第27話 結局、トラブル続々※イザベラ視点

 なんとか開催出来る状態まで準備を終えて、二度目のパーティーの開催予定日を迎えた。


 今日こそは、成功させる。


 会場へ向かう馬車の中で、何度もそう自分に言い聞かせた。


 横には、正装したロデリックが乗っている。そんな彼の表情には、緊張感はない。何か言ってやりたい気持ちがあるけれど、黙っておく。


 前回のような失敗は、絶対に繰り返さない。


 馬車が止まり、会場に到着した。深く息を吸い込んで、心を落ち着ける。大丈夫。今回は、準備も整っている。


 馬車を降りると、先に降りたロデリックが私の顔を見てきた。


「準備は万全なのか?」


 形式的に尋ねてくる。それは、心配しているのではなく、ただ確認しているだけ。その冷たい声が、私の不安を煽る。


「はい。今回は問題ありません」


 自信を持って答えた。ちゃんと、準備は整っている。スタッフにも、細かく指示を出してきた。今回は、大丈夫。


「そうか。頼んだぞ」


 それだけ言って、彼は入口に視線を向けた。


 ここまで来て、その一言だけ。労いの言葉もなく、励ましの言葉もなく。心の中で、そう思った。不満が、また一つ積み重なっていく。彼に対する憎悪が、じわじわと膨らんでいく。


 でも、今は我慢。成功させることだけを考える。自分を落ち着かせる。深呼吸。笑顔。



 私たちは、入口に立った。これから来る参加者を迎える準備をする。やがて、最初の参加者が到着した。



「ようこそ、おいで下さいました」


 スタッフが、名簿を確認して案内する。


 最初の数人は、スムーズに進んだ。良かった。このまま、無事に進めば……。


「次の方、どうぞ」


 スタッフが、参加者を案内する。だが、動きが遅い。名簿を確認し、一人ずつ丁寧に照合してから案内している。その間、次の参加者が待たされる。


 何をもたもたしているの。もっと早く動いて。


 入口の前に、少しずつ列ができ始めた。


「まだ会場に入れないのですか?」


 とある夫人が、不満そうに声を上げた。


 その声が、周囲に響く。他の参加者たちも、ざわつき始める。


「申し訳ございません! すぐにご案内いたします」

「こんなに時間のかかるなんて、今までありませんよ」


 夫人が、ちょっとした苦言を呈する。私は、スタッフに近づいて、小声で鋭く指示を出す。


「もっと早く! 名簿は事前に確認しておきなさい!」


 小声で、鋭く指示を出す。


「は、はい」


 ようやく確認を終えて、案内の準備が整った。


「大変お待たせいたしました」


 スタッフが、深々と頭を下げる。


「……ええ」


 夫人は、不満そうな顔のまま会場に入っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、私は唇を噛んだ。


 今のやり取りの間、隣でロデリックが困惑した顔をしていた。でも、何も言わない。助けてもくれない。ただ、困った顔をして立っているだけ。


 やっぱり、助けてもくれない。まだ自分は、不得意だから手出ししないほうがいいなんて考えているみたい。


 初っ端から、つまずいた。


 額に、冷や汗が滲む。まだ始まったばかりなのに、もう疲れている。




 何とか名簿確認の遅れを取り戻そうと、スタッフに指示を飛ばしていると――。


 会場の外から、怒鳴り声が聞こえた。


「どこに停めろというのだ!」


 御者が、スタッフに詰め寄っている。


 駆け寄ると、馬車が何台も並んでいた。誘導が不明確で、渋滞が起きている。


「イザベラ、向こうでトラブルが起きているようだが……」


 ロデリックが、困惑した顔で私を見る。ただ、困った顔をするだけ。


「大丈夫です。すぐに対処します」


 そう言いながら、揉めているところへ駆け寄る。


「あちらに停めてください! 順番に誘導して」

「は、はい!」


 スタッフに指示を飛ばす。


 慌ただしく駆け回って、何とか渋滞を解消した。


 でも、参加者の中にはイライラした顔をしている者もいる。馬車の中で待たされた貴婦人たちが、不満そうな表情で降りてくる。


 こんな初歩的なミスまで……。


 スタッフに対する不満が溜まっていく。前は、馬車の配置も、参加者の誘導も、全て滞りなく進んだのに。


 今は、全て私が指示しなければならない。主催者である私が、自ら。恥ずかしい。本当に、恥ずかしい。


 主催者が、会場の外で馬車の誘導をしている姿。こんなの、優雅なパーティーからは程遠い。私のイメージするパーティー像とは大きくかけ離れている。


 成功させるために、こんな屈辱まで我慢しないといけないの?


