依頼だったが、そういうことなら話は別だ。そろそろこの稼業から足を洗って、のんびりカクヨムで創作でも楽しみたいと思っていたところだったのだ。条件は悪くない。


 だが相手がカノンというのが少々厄介だった。これまで表立って敵対したことはないが、その評判はオレの耳にも届いている。組織の切り込み隊長、一番の武闘派にしてその戦闘スタイルは狂気を伴って冷酷無慈悲。チャカはもちろん刃物も拳もなんでもござれの戦闘マシーンという話だった。

 ただ、彼が組織を裏切るというところだけは理解できなかった。少なくともク・リーリンに対しては絶対の忠誠を守っているという噂だった。まぁなにがあったか知らないが、そこもまた深入りしない方が賢明だろう。


   🔫


 つまりこの業務にはカノンとの殺し合いも含まれてくるということ。

 だから二億という法外な報酬が用意されているわけだ。


「で、カノンはどうする? 殺すのか?」

「それはアンタに任せる。こちらはとにかくブツを回収できればそれでいい。引き受けてくれるか?」

「一つだけ聞いておきたい。この依頼、今の段階でオレ以外のほかの人間にオファー掛けているか?」

「いや、アンタだけだ。今のところはな」

「ならオッケーだ。競争させられるのはやりづらいんでね」

「商談成立だな、ゲートリバー。ブツと一緒に吉報を待っている、あとで奴の潜伏しそうなリストをメールで送る」


   🔫


 それから三時間後、オレはカノンに銃口を向けていた。


 場所は池袋にある閉店した中華料理屋の個室。オレは大枚をはたいて情報屋を総動員し、夜中になる前に足取りをつかんでいた。錆びて危なっかしい非常階段から五階にある店内に侵入し、奴が驚く暇も与えずに足と肩に銃弾を撃ち込んだ。


 とりあえずこれで勝負は決まった。

 カノンも暴力の世界に生きる人間ではあった。だが殺し屋とは、そういう世界とは次元が違うのだ。殺しはあくまで洗練された技能であり、あらゆる心と感情を殺し、絶え間ない訓練と研鑽を積むことで得られる特異な才能だからだ。


   🔫


「ゲートリバー、か……まさかアンタが出てくるとはな」

 カノンは血だまりの中に座り込みながらも、一抱えもある大きなプラスチックケースをなおも背後にかばっていた。


 もっともカノンもただやられたわけではなかった。とっさに投げたナイフは、正確にオレの左胸を貫いていた。それが心臓に届かなかったのは、胸ポケットに入れていたスマートフォンのせいだ。それがなければ、勝負は相打ちになっていた。


「カノンどうして組織を裏切ったんだ? オマエともあろうものが、どうしてこんな無茶をしたんだ?」

 胸から、スマートフォンとそれに突き刺さっているナイフを引き出しながら聞く。


「なによりも大事なものができたからさ……」

「背中のブツだな。最後だから教えてやる、そいつには2億の価値がついている」

「へ、ずいぶん安く見られたもんだな」


   🔫


 そう話している間にも出血は広がり、カノンは円形の真っ赤な絨毯に座り込んでいるようだ。開け放したままの非常ドアからは冷気が忍び寄り、流れたばかりの血からかすかに湯気が立っている。もう長くはもたないだろう。


「まぁいいさ。このブツはアンタにくれてやるよ」

「いらないね、あとはオマエのボスのところにさっさと届けるだけだ」

「そうか。だったらこいつの中身は見ない方がいい。アンタもこいつの中身を見たら、きっとオレと同じことを考えるはずだから」

「どういう意味だ? その箱の中には……」


 そこまで言いかけてやめた。

 半端に知らない方がいいこともある。それがこの世界の常識だった。

 それに質問しようにも、カノンはずるずると血だまりの中に横たわっていた。


「なに、すぐに、おまえにも、わかる……」


 カノンはうつろな目をしてそうつぶやいた。

 自らの流した血のプールに頬がズブズブと沈んでゆく。 

 そして最後に彼は口元に幸せそうな優しい笑みを浮かべた。


「リンゴ……リンゴが、好きなんだ……」


 謎めいたダイイングメッセージにもとれるが、おそらく死を目前にしたときの思い出の中にいたのだろう。きっと子供のころに食べたリンゴの味でも思い出したに違いない。


「リンゴだな。いつかおまえの墓前に供えてやるよ」


 オレはそう言い残し、カノンの守っていたプラスチックケースを抱え、非常階段から現場を後にした。ク・リーリンに連絡するため、とりあえずアジトまで戻ることにした。


   🔫


 アジトにつくと、ひとまずシャワーを浴びた。

 時刻は夜中の二時。電灯はつけずに、窓から漏れる月明りで煙草をくゆらせ、缶ビールで祝杯を挙げた。

 危ない取引ではあったが、2億という大金の前には苦労も霞む。もっとも受け取りだけは慎重にしないといけない。考えの浅い奴なら、ブツを持ってきたオレを殺そうとするはずだ。下手すりゃ現金を用意してない可能性もある。回収まできっちりやってこその仕事だ。ま、ク・リーリンがそんな奴でないことを祈るばかりだが。


   🔫


 それよりも問題はこいつだ。

 足元にはカノンから奪い取った大きなプラスチックケースがある。

 今ではそれがペット用のケージだと分かっている。

 そのサイズもかなり大きい。中型犬が余裕で入る大きさだ。


 部屋が薄暗いせいで、ケージの中まではよく見えない。

 たださっきから絶え間なくゴソゴソと音がする。

 それからキュィィという頼りない鳴き声も時々聞こえる。

 それからカリカリとプラスチックケースに爪が当たる音も。


 まさかブツが生き物だとは思わなかった。

 厄介なのは、エサとトイレだ。

 生き物はみんなそう、人間だって例外じゃない。

 世話するってのはこの二つを常に提供することなのだ。

 引き渡すまでは、この中身が死なないようにしないといけないということだ。


 

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