 すべてを投げ出したくなる。


「イザベラ様、次の参加者が……」


 別のスタッフが、また呼びに来た。そんなの、自分たちで対処してほしい。私は、深く息を吸い込んで、また笑顔を作った。


 まだ大丈夫。前回のような大惨事には、なっていない。小さなトラブルは、何とか対処できている。


 このまま、無事に終われば……。


 そう信じて、私は会場へと戻った。




 会場内に入ると、参加者たちが既に歓談を始めていた。意外と、無難に進んでいるように見える。ロデリックと一緒に、笑顔で参加者たちに挨拶をして回った。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます」

「ええ、楽しみにしておりましたわ」


 社交辞令だとわかっていても、その言葉に少しだけ安心する。


 軽い会話を交わし、何人かと挨拶を済ませた。トラブルは、一旦落ち着いたように見えた。このまま、無事に終われば。


「料理が、まだ来ないのですが」


 参加者の一人が、不満そうに声を上げた。


 見ると、スタッフが料理を運ぶ順番を間違えている。奥のテーブルから配膳するべきなのに、手前のテーブルばかりに料理を運んでいる。


「そちらではなく、あちらのテーブルから!」


 私は、小声でスタッフに指示を出す。でも、周囲に聞こえてしまった。参加者たちの視線が、私に集まってしまう。


 恥ずかしい。


 主催者が、スタッフにいちいち指示を出している姿。こんなの、私がイメージする優雅なパーティーじゃない。


「申し訳ございません。すぐにお持ちします」


 笑顔で謝罪するが、心の中は煮えくり返っていた。


 普通のスタッフなら、こんなミスは絶対にしないでしょ。前のスタッフは、配膳の順番も、タイミングも、ちゃんとしていた。


 勝手に動いてくれた。今は、全て私が指示しないと何も進まない。トラブルばかり起こす。慌ただしく、落ち着けない。こんなの、ただの事故処理現場だわ。




 料理の配膳ミスを何とか修正して、ホッとしたのも束の間。


「こちらの料理、冷めているのですが」


 別のテーブルから、声が上がった。


 次は何?


 駆け寄ると、確かに料理が冷めている。厨房から運ぶのに時間がかかりすぎたのだ。


「大変申し訳ございません。すぐに温かいものをお持ちします」


 スタッフに指示を出す。また、周囲の視線が集まる。


 恥ずかしい。本当に、恥ずかしい。


 私が動き回って、一つ一つ指示を出さなければ、何も進まない。


「イザベラ様、こちらのワインは……」


 また、別のスタッフが質問してくる。


「そのテーブルに! 早く!」


 声が、少し荒くなってしまった。


 周囲の視線が、また集まる。


 ――もう、やめて。


 この会場で、叫びたかった。


 これでは、まるで主催者が失敗しているように見える。スタッフの失敗なのに、私が責められているような気分。


 私の望む優雅なパーティーとは、程遠い。


 あっという間に、時間が過ぎていく。


 トラブル対応に追われて、スケジュールを確認する余裕もない。


 参加者と会話する余裕もない。ただ、スタッフに指示を出し続けるだけ。


「イザベラ様、演奏はいつスタートすればよろしいでしょうか?」


 音楽隊のリーダーが、私のところに来た。


「え?」


 スケジュールを確認する。 演奏開始の予定から、大幅に遅れていた。


「すぐに始めなさい!」

「は、はい!」


 慌てて指示を出す。


 音楽隊が、準備を始めた。


 そして突然、音楽が始まった。


 参加者たちが、驚いて顔を上げる。


 ちょうど、会話の途中だった。話が盛り上がっている最中に、いきなり音楽が鳴り響いた。


 すぐに始めろと指示したけれどタイミングが、最悪だった。もうちょっと、考えて開始できないの!?


 何人かの参加者が、不満そうな表情を浮かべている。


 こんなはずじゃなかった。


 全て、計画通りに進むはずだったのに。


 スタッフが頼りにならないせいで、全てが後手後手に回っている。


 慌ただしくて、全く落ち着けない。これでは、優雅なパーティーとは程遠い。


 私は、笑顔を保ちながら、心の中で何度も叫んでいた。


 今回も失敗よ!




 慌ただしい時間が過ぎて、ようやくスケジュールの最後に辿り着いた。


 何とか、最後まで完了できた。噴水が暴走することもなく、ドレスを汚す人もいない。途中で帰る人もいなかった。


 前回のような、大惨事は起きなかった。


 帰りの馬車の手配で、また少しトラブルはあった。


「こちらの馬車は、まだですか?」

「申し訳ございません。すぐに参ります」


 スタッフが慌てて走っていく。


 でも、前回に比べたら全然マシ。大きな問題は、なかった。そう思いながら、私は参加者たちを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